第77話 「三百年目の突撃」
丘の窪みに身を伏せ、四人は息を呑んだ。霧の平原を挟んで、二つの亡霊の軍勢が対峙している。ノアの瞳には視えていた。死者たちを縛る青い糸は、すべてこの戦場の中心を貫いて、さらに奥へと流れている。「……最悪ね。中心へ行くには、あの合戦のど真ん中を、突っ切るしかないってこと?」。フィーナの問いに、ノアは頷くしかなかった。迂回路を探す間にも、霧は刻一刻と、彼の心臓の熱を削っていく。
角笛が鳴り、両軍が動いた。亡霊の突撃は、しかし、生者には目もくれない。彼らはただ、三百年前のあの日を、寸分違わずなぞり続けているのだ。「波と同じだ」。ノアの窓が走る。「突撃には切れ目がある。騎兵の波が過ぎた直後、次の歩兵が届くまで――その隙間を、繋いで渡る」。嵐の石段と、同じ要領だった。ノアの合図で、四人は駆けた。頭上を亡霊の矢が音もなく飛び交い、すぐ脇を、青く燃える騎馬の奔流が駆け抜けていく。触れずとも、すれ違うだけで肌が凍りつく。二つ目の隙間へ飛び込む寸前、流れ矢ならぬ流れ槍が、フィーナの脇腹を掠めた。裂けたのは皮一枚。なのに傷口から氷の痺れが腰まで這い上がり、彼女の膝が、がくりと折れる。「浅い、のに……足が、言うこと聞かない……!」。ヴェルナが彼女を担ぎ上げ、テオが走りながら温めの光を傷へ押し当てた。
あと一波で抜ける――そこで、「それ」は気づいた。両軍の間を駆ける、青くない火。生者の熱。戦列の中央で折れた軍旗を掲げていた、首のない巨躯の騎士が、ゆらりと軌道を外れ、三百年の筋書きを踏み外して、四人へと大剣を向けた。旗手の亡将。その胸当ての奥で、ひときわ大きな青い火が燃えている。「筋書き通りに死んでなさい、って言いたいところだけど!」。フィーナが痺れの残る足で立ち上がり、光をまとった剣を構えた。
戦いは、長くはかけられなかった。背後では次の突撃の波が、地響きとともに迫っている。ヴェルナの槍が亡将の膝を砕いて縫い止め、ノアが腕の力で大剣ごと騎士の腕をねじ上げる。がら空きになった胸当ての継ぎ目へ、フィーナの光の刃が滑り込み、青い火を断ち割った。崩れ落ちる巨躯を背に、四人は最後の隙間を転がるように駆け抜ける。直後、二つの軍勢が、彼らのいた場所で音もなく激突した。荒い息で顔を上げた四人の目に、それが映った。戦場の果て、墓標の並ぶ低い丘の上。合戦に加わらず、ただ一人、こちらを静かに見下ろして佇む影。色褪せた、研究者の外套――。テオの喉から、声にならない音が漏れた。




