第73話 「夜歩く骸」
東への道は、進むほどに色を失っていった。豊かだった緑は痩せた灌木に変わり、行き交う旅人の姿も絶えて久しい。すれ違うのは、西へ逃れる荷馬車ばかりだった。「灰原へ行くだと? やめておけ」。とある行商人が、青い顔で言った。「近頃、死人どもが霧の外まで歩き出している。夜になると、な」。
その夜の焚き火で、ヴェルナが、ぽつりと口を開いた。「……山の頂で、言いそびれたことがある」。皆の視線が集まる。「一族の古い歌に、こうある。封印を守るは七柱の騎士。剣を捧げ、翼を畳み、膝を折るは、ただ主君の御前のみ――と」。彼女はノアを、真っ直ぐに見た。「グリフォンは、お前に頭を垂れた。あれは獣の気まぐれじゃない。あの歌の通りの、騎士の礼だった」。テオが眼鏡の奥で目を見開く。「でも、人間の文献では、封じられたのは世界を滅ぼしかけた脅威です。騎士が膝を折る主君だなんて、まるで正反対だ」。どちらかの伝承が、間違っている。あるいは、どちらも。答えの出ない問いに、フィーナが薪を火へ蹴り込んだ。「難しいことは分かんないけど。ノアはノアよ。それだけは、間違いないでしょ」。
その言葉を遮るように、ノアの鼻が、腐った土の匂いを捉えた。窓が赤く灯る。「囲まれてる――六!」。闇の向こうから、かたり、かたりと骨の鳴る音。錆びた剣を引きずった骸骨の兵士たちが、焚き火の光の中へ、ゆらりと踏み込んできた。フィーナが即座に一体を袈裟懸けに両断する。だが、崩れた骨は地を這い、音を立てて組み上がり直した。「嘘でしょ……!?」。
「胸の奥だ!」。ノアの瞳は、視ていた。骸骨たちの肋骨の内側で、青白い小さな火が、楔のように揺れている。「あの青い火が、彼らを縛ってる!」。放たれた光の矢が一体の胸を貫くと、青い火は、ふ、と安らぐように消え、骨はただの骨に還って崩れ落ちた。光は、届く。テオが素早く応じ、フィーナの剣に淡い光の膜をまとわせた。光を帯びた刃が青い火を断つたび、骸骨たちは、どこか安堵したように、静かに頽れていく。最後の一体が崩れたあと、テオは散らばった古い骨を見つめて呟いた。「……この人たちも、数百年、ずっと眠れずにいたんですね」。東の地平には、夜目にも分かるほどの灰色の霧が、壁のように横たわっていた。




