第十章① 三百年前って、遠いようで案外近いよな
今から三百年前、この国はすでに存在していました。隣国もすでにありました。しかしどちらも今とはまるで違う国でした。
この国は貧しく、一部の王族だけが裕福な暮らしをしていました。
私は歴代の王を見守っていましたが、当時の王が最も愚鈍でした。見栄と虚栄心しか頭になく、贅沢な暮らしのために、民に重税を課していました。生産性はありましたが、重税のせいで、日に何十人もの人が飢えて亡くなりました。
一方の隣国は、とても栄えた国でした。方々から人々が押し寄せ、交易の要になっていました。当時は大陸一の都と呼ばれていのたです。
そんな国が隣にあったら、面白くはありませんよね。
この国の王は、いつも羨んでいました。いつか隣国のようになりたいと。
そんな心の隙間を狙ったのが、大将です。
軍部で一番偉い人で、唯一王に謁見できる軍人でした。
ある日大将はこうささやきました。
「隣国のようになるのではなく、隣国を我が国としてはいかがでしょうか」と。
愚鈍な王は、この話に嬉々として飛びつきました。待っていたとばかりに、大将は続けます。
夜に奇襲をかけ、王族を皆殺しにすること。街に火を放ち、敵の数を減らすこと。おぞましい計画は、非常に単純な戦法でした。しかし、どれも有効なものばかりです。
最初は王も疑問顔でしたが、地図を見て攻め方をシミュレーションしているうちに、実現できると踏んだのでしょう。どんどん目が怪しく輝いていました。
すべてを聞いた王は、ただ一言尋ねました。
「大将よ、本当にできるのか?」
「王のご命令があれば、今晩にでも」
その時の王の顔は、まさに邪悪そのものでした。
そして王は本当に実行してしまったのです。私はこの国から離れることはできません。しかし隣国から悲鳴は夜通し聞こえ、夜空を焦がす炎は一晩中続きました。
隣国は栄えていましたが、まさか隣の弱小国に襲われるとは思ってもいません。完全に隙を突かれ、壊滅したのです。
翌朝、奴隷として隣国の民が連れられてきました。行列は延々と続き、愚鈍な王は喜びました。そして女は慰み者にし、男には重労働を課しました。
奴隷にやらせたのは、堅牢な城壁作りです。壊滅状態とはいえ、いつ隣国が攻めてくるかわかりません。また、他国が攻めてくる恐れもあります。
奪った者は、奪われる心配をしなくてはならないのです。王も同様に、奪われる心配をしました。
そして大将の入知恵を受け、途方もない城壁作りが始まったのです。もちろん簡単なことではありません。だから奴隷たちに、王はこう言いました。
「すべてが終わった暁には、お前たちを解放してやる」と。
奴隷たちは死にもの狂いで働きました。
この国の人間に厳しく管理され、少しでも手を休めると容赦なく鞭で叩かれました。酷い叱責に死んだ者も多数います。必要最低限の睡眠時間と食料を与え、休みなく働かされました。
体の弱い者から次々と倒れ、二十九年後、完成間近になった時、奴隷の九割が死んでいました。しかし生き残った一割は、希望に燃えていました。あと少しで解放されると。
城壁の完成前日、彼ら一か所に集められました。そこへ王がやってきて、約束を守ると言ったのです。奴隷たちは歓喜しました。