第九章③ まじないを漢字で書くと"呪い”になる(本作はノロイだけど)
「おい、こんな時にふざけるな」俺は一喝した。
「いえ、あなたなのですよ」ケンジャが俺を指さした。
「ご冗談を」笑えないのに、なんだか乾いた笑いがこみあげてきた。
「そうでなければ、ケンジャのもとには連れて来ないぞ」とルル。
「私が直々にあなたをお呼びしたのですよ」とケンジャ。
ああ、俺はもう意味がわからない。俺が勇者で、勇者を魔王が探し求めていて。でも勇者が現れないと明日には街が消し炭になって……。
ああ、やっぱり意味などわかりたくない。俺の脳は考えることをやめた。
俺が思考停止しているのを察して、ケンジャは驚いていた。
「もしかしてあなた、自分が勇者の血筋だって知らなかったの?」
「はい?」
「でも自分でわかりませんか? そんなに途方もない魔力を持っているのですから」
「魔力?」
俺の魔力は高めと聞いているが、いうほどスゴイとは思えない。俺が途方に暮れていると、ルルがケンジャの腕を突いた。
「ケンジャ、アズールは本当に知らないのだ」
「嘘でしょう! 二人とも私を揶揄っているのかと思い、冗談に付き合っていたのに!」
「お役御免の代だから、母上が教えなかったのだ」
ケンジャはぶつぶつ言いながら両手で数を数えると、納得したとばかりに顔を輝かせた。
「そうですね! それなら仕方ないことです。それにしても魔力量で気づけたでしょうに、信じられません」
「アズールには、母上の呪いがかかっているからな。仕方ない」
「なんだって!」
ケンジャより前に俺が声を張り上げた。今度はルルに向かって身を乗り出し、逃げられないように肩を掴んだ。
「母さんの呪いって何だよ」
「右尻にあっただろ。呪いの印が」
ルルは立ち上がると、俺のズボンを脱がしにかかった。
そういえば前に尻を見られた。あの時言ってたのは、このことか。事態は理解できたが、勝手に脱がすのはやめてほしい。
「わかった! 自分で脱ぐから!」と、脱ぎかけて思った。
いや、知ってるなら脱ぐ必要ないよな。俺はズボンを履き直した。
この間、ケンジャは俺の尻を凝視していた。人間でないとはいえ、女性から尻を凝視されるとむず痒くなる。呪いの印を見通せたのか、ケンジャは腕組みをして考え込んだ。
「本当ですね。これなら無理でしょう。悪く言ってごめんなさいね」
「いや、俺は別に。てかそんなに強い呪いなのか」
俺はルルに尋ねた。
「人間でそこまで強い呪いは、なかなかかけられないぞ」
マジかよ。うちの母さんは、思っていたより優秀らしい。
「それにしても、まったく解呪されていないが……ちゃんと薬は塗ったか?」
ルルが俺の尻を触ろうとしてきたので、必死に逃げた。
「悪い、やってねえ。ていうかあの薬、そういう意味だったのか。先に言えよ」
「母上に呪われているといって、ちゃんと薬を塗ったか?」
俺は言葉に詰まった。それを言われると、反論できない。
「では私が解呪してさしあげましょう」
ルルから背けた尻を、ケンジャがスッと撫でた。
細い指が触れた途端、全身にビビッと電流が走った。かろうじて椅子に尻を下ろせたが、全身から力が抜けてしまい、しばらく動けなかった。
ただ自分の呼吸に全意識が集中し、何かが体を巡っているような感覚を覚えた。
呼吸から意識が離れた頃には、全身に力が戻った。
今はもう何でもないが、本当に不思議な感覚だった。
「これで消えたはずですよ」ケンジャが笑った。
「よし、確認しよう」
またルルがズボンを手を伸ばしたので、強めに手を叩き払った。
ルルが確認したい気持ちもわかる。しかし俺自身、何かが大きく変わったのを感じていた。
たった一瞬で何が変わったかわからないが、見えない自分の体が増えたような、自分が大きくなったように感じた。
「いったいどんな呪いがかかっていたんだ?」