第七章② 本作きってのチートキャラ、ルルさんはこちらです
小瓶を受け取らずに、俺は尋ねた。
「なんだよコレ」
「軟膏だ」
「で、これをどうしろって?」
「尻に塗りこめ」
まったく訳がわからない。ハインツの奴は、俺の隣で盛大に吹き出した。
「あ、右尻にだぞ」
ルルに補足で、ハインツは息できないほどに笑い転げている。いったいなんて屈辱だ。
「いらねーよ」
「いや、いる」
「だからいらねーって」
「お前には必要だ」
ルルと俺とで、小瓶の押し問答が始まった。
ルルの奴、こういう時は頑固で困る。かといって俺も折れるわけにはいかない。一昨日の尻丸出し事件、俺は決して忘れないだろう。そして俺の尻を見て軟膏を塗れとか、失礼にもほどがある。そんなに俺の尻が汚いというのか。……って俺の尻はどうでもいいんだが、とにかくルルには土足で踏み込まれたくないのだ。
「まあまぁ」
ハインツは小瓶を受け取ると、俺のポケットに入れた。
「何するんだよ」
「いいじゃん、もらっておけよぉ」
「だからいらねーって……」
「ひとまず受け取ればいいだろぉ。そうすればルルは気が済むんだからさぁ」
それもそうだ。受け取ってから捨てればいいのだ。俺も一昨日のことで、つい熱くなってしまった。ハインツのやつ、珍しく冴えてる。
「……わかった。もらうよ」
「うむ」
ルルは満足気に笑っていた。だが俺は言ったぞ、やるではなく「もらう」と。やるとは言ってないからな。揚げ足取られるのが面倒だから、念押しはしないけど。
「そういやルルよぉ。お前回復魔法って使えねえかぁ?」
ハインツがギプスを見せた。
「俺の腕、すぐ治らねえかぁ?」
「骨折か?」
「おぅ」
ルルはハインツのギプスに触れた。数秒目を閉じ、目を開けるとギプスを撫でた。
「完治させるなら、一日十分の施術で三日といったところだな」
俺は言葉を失った。さすがルル、本当に回復魔法が使えるとは。それに思ったよりも早く治せることに俺は驚きを隠せなかった。
「すげぇ!」
「しかしよぉ。三日もかかるのかぁ。一日でパーッとかけてくれよぉ」
「やめた方がいいぞ。反動が大きいから」
「だよなぁ、ルルの魔力も考えなきゃだよなぁ」
「いいや、自然に反した行為をするんだ。体に尋常じゃない負担がかかるぞ」
俺とハインツは顔を見合わせた。この場合、問題なのはルルじゃなくてハインツということか。意味を知り、ハインツはブルっと体を震わせていた。
「じゃあ、三日間頼むぜぇ」
「本当にいいのか?」
「もしかして金取るのかぁ? 今はあんまり出せないぞぉ」
「いや、別にいらない」
「じゃあいいだろぉ」
「どう思う?」ルルは俺を見た。
なぜ俺? どう考えたって、今のやりとりに俺の入る余地はないのに。
「俺は関係ねーだろ」
「しかし自然に反する行為だぞ。本当にやるべきだと思うか?」
「好きにしろよ」
「ふむ、好きにときたか」
ルルは神妙そうな顔をしていた。
「迷ってるならよぉ、俺の言う通りにしてくれよぉ。俺ら友達じゃねえかぁ」
「……だそうだが」ルルはまた俺を見る。
「なあ、アズールぅ。お前からも頼んでくれよぉ」
なんだか面倒なことに巻き込まれたな。だが俺には関係ない。ハインツがいいなら、治してもらった方がいいだろう。体の負担も、数日眠れば癒えるはずだ。
「じゃあルル、頼むよ。ハインツの言う通りにしてくれ」
「……そうか。わかった」
ルルの表情が曇った。あまり喜怒哀楽が出ない奴だが、今は明らかに嫌そうな顔をした。付き合いが長くても何考えてるか読めないのに、今回ばかりはハッキリと読めた。
「じゃあ、うちに行こうぜぇ」
ルルの手を引き、ハインツは自分の家に帰った。ちょうど俺らが別れる場所だったから、俺は一人残った。
楽しそうなハインツの背中とルルの背中を見て、俺は何とも言えない気になった。なんだろう。何かわからないが、何かあるような。モヤモヤの正体が掴めず、俺はしばらく二人が消えた方角を見つめていた。