第六章⑤ だいたい金持ってる奴が正義
「では魔物の皮を三枚、黒蜥蜴の丸焼きを一ダース、猫の尻尾を二本……」
「おいおい、なんで剣を作るのにそんなヘンテコなものが必要なんだよ!」
俺は思わず突っ込んでしまった。魔物の皮なら「研磨用」として理解はできる。だが他のものはどう考えたって剣とは無関係だ。
「わかってないですね、アズール君。特別な武器を作るのですから、材料も特別に決まっているじゃないですか」
「そんな理屈で片付けられるか!」
「まぁ、アズールよぉ。ヨークが作るのは魔王を斬れる剣なんだぜぇ。普通の鉱物で魔王が斬れるかよぉ」
それはアーサーとの戦いを見たから理解できるが、かといって猫の尻尾なんかで魔王が斬れるものか。もっとも、アーサーは剣を振る前に消し炭になってしまったが。
「では続行ですね。十一センチの水晶玉一つと……」
「まだあるのかよぉ!」
「ほんの序の口ですよ」
ヨークは不思議そうに俺らを見つめた。変に頭がいいヨークは記憶力も優れている。だから一回言われたことは即覚えるし、誰もがそうだと思い込んでいた。
「紙に書いてくれよぉ」
「これくらい覚えられるでしょう」
「間違いがあったら困るだろ」
「それもそうですね。わかりました」
懐からクシャクシャになった紙束を取り出すと、ヨークはペンを走らせた。この暗い中で、よくもまあスラスラ書けるものだ。サッと書いて渡されたメモを見ると、手のひらサイズの紙いっぱいに材料名が載っていた。
「ずいぶん多いんだなぁ!」
「なにしろ特別な武器ですからね」
「お前、それ言えば許されると思ってるだろ」
「でもこれだけ材料が必要になるってぇと、なんだか特別って感じがするよなぁ、うん」
紙いっぱいの材料名を見て、ハインツは上機嫌だった。ヨークも誇らしげな顔をしている。
「じゃあ明日、俺とお前で担当の振り分けしようぜ」
メモ片手に俺が言うと、ハインツは目をパチクリさせていた。
「いや、無理だろぉ」
「なんでだよ」
「誰かに見つかったらどうすんだよぉ」
忘れてた。ハインツは怪我のせいで、不名誉な帰宅を言い渡されているのだった。だが今となっては城もないし、同僚の騎士たちも消し炭になってしまったのだが。
俺は迷った。いつかわかることだが、今言う必要があるだろうか。ハインツの性格上、左腕が使えない状態でもすぐさま魔王に突撃していくだろう。究極の剣があるならいざ知らず、今突撃しても無駄死にするだけだ。
これだけの材料を集めるのに、いったいどれだけの時間と労力がかかるか。なんという不平等だろう。だが友の命を守るためだ。俺はぶちまけたい衝動をすんでのところで堪えた。
「……そうだったな、忘れてたよ」
「でも仕事休めっかな」
俺はチラリとヨークを見た。ハインツは無理でも、せめてヨークは働かせたい。
「じゃあ仕事だったら引き受けてくれますか?」
「は?」まったく予想外の反応が返ってきた。
「魔王のせいで物流が途絶えているのですよね。だったら仕事はないでしょう。アズール君をレンタルしたって問題ないはずです。それに個人間の配送も引き受けていますしね」
「ま、まあな」
「日給分をお支払いしたらいいんでしたっけ? ひとまず今はこれしかないので、後で足りない分を請求してもらえますか?」
ヨークは上着の外ポケットから、おもむろに札束を取り出した。なんでメモ用の紙とお札を同じように管理してるんだとツッコミたかったが、枚数の多さに驚いた。
ヨークに握らされた札束は俺の一週間の稼ぎを優に超えていた。
「材料費も含んでいるので、足りなかったら声をかけてください」
「あ、ああ」
仕事と言われれば断れない。チーフも仕事を取ってこいとうるさかったし。まあ本当に魔王が倒せるならお安いもんだ。ヨークが作ってハインツが倒す。俺は材料集め担当って考えれば、そう悪い条件でもない。
「よーしぃ。じゃあ究極の剣完成の前祝いってことでぇ、いっちょ陽気にやろうぜぇ!」
ハインツがジャーンとギターを鳴らした。そうだ、俺らはギターを弾いて憂さ晴らしするためにここにきたのだ。俺も自分のギターをジャジャーンと鳴らした。ヨークも満面の笑みを浮かべた。
それから三人で車座になり、適当な演奏をしながら大声で歌った。魔物のことも魔王のことも忘れて、俺たちは夢中で今この瞬間を楽しんだ。