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グライドの葛藤


「ティグ!俺様の勝利、見ていたか!?」



 紅竜の姿から人間に戻ったアルビオがわっと駆け寄ってきて、俺を軽々持ち上げた。



「ぐえっ…」



 ぎゅっと抱きしめられ、ちょうど彼の胸筋あたりに顔が埋まる。前からも筋肉、後ろからも筋肉で羽交い締めにされ、はっきり言って息苦しい。筋肉の壁に挟まれて窒息死とか全然嬉しくない。このままでは、憐れなサンドイッチが出来上がってしまう。


 俺は、アルビオの背を思いっきり叩いた。



「アルビオ…!……っくるし……アル!!」


「ああ、すまない!」



 アルビオが少しだけ筋肉ホールドを緩めてくれる(抱き締めた状態は継続)

胸から顔をあげると、アルビオの背後には、ミラ君とその他ドラゴン族の皆さんが勢揃いしていた。ミラ君以外全員アルビオと同じ紅い髪をしていて勿論イケメンだ。

 案の定、俺とアルビオを見てみんな唖然としている。


 皆さん、すみません。でもコレ、飼主を見つけた大型犬の発作みたいなものなんで許して下さい。俺は何も悪くありません。



「で、見たか?」


「……けほ…うん。初戦通過おめでと」


「ははははッ!!!当然の結果だ!!!」



 自慢気にアルビオ犬が褒めて褒めてと目をキラキラさせてくるので、仕方なくヨシヨシと頭を撫でてやる。

俺の指がよほど気持ちいいのか、大人しくうっとりと目を細める姿は本物の犬っぽい。

相変わらず手触りのいい髪質だし、本当はドラゴンじゃなくて犬なんじゃないか?



「ティグ……」


 あ、ヤバイ。この顔は、もしかして…


 はむ。


「んぁッ……」



 耳に息がかかり、アルビオの厚い唇が触れる。そして、軽く歯を立てられ、甘噛みされた。少しだけ触れた舌の感触に背中にゾクゾクと痺れるような感覚が走る。

思わず鼻にかかった変な声が漏れてしまい、俺は口を押さえた。



「ア、……アルビオ……っ」



 公衆の面前で耳を噛まれ、俺は顔に血をのぼらせながら抗議の目をアルビオに向けた。

だが、本人は全く気にした様子がない。むしろ、ニコニコ顔だ。



「ん?どうかしたか?」



 どうかしたか?じゃない!

なんでお前は、すぐ人の耳を噛むんだ!?ドラゴン族の習性なのか!?ドラゴンは皆耳を噛むのか!?

後ろのドラゴン達が今度は驚愕した顔になっちゃってるでしょ。どうすんの、この空気。

フォウフォウなんか挙動不振が行き過ぎて、耳が前後に激しく動いてるし、グライドは……おぅ、グライドは冷めた目でこちらを見ている。


 誤解のないように言っておきますが、別に俺は好きで抱っこされているわけじゃないんですよ?筋肉ホールドが強過ぎて抜け出せないんです。俺、非力なんで。



「かっ……噛まない、でよね!」


「それは無理な相談だ。俺様はティグを噛みたいし、もう噛んでしまった。

……もう一回いいか?」


「ダッダメに決まってるでしょ!」



 もう一度赤い舌をのぞかせた口を両手でふさぐ。もう一回とか冗談じゃない。

また変な声出たら恥ずか死ぬ。お嫁に行けない!!てゆーか、誰かこのおかしな状況を止めてくれ。



「離して下さい」



 意外な人物がアルビオの腕を掴んだ。

ニッコリ顔でメンチを切っているダグラスだ。



「誰だお前?」


「あ〜ダグラス〜彼はねぇ〜」


「今すぐティグリスさんを離せ」


「なんだと?」


「ひ、ひぇっ……」



 ダグラスが地の底から響くような声でアルビオに命令する。お久し振りの雄顔ダグラス君がコンニチワしている。

アルビオもその物言いと態度にカチンときたらしく、ダグラスを睨み返した。



「何故、俺様に命令する?お前、何処の者だ」


「ティグリスさんと同じチームだ。それがどうした?いいから離せ」


「チーム?ああ、ティグリスの部下か」


「は?」


「たかだか部下の分際で、俺様に命令するとは無礼な奴だ。下々の者は入ってくるな」


「部下じゃない!俺はティグリスさんの……っ」



 ぐ、とそこでダグラスが詰まる。

そこは、俺の友人とでも答えておけばいいんじゃないか?ダグラス。



「フン。答えられぬ程貴様は浅い仲らしいが、俺様はティグの親友だ。抱きたい時に抱くし、噛みたい時に噛む。貴様と俺とでは、ティグと繋がりの深さが違う」



 おいこら、誤解を生みそうな言い方はやめなさい。ドラゴニア校の人がまた動揺してるでしょうが。



「親友…」


「そこのグライドもよく知っているぞ。

俺様とティグがどれだけ深い仲かをな」


「ええ、確かに親友ではありますね」


「ほらな!だから、俺様の好きなようにする。貴様に命令されるいわれはない。

これは親友の特権だ!」



 親友にそんな特権ってあったっけ?!

少なくとも亮とは噛むとかそういうのはした覚えがないし、他でも聞いたことないぞ。



「ぽっと出の部下とは、築いてきた絆が違う。諦めろ」



 それをいったら、俺版ティグリスとはアルビオの方が絆が浅いな!残念!



「出会った時間は絆の深さとは関係ありませんから!」


「いーや、関係ある!」


「関係ない!俺の方が何倍もティグリスを大切に思ってる!ほら、現に見てみろ。

めちゃくちゃ嫌な顔してるしっ」



 あ、ここで俺に振ります?

ダグラスに指差されて、俺は力無く微笑む。

筋肉ホールドと無益な口論に疲れた哀れな俺は、さぞやゲンナリ顔だろうな。



「い、嫌なのか!?ティグ!?」



 嫌か嫌じゃないかなら、嫌だよ。だって、疲れるし、苦しいし、あと恥ずかしいしな!

でも、正直にそう答えるのは可哀想だし、そのまま答えたらアルビオ自身が嫌だって曲解しそうな勢いだ。別にアルビオ自体は嫌じゃないから、どうオブラートに包んで答えようか。



「あー……イヤってゆーかぁ…」


「ほらな!お前の勘違いだ!ティグは嫌とは言ってないっっ

第一、俺様の方が貴様よりも何倍も何十倍もティグを大切に思っている!」



 まだ、言い終わらないうちにアルビオがダグラスに言い返す。

んーーーふふ、はい。人の話は聞け。



「それなら、俺は何百倍も大切だ!」


「俺様は何千倍!!」


「何万倍!!!」


「何億倍っっ!!!!」



「………はぁ、よっと」



 わーわーぎゃーぎゃー子供の喧嘩よろしく騒ぎ出した二人の隙をみて、グライドがひょいと俺をアルビオから引き離した。

アルビオもダグラスもヒートアップして、俺がグライドに救出された事に気付いていない。



「……わっ」



 反動でバランスを崩した俺をグライドが抱きとめる。ギュッとグライドにしがみつき、腕のなかにおさまりながらホッと息をついた。



「大丈夫ですか?」


「ありがと。グライド」


「嫌ならハッキリと嫌と言うべきです。

親友なんでしょう?」


「そ、そうだねぇ〜?」



 ごもっともです。

でも、その親友は中身が違うんですよね。

亮にならヅケヅケ物も言えるんだけど、アルビオとは下手したらボロを出しそうで距離感が掴めないんだよな…。



「貴様よりも何億光年……って、グライドお前はまた!」


「やれやれ、やっと気付きましたかアルビオ。貴方も自分の立場に相応しい行動をすべきです。臣下達が貴方の行動のせいで動揺してしまっていますよ」



 俺達にようやく気付いたアルビオにグライドが彼の背後のドラゴニア校の面々を見るように目線で促した。

一見、無表情に見えるがしっかりと動揺している。



「動揺?なんら問題なさそうだが」


「主君がコレでは、…あまりに不憫ですね」

「お前達、動揺してるのか?いつも無表情だから分からん」


「……兄上、皆見ないフリをしているだけで内心ヒヤヒヤしまくりです」



 サッパリ分からんと首を傾げるアルビオに弟のミラ君が耳打ちする。



「そうなのか?ならば言えばいいだろう」


「普通は言えませんよ兄上」


「ふむ、そういうものか?……お前達、悪かったな!迷惑をかけた」


「いえ、迷惑など滅相もございません」

「我々は何も見ておりませんから」

「アルビオ様が楽しければそれだけで良いのです」



 アルビオが詫びる姿を見るなり、彼等が慌てて(顔は無表情)否定する。

無表情だから分かり辛いが、なんだかそのやり取りが一番下の弟を甘やかす兄だとか親戚のおじちゃんだとかソッチ寄りなのは気のせいだろうか?



「ところで副隊長さん。今、臣下って言いましたか?」


「ええ、言いました」



 一方的に喧嘩を切り上げられたダグラスが不貞腐れた顔でグライドに尋ねる。


 あ!それ、俺も聞きたかったヤツ〜〜!

臣下って事は、アルビオってばやっぱりかなりの金持ち貴族様ってことか?それとも何かの役職持ち?



「このお方は、ドラゴニアの第一皇子、アルビオン=ルフ=ドラゴニア様です」



 グライドは、一呼吸おくと厳かに答えた。



「おっほ………っ」

「「「おっほ?」」」

「あはっ♡なんでもないよぉ」



 3人が俺の鳴き声(?)に訝しげな顔を向けたので、慌ててキュルン顔で誤魔化した。

が、今“皇子”って単語が聞こえた気がしたんですけど空耳ですかね。



「なんで皇子サマが……親善大会になんか」


「フン、貴様の知るよしではない」


「………………くッ」



 アルビオが不遜な態度で言い捨てる。

流石のダグラスも皇子と聞いてはこれ以上食い下がる事ができず、苦虫を噛み潰した。



「大方、貴方のその甘えた根性でも鍛え直す為に参加を強制されたんでしょう。臣下の甘やかしっぷりを見てよ〜く分かりました」


「なっ!んな訳あるか!グライド、お前はまたそうやって……っ」


「違うんですか?それとも他に理由でも?」



 本当の理由は、あの極秘任務だ。

でも、ここでそれを言う訳にいかないだろう。……てか、実はグライド知ってて言ってないか?



「ぐぅ……ミラ!もう行くぞっ」


「え!?あっはい、兄上!では、皆様、失礼致します。……行くぞ」


「「「はっ!」」」



 逃げたな。

ミラ君は軽く会釈すると臣下の皆さんを引き連れて、アルビオの後を追った。



「これ位で逃げるようでは、やはり、まだまだあまちゃんですね」


「あははは……ミラ君またねぇ〜♡」


「………びっくりして、何も出来なかった。隊長スミマセン……ニャ」


「うんうん。大丈夫大丈夫〜♡フォウはそのままでいいよ〜」



 お前まで参戦されたらこっちの身がもたん。

なんだかんだでフォウフォウが一番ガタイいいしな。



「なんか疲れちゃったぁ…お茶でも飲もうよぉ」


「賛成ですニャ」


 次の試合発表まで、まだ時間がある。

軽くお茶だけでも飲んで落ち着きたい。本当はお菓子も食べたいが、試合が決まるかもしれないタイミングで食事をとるのはマズイだろう。


 俺達は、自分達の控え室に向かった。


※※※


「なぁ、副隊長さん」


 先頭を歩くティグリスとフォウフォウの少し後ろを歩きながら、ダグラスがグライドに声をかけた。その目は、まだ少しだけ先程の苛つきを宿している。

 グライドは、ウンザリした気持ちになったが真面目な性格な彼は無視をせず、それに答えた。



「なんだ愚民。まだ何かあるのか?」


「なんで、ティグリスさんをいいようにされて黙ってたんだ?」


「なに?」



 ダグラスの問いかけに、グライドは眉間にしわを寄せる。

 アルビオがティグリス隊長に抱きついたり、噛んだりする行為について自分の責任を問いただしたいのだろう。

だが、何も知らない平民風情に何故そんなことを答えなければならないのか。

そして、それを俺が素直に答えると思っているダグラスの強く真っ直ぐな目が余計に腹ただしい。



「相手が親友だから?それとも皇子だから?」


「何が言いたいのかさっぱり分からないな」



 何を言いたいのかは、分かっている。

コイツは、俺がアルビオに対して“親友”“ドラゴニアの皇子”という点で引け目を感じてると言いたいらしい。


「はぐらかすなよ。別に副隊長さんがそれでいいなら、いいけど。

俺は皇子だからって諦める気はないし、ティグリスさんに他の誰かが触るのは嫌だ」


 俺の態度が気に入らないようで、ダグラスが若干語彙を強めた。

嫌だというダグラスは、まるで駄々をこねる子供のようだ。


 はぐらかすなだと?

じゃあ、お前はなんだ。馬鹿みたいに正直に好意だけ押し付けて。ティグリスが誰を想っているか、それを見て見ぬフリをしている癖に。アルビオ?そこじゃないだろ。忘れたのか、ティグリスが誰の“親衛隊長”なのか。



「……ふん、忘れているみたいだから改めて教えてやるが、隊長は会長様が好きだから親衛隊長をやっている。それは、副隊長の俺も同じだ」


「へぇ」


「親衛隊とはそういうものだ」



 ティグリスは、会長が好きだ。だから、親衛隊に入り隊長になった。



「その割には、俺への当たりがキツイけど」


「それは、お前が平民のくせに会長様の周りをうろつくからだろ。本来は明らかなルール違反で制裁対象なんだよ。優しいティグリス隊長に感謝するんだな」



 会長をはじめて見た時のティグリスの顔が今でも忘れられない。あの顔を見た俺にどうしろというんだ?

 親衛隊は、慈善事業じゃない。本当に彼等が求めるものは、会長の“恋人”になることだ。

会長に触れて欲しいのだ。手を繋ぎ、キスをして、そして互いの愛を確かめ合いたいのだ。



「……へぇ、じゃあ副隊長さんは会長が好きなんだ。そうかそうか」


「もういいか」


「ああ」



 そして、お前は、何も知らない。

目の前の事しか見ていない。



「グライド〜〜ダグラス〜〜おいてくよぉ〜〜!」


「あっ!はい!すみません!!」



 嬉しそうに自分のもとへ駆け寄るダグラスにティグリスが微笑む。



「何も知らないくせに」



この俺が感じる違和感をお前は知らない。




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