マーキング
しばらく歩き、俺達は控え室の入口に着いた。
控え室が連なる長い廊下の入口に一番近い位置に俺達の部屋が用意されていた。
扉には大層な魔法陣が描かれており、手をかざし魔力認識させることで鍵が開く仕組みだ。それぞれのチームメンバーの魔力波長に合わせた術式らしく、普通の鍵よりも何倍も安全らしい。
「この部屋だねぇ〜」
「部屋のなかの音も匂いも全くしない。空間魔法も応用してる……ニャ?」
フォウフォウが鼻と耳をヒクつかせて呟いた。
「すごい魔法だ。誰が組んだんでしょうか?」
ダグラスが感心したように扉を見る。
「おそらく帝都防衛省の誰かでしょうね。しかも、ご丁寧に無理に魔法陣をこじ開けようとしたら反発魔法が働くようになってます」
「反発魔法ォ?」
「簡単に言えばトラップです」
「わぁ〜こわ〜い。触ったら電流が流れたりしてぇ〜〜」
冗談を言いながら、俺は扉に手をかざした。
かざした指先から紅い文字が浮き上がり、パチリと身体のなかの魔力に扉が反応する。一瞬だけ扉全体に魔法陣が浮かび、自動的に解錠された。
内側から鍵が開く音がする。
「あっ開いたみたい♡」
「それは良かった。
因みに反発魔法は、電流ではないですね。おそらく別の場所に飛ばされる転移魔法のはずです。隊長が飛ばされないで良かったです」
「……んふ、そろそろ僕も怒っていいんじゃないかなぁ〜?グライドぉ〜〜」
「怒る要素ありましたか?」
「んふ♡んふふふふふッ」
「ちょっ!?た、隊長ッッいたっ!?痛い痛い痛い痛いッッッ脇つねらないで下さいッッ」
「グライドは、もうちょっと隊長を敬う気持ちを持とうねェェェェ⁇」
空間転移とかヤベートラップあるなら触る前に教えてくれ。洒落にならんわ。
※※
部屋の中は至ってシンプルなつくりをしていた。テーブルと長椅子、試合観戦用の魔晶モニター。奥には仮眠室と簡易シャワールームが付いている。
フォウフォウは、窓際の1人掛けを見つけるなり、そこで日向ぼっこ…もとい昼寝を始めてしまった。自分達の試合が次になるかもしれないのに緊張感のカケラもない。
「ゆらゆら尻尾揺らして、口もごもごさせてる……」
厳つい顔に似合わず、仕草がまるで大型犬か猫のそれにそっくりだ。声だって、どちらかといえばダンディーな方なのに語尾にニャを付けるし……無意識にリズムをとる尻尾がなんとも可愛いらしい。
「フォウフォウさんって、何族なんですかね?」
長椅子に座った俺の右隣にダグラスが座った。2人掛けの椅子だが妙に寄ってくるせいで窮屈に感じる。触れた肩が熱いのは、彼が子供体温だからだろう。
フォウフォウが何族かなんて気にしたことがなかった。耳と尻尾が付いているのは、みんな同じ種族じゃないのか。
「語尾はニャですが、ウルフ系の種族でしょうね」
続いて左隣にグライドが座ったせいで、長椅子が更に窮屈になる。2人に密着されて、凄く暑いんだが……ティグリスの尻が通常より小さいからって、なにも一緒に座らんでもいいだろ。
「ウルフ系かぁ〜、あんまり見かけない種族ですよね」
ダグラスが長椅子の後ろに手を回しながら、天井を仰いだ。やっぱり彼も狭いらしい(どく気はないみたいだが)
「希少種に近いですし、元来ウルフ系は他種族との集団行動を嫌いますからね。そもそも日常生活に弊害も多いです種族ですから」
グライドも長椅子の後ろに手を回す。
日常生活に弊害があるなんて大変だな。あんな風にスピスピ鼻を鳴らして寝ているけど、実は悩みが多いんだろうか?
親衛隊長として、労ってやらねば。
「残念〜フォウみたいな親衛隊が増えたら、モフモフ天国なのになぁ〜。耳裏とか撫で撫でしたい♡」
「はあ……隊長みたいなのがいるから、ウルフ系はあまり人間と関わらないんですよ」
「む、……なぁに、その言い方」
グライドの棘のある言い方に俺は口を尖らせた。聞きずてならないぞ!
「そうですよ!ちょっと言い過ぎじゃないですか?」
「フン……これだから。貴方みたいな無知な人間が多いってことですよ田舎者」
「ぐ……確かに俺は田舎の出だけど…」
「いいですか?そもそも、ウルフ系種族には彼等独特の習慣や掟が存在します。
隊長がやろうとしているのも、それに引っかかります」
「え、そうなの?」
「耳裏に触れるのは、家族か恋人だけです。
それを強要したとなれば、立派なセクハラです」
「セ、セクハラ!?」
「一番やってはいけないのは、鼻を口で咥える行為。人間と同じで粘膜が触れる行為は、勘違いされるから特に禁止です」
「さすがにそれはやらないカナ」
そうか、種族が違うとボディタッチ一つとっても常識的な違いがあるのか。それは、勉強不足だったなぁ…。もしかして、尻尾をモフモフするのもギリギリなアウトなのかな?
「へー、俺も知らなかった」
「で、勘違いってェ?」
「アイラブユー、結婚して、そんな意味になるニャ。もしくは、求愛行為……ソッチの意味になる場合もあります」
「アハ、スケベ♡」
「だから、あの皇子様は、婚前なのに大胆だニャァ…ふぁぁ」
いつの間に起きたのか、欠伸をしながらフォウフォウが会話に入ってきた。
皇子って、アルビオのことか?
「え?なんで?」
「だから、アルビオ皇子は昼間から大胆だニャと…。耳を噛む行為は、“私の愛しい人”“最愛の君”って相手を自分のものだっていうマーキング行為だニャ」
「ひ、ひぇ!?」
「は、はぁ!?」
俺とダグラス二人同時に大声をあげる。
いつも噛まれている耳がかぁっと熱くなる気がして、慌てて手で隠した。
「い、い、い……っ」
い、いいいいい愛しい人!?
マ、マママママママーキング!!?
耳を噛むってそういう意味なの!?親友だよな、俺ってばアルビオとは親友のはずだけど!!?
もう、何回も噛まれてるよ。耳噛まれちゃってるよ俺。
もしかして、ティグリスって親友と…その…所謂そういう関係だったのか?!
「ティグリス………さん?」
し、知らない知らない知らないから!!
そんな顔で見られても困るからダグラス!俺がティグリスになる前の話でしょっ
「あ、でもですニャ!
ドラゴン族だとニュアンスが多少違うかもしれないし、男同士だと意味合いも変わるかもしれない………………ニャ」
「………わぁ」
ど、どうしよう。今度からどんな顔をしてアルビオに会えばいいんだ!?
「グ、グライドォ……」
「俺だってドラゴン族については、詳しくないですよ。直接本人に聞けばいいじゃないですか」
き、聞けるかぁぁぁぁぁぁ!!!!?
なんでそんな不機嫌なんだよーーっ
「ひどぉい……鬼ぃ〜」
「………以前なら」
「?」
「以前の貴方なら、赤面などしなかったでしょう。アルビオに興味があるようで、なかったですからね。なぜ、突然興味を?」
「え……グライド、それって」
探るようなグライドの視線に背中に冷たいものが走る。
以前の俺なら興味がないって、そんなわけないだろ普通。親友なのに変だろ。
……もしや、グライドは俺がティグリスじゃないって勘付いてカマを掛けてきてるのか?
「どういう意…」
ガチャ
グライドに確認する前に突然扉が開いた。




