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ホームレス王子  作者: 斉凛
王子卒業。そして新たな試練
22/32

 今年の冬はあっという間に終わって、三月に入ると一気に温かくなった。まだ中旬だというのに、既に桜の花がほころび始めている。雲一つない晴天。


 まるで今日という日を祝福しているような気分。今日は……運命の日になる……そう決意して出かけた。



「卒業おめでとう。明」


 学校から出てきた明は、私に気づいてなかったようでびっくりしたように目を見開いた。明の制服姿をあまり見た事が無かったが、もう見る事はできないと思うと残念だった。とてもよく似合っている。


「エド……向かえにきてくれたの?」

「受験の合格を聞いた時に、会いに行こうかとも思ったが……学校を卒業して、大人へ一歩進んだ区切りに、向かえに行く方がよいかと思ったのだ。明……本当によく頑張ったな」


 そっと頭を撫でると明の頬が赤くなって嬉しそうに目を細めた。


「エドのスーツ姿もかっこいいね。クリスマスデートの頃より……板についたっていうのかな……うん、さらに似合ってる」


 そう言って微笑んでいた明の表情が突然強ばり、きょろきょろと周りを見渡した。気づけばなぜか学生達が遠巻きに見ている。


「え……エド……話は帰ってから……ここだと目立つし……その、エドがかっこいいから……」


 かっこいいかは置いておくとして、学生の中にスーツ姿の男がいれば悪目立ちもする。明を困らせたくもなかったから頷いて明の手をとって引いた。


「ちょ、ちょっとエド……どこ行くの?」

「向かえにきた……と言っただろう。見せたい物があるのだ」


 学校から少し離れた駐車場まで歩いて行き黒い車の前で立ち止まる。ロックを解除して助手席の扉を開けて明を手招きする。


「乗ってくれ。祝いに軽くドライブしてから、家まで送るから」


 信じられない物を見たという表情で車と私を交互に見ながら……。


「車? 免許は? ……え? ……私がいないうちに何がどうしてこうなった……」

「車は社長に借りた。免許は持ってるから安心してくれ。さあ……」


 とまどう明を助手席に座らせて、シートベルトをつけてエンジンをかける。


「免許……って、どうやって……身分証とか、ビザとか……」

「国籍は取得した。今はシンガポール人という事になってる。ビザは短期就労ビザだがあるし、国際免許を取得して、日本でも運転できるようにした。少し仕事を休んで海外に行く必要があったのは大変だったが……」


「国籍取得……えっと……それって……合法的に?」


 明の質問には答えなかった。私は嘘が下手だから。そして沈黙する事で明も気がついた。微妙な空気が漂う中、車は発進する。


「なんというか……会わないうちに、エドが色々と進化したと言うか、変質したというか、悪い男になったというか……真面目で常識人なエドが……」


 ぶつぶつと悩み、嘆いている明が可愛い。今まではこちらが揶揄われるばかりだったから、たまにはこちらが驚かせる番になるのも悪くない。そう思いながら車を運転した。

 車を運転する事も夢だったし、こうして助手席に明を乗せられて……本当に嬉しい。ここまで来るのにかかった苦労を考えると感動もひとしおだ。

 少し郊外を離れた見晴らしの良い公園へと車を向けた。日当りが良い為か、学校以上に桜が咲き、今は1〜2分咲きという所か。他にも色々な春先の花が咲いている。


「綺麗な所だね……近くにこんな公園があったんだ。来た事なかった」


 ドライブ中に色々と葛藤し、事実を受け入れた明は無邪気に笑った。流石異世界でもたくましく生き抜いた明。立ち直りが早い。

 車を降りて明の心の赴くままに散歩する。私は少し後ろを歩き、明の後ろ姿を追った。時々振り返って見せる笑顔が眩しい。


「離れてる間にエドにも色々あったんだね。なんだか顔つきまで違って見える。久しぶりだからかな?」

「明も……大分大人っぽくなった気がする。明くらいの年頃の2年は大きいからな」


 お互い離ればなれの2年間、色々あって変わった。それでも再開を信じて頑張れた……。


「ずっと我慢してたけど……もう願いが叶ったから、これからはエドとずっと一緒だよね。もう離れたくない……」

「そうだな。私も離れたくない……」


 目と目があってわかった。思う事は同じ。2年離れてお互いが変わった事で、距離を感じる。このまままた会わないでいたら、さらに離れてしまうのではないか……という不安。

 目線をそらして……頷く。もう……大丈夫と。これからはずっと側にいる。

 「明」その名前が示すように、私の道を明るく照らしてくれる。きっとこれからも彼女の明るさに救われて、どんな困難でも生きて行けるだろう。そう信じさせてくれる。


「明……大切な話があるのだ」


 一番桜の咲いた木の下で、明の手をとって引き止める。心を落ち着けるように軽く深呼吸をしながら、ポケットから箱を取り出した。


「前に約束したな……指輪を買って向かえに行くと」

「え……それって……」


 明が驚くのは今日何度目だろう。ただ……驚きだけでない、その目には喜びもまた宿っていた。明の左手をとって薬指にそっと指輪をする。ピンクゴールドの華奢なデザインが、明の小さな手に似合っていた。透明な石が小さすぎるのが残念だったが、これが今自分にできる限界だった。


「明……結婚して欲しい……」


 そう言って明の答えも待たずに抱きしめた。私の胸に顔を埋めた明がどんな表情をしてるのかわからない。しばらく続いた沈黙にじれる。


「……返事は?」

「嬉しい……のだけど、急……すぎて……。エドがこの世界にきてくれた時から、いつか来ると思っていたけど……こんなに早いと思ってなかったし」


「急がせてすまない。早く……明を正式に妻にしたかった」


 そう囁いたら明が顔をあげて目と目があった。嬉しそうに微笑んだその表情が私の顔を見て徐々に曇って行く。嫌な予感がして目をそらした。


「……ねえ……エド……。なんでこのタイミングでプロポーズ? これからいっぱいデートして、思い出作って……それからでも良いはずだよね? なんで焦ってるの?」


 なぜ明はこれほど鋭いのか。そして明の声のトーンがどんどん冷ややかになっていく。ここで嘘をついても仕方が無い……。一瞬目を閉じて覚悟を決めて言った。


「頑張ってもビザは短期でしか取れなかった。合法的にずっと日本で働けないのだ」

「つまり……日本人の私と結婚すれば、合法的に長期ビザがおりると……ふ…ん……なるほど……ね……それじゃ仕方が無い……」


 明が俯いてそう言ったから、少しほっとしたのだが甘かった。ぱっと顔をあげると怒りの光を宿した目で睨みつける。


「一生に一度の大切なプロポーズの理由が『ビザが欲しいから』って、乙女のときめきを返せ!」


 明が叫んで、指輪を素早く指から外して投げつけようとした時、慌てて言った。


「三十万円。指輪の値段だ」


 明の動作がぴたりと止まった。無言で指輪を左薬指に戻す。さすが明。感情より金という理性の方が強かった。指輪を投げる事は辞めたがまだむくれてる。


「私の都合で結婚を早めてしまったのは、申し訳ないが、明と共に生きる為にこの世界に来たし、明にプロポーズできる男になるように今日まで努力してきた。私が明を幸せにする。だから……許してくれないか?」


 覚悟はしていたがこれほど明を怒らせると……自信がなくなってきた。明が無言でいるからそっと体を離して、じっと明を見つめて言った。


「明が怒っても仕方が無い。嫌だと言うなら……諦める」


 睨むように明が見上げると、左手を振り上げる。平手打ち……くらいは覚悟していたが、頬に感じたのは振れる程度の衝撃。


「嫌なわけないでしょ……エドのバカ……」


 怒りの表情が一転、涙目になって儚く微笑んだ。


「……エドが私を幸せにするんじゃない。一緒に幸せになるんだからね」


 そう言って明は私の胸に顔を埋めた。耳が赤くなってる姿を見て愛おしいと想い抱きしめた。

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