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共同アパートの扉を開けたら、風に乗って煙草の匂いがした。匂いの元に目をやると、ラーマンが夜空を見上げながら煙草を吸っている。今日は曇り空で星は見えない。晴れた日でもこの辺りは明るすぎて星なんてほとんど見えないが。
ラーマンは私の気配に気づいたようで、目線を少しだけこちらに向けてまた空を見上げた。
「あいにくの曇り空……だな」
「そうだな。でも……今日で東京の夜空も見納めだから」
そう呟いたラーマンの表情はいつもの陽気な笑顔ではなく、少ししんみりしていた。
ラーマンは明日帰国する。希望退職者第1号だ。退職金を弾んでもらったから、もう日本で働く必要も無いとあっさり決めてしまった。あっさり決めて、好きな祖国に帰れる……と思っても、少しは感傷的な気分になるんだろうか。
「エドと一緒に色々遊んで楽しかったぜ」
「遊んだというか、振り回されたんだがな……」
私の文句にラーマンは明るい笑顔で返した。思い返せば迷惑な事ばかりされたのに、最後までラーマンの事を嫌いだと思った事は無いし、今もまた別れる事が寂しいと思ってる。
「国に帰ったらどうするんだ?」
「退職金で弟の学費を払ってもおつりが来るからな。余った分で何か店でもやるかな……一攫千金ってな」
根拠の無い自信と底抜けない明るさと人なつっこさ。ラーマンはどこに行っても、何があっても、きっと大丈夫だろう……根拠も無くそう思った。
「例の件、ちゃんとやるから心配するなよ」
ラーマンが呟いてにやりと笑った。何か悪巧みをするようなイタズラっぽい笑顔で。そこに少し不安を感じた。
「ありがたいが……その……ラーマンは大丈夫なのか? 裏ルートって事は危ない事するんじゃ……」
「まあ……安全じゃあないわな。でもいいんだよ。『友達』のためんなんだからさ」
友達……そう誰かに言われたのは初めてかも知れない。元の世界にいた時から、対等に1人の人間として付き合える者はいなかった。ラーマンと過ごした時間は短かったというのに……あっさり友達だと言われた事が心にしみた。
「エドはどこの国がいいとか希望あるか? 国によって値段とか入手しやすさって違うみたいなんだよ」
「……どこでもいい。ラーマンに任せる。信用してるからな」
信用できる事なんて何もしてもらった覚えは無いのだが、それでも自然とそんな言葉がでてきた。自分でも不思議だ。
ラーマンは何か特別なコネで、「国籍を買える」と教えてくれた。国籍さえあれば、就労ビザは社長がなんとかしてくれる。問題の国籍を買う資金も社長が貸してくれた。今後会社で私が貢献して稼ぐ事を期待された「先行投資」という事にしてくれたのだ。
「エドは彼女がいるんだっけ?」
茶化してる感じも無く、さらりと質問されて素直に言葉が出てくる。
「……ああ……その為に日本にきた」
「そっか……いいなあ……俺も国に帰ったら嫁さんもらおうかな……稼げるようになったら、嫁もらえるよな……」
稼げるようになったら……。私も自分の力で稼いで明を向かえに行かなきゃ行けない。まだまだ時間もかかるし、問題も多いけど少し希望が出てきた。
「あ……星が見えた」
ラーマンが指を指したその先には、雲の合間から小さな輝きが見えた。すぐに雲がその光を隠してしまったが。誰もがこうして雲の中を迷い、目指す星を探してがむしゃらにあがいてるのかもしれない。
弟の為に働きにきたラーマンも、日本語を勉強しにきたネイサムも、明にふさわしい男になりたい私も、医者になりたい明も、みんな今を頑張っている。
「明日は見送りにいけないから……」
「わかってるって、仕事休むわけにいかないもんな。人が減るんだし忙しくなるんだろう?」
「ああ……だから……今日の夜で終わりだ。……最後に、1本煙草をもらってもいいか?」
ラーマンは不意をつかれたように驚いて、それから煙草とライターを差し出した。
「エド……煙草嫌いだったんじゃないか?」
「ああ……嫌いだ。でも……ラーマンと最後の夜だからな。一度くらい試してみたくなった」
ラーマンがそうしていたように、煙草を咥えて火をつける。吸い込んだ煙にむせると、ラーマンは笑った。やっぱり煙草は自分にはあわない……そう思ったが、煙草があってよかったかもしれない。
もし涙を見せても「煙が目にし見たから」そう…言い訳できたから。
男同士の別れに涙なんてみせたくなかった。
ここで章が1つ終わりです。
次の章で終わるか、もう1つ章があるか…くらいです。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願い致します。




