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油と金属欠にまみれた作業着姿で、機械の説明書を見つつ、機械のいろんなパーツをじっと眺めていた。
「おお! エド、今日も居残りか? 見るのはかまわないが、触るなよ。何百万もする機材なんだから、壊れたら俺達が路頭に迷っちまう」
「はい。触りません。見て勉強します」
ベテラン職人さんが帰る姿を横目で見つつ、彼の仕事姿を思い浮かべる。ぶっきらぼうだが、とても繊細な仕事をする。1mm以下のわずかな差で狂う程、繊細な世界を経験と感で補う……。
実に憧れる。自分もそうなりたいものだ……と、願い、こうしてせめて機械を眺めてイメージトレーニングをしている。それから自前で買った工具と廃材を手にして、工場の片隅で手先の訓練もした。
自分ではそれなりにできるつもりでいたが、不器用だと言われた。向いてないんじゃないかとも。銃の繊細な扱いと、工具の繊細な扱いは、似てるようでいて全然違う。長い時間修練を積めばいつかベテランみたいな仕事ができるようになるかもしれないが……。
長い時間……そう考えて落ち込み焦る。
明は今将来の為に闘っている。会わない……と約束したが、まったく連絡しないのは、それはそれで不安になるので、手紙のやり取りをする約束をした。私が携帯やパソコンを持っていればメールのやりとりもできたかもしれないが……明は手紙くらい面倒な方が、かえって勉強に集中できてよい……と言っていた。
明が努力している事は手紙から伝わってくる。それを見るたびに自分も将来の為になんとかしないと……焦りが産まれる。
明に指輪を持って向かえに行く……などとかっこつけた事を言ったが、現実として、身分証も在留資格も無い自分が、明に結婚を申し込む資格などない。仕事だって今は見習いで……これからもずっと見習いかもしれない。
明が将来の為に努力している間に、自力でこの国で働く資格を手に入れたい……とは考えている。
それと……あのクリスマスデートの帰り道、明に言われた事が今でも耳にこびりついて離れない。
「エド。私やお姉ちゃん以外に友達作らなきゃダメだからね。ひとりぼっちで働いてるのかって、私が心配で勉強に集中できないもん」
正直あれはぐさりときた。ぼっち……というもの……だろうか? 一応恋人がいるのでリア充だとは思うのだが……。
確かに友人は今の所いない。自分の世界を広げる努力をすべきなのだが、人と関わるより、こうして1人コツコツ努力してる時間の方が楽しい……と思ってしまう。
今日も無駄な努力をして寮へ帰る。帰り道にスーパーで半額になってた弁当を買った。一人分なら自炊するより安価な弁当を買う方がこの国では安いようだ。
節約は大事な事だ。大事な時に金がないから何もできない……というのが一番悔しい。
部屋に帰ると同室の男が1人。本当は3人部屋のはずだから、もう1人いるはず……なのだが、最近彼は夜遅くまで帰ってこない。
「ラーマンは今日も遅いのか?」
同室のネイサムに聞くとぶっきらぼうに言葉が帰ってきた。
「しごと…いってた」
ネイサムはまだあまり日本語が流暢ではない。無口で無愛想だが、一生懸命ラジオや絵本で日本語を勉強している。真面目で好感はもてるのだが……自分の気持ちを表にださないので、何を考えてるのかわからない。
それに比べるとラーマンは実に開放的な性格だ。昼間工場で働きながら夜も仕事に出てるのは……熱心でいいとは思うのだが……いつも酒の匂いを漂わせて帰ってくる。どんな仕事をしてるのか怪しい物だ。
ネイサムが1人の世界に入って、本を読んでいたので、1人黙々夕食を食べる。せっかく同室なのだし、もう少し仲良くなった方がいいだろうか……とも思うのだが、なかなか話しかけられない。
あと少しで食べ終わる……という時になって、突然部屋のドアが空いた。ラーマンが慌てて飛び込んできたのだ。呼吸も荒く走ってきたのか苦しそうだ。
「どうしたのだ?」
驚いて見ていると、がしっと肩をつかまれた。
「エド……オマエ金ほしくないか?」
欲しくないと言えば嘘になる。……が、何か嫌な予感もするので答えられなかった。
「ちょっと人手不足で困ってるんだ。手伝ってくれ。オマエなら絶対に向いてる。さあさあ……」
困ってるから手伝ってくれと言われて、嫌だ……と断れない所が、自分でも情けない……と、思いつつ、腕を引っ張られて出かけて行った。
この時断らなかった事を、のちに激しく後悔するのだったが……。




