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「個室…席予約したの? 高くない? 大丈夫?」
明が不満げに口を尖らせた。先ほどの事は許してもらえたのだが、元気になったらとたんにこれだ…。金銭的にしっかり者なのは良い事だが、特別な祝い事にまで、そんなに心配されると自分のふがいなさを痛感する。
「この日のために貯金もしてためておいた。それに…個室と言っても気軽な店で、お手頃価格だぞ。明は私が無駄遣いすると怒るからな」
そっと明の手をとって歩き出す。可愛い明の歩く速度にあわせて、今度はゆっくりと。明の目には好奇心の色が宿っていた。元々明るい明だから、楽しそうな事になるととても嬉しそうな笑顔になる。
好きだから……全てが欲しい……とは思う。でも、泣かせるくらいなら、全てを差し出して笑っていて欲しい。さきほど泣かせる程怖がらせてしまった事を、私はまだ少しだけ引きずっていた。
一度失敗してしまったから、この後は挽回して明を楽しませたい。
「え……ここ?」
絶句という言葉がふさわしい程、明の表情はひきつったまま固まった。店選びに失敗したかもしれない……。クリスマスというのは、どこも相場が高く予約も取りづらい。でもできれば明とゆっくり寛ぎたいし、低予算でないと明が納得しない。
というわけで、私が選んだのは……。
どどんと電飾のついた看板が大きく目立つ。
『居酒屋 よろこんで』
ロマンチックの欠片もない事は、わかっているのだが……。
「もっと稼げる男になったら、一流レストランでも連れて行く。だから……今日は許してもらえないだろうか?」
明は硬直から立ち直ると、げらげらと笑いだした。
「エドのセンスが凄過ぎる!! こんなチョイスしてくると思わなかったから、ある意味サプライズだよね」
バカにされてる気がしないでもないが、明が楽しく笑っているからよしとしよう。
2人で店に入り、席に案内される。個室と言っても狭いし、隣の席とは壁というより衝立てと言うべき薄いしきりしかなかった。店の雰囲気も騒がしい。
でも……なんだか不思議と落ち着いた。
「私……こういう店初めて来たけど面白いね。ノンアルコールカクテルも色々あって美味しそう。メニューも色々あって楽しいな」
機嫌良くメニュー表を見る明を見ながら……私は微妙な気分になっていた。
明は嬉しそうにメニューを見ながら、いちいち値段をチェックして、計算をしている。これを頼むとボリュームの割に高過ぎるとか……なんとか……。
明が値段を気にせずにすむように、わざと安い居酒屋にしたというのに、それでも1円でも安くすませようと頭を働かせる明の姿は、感心もするが呆れた。
明の手からメニュー表を取り上げて店員を呼ぶ。
「今日は値段の事は気にするな。男として情けない気分になる」
「う……ごめん。つい、気になっちゃって」
しょんぼりする明の姿を微笑ましく見つめた。しっかりした所があっても、子供っぽい所や可愛らしい所やイタズラっぽい所もあって、そういう色んな面を含めて、私は明が好きだった。
「とりあえず生ください」
「あ……私は、ピーチオレンジお願いします」
適当に何品か頼んだら、飲み物はすぐにきた。
「初めてのクリスマスに……こんな場所で悪いが……メリークリスマス」
「メリークリスマス!」
2人の杯が小さな音を立てる。これからも何度でも乾杯しよう。明が大人になり、一緒に酒を飲めるようになるまで……何度でも。
「あ……忘れないうちに……はい、エド。クリスマスプレゼント」
無邪気な笑顔を浮かべて、明は細長い包みを差し出した。意表をつかれて驚き固まったが、すぐに喜びがわきあがって自然と頬が緩む。
「ありがとう……とても嬉しい。開けても良いか?」
「もちろん。ふふふ。エドに似合うといいんだけど」
丁寧にパッケージを開けるとそこには1本のネクタイが入っていた。シックな赤地に、上品な金の細いラインが入ったストライプのネクタイだ。明はセンスがいいのだな……と初めて知った。
「安物でごめんね。えっと……ほら、エドって赤いマントとか付けてたし、赤が帝国の色……なんでしょ? 金は王子様っぽいかな……って思って選んで……みたんだけど……」
明は自信なさげにおどおどと私をみていた。そんな様子まで愛おしく、私は自然と笑みを浮かべた。
「そこまで考えて選んでくれてとても嬉しいぞ。大切にする」
明は恥ずかしそうに、はにかみながら、誤摩化すように飲み物に口をつけた。
「私もプレゼントを用意してあるのだ。明……目をつむってくれないか?」
「え……なに?」
明は困惑しながらおそるおそる目を閉じた。私はそっと明の華奢な首に触れる。明がびくりと震えたが、私が触れたのはほんのわずかな時間だった。
「もう開けて良いぞ」
そっと目をあけた明は、首元に感じる感触を確かめるように触れた。
「ネックレス?」
「ああ……学校はアクセサリーが禁止だと聞いているが、服の下に身につけるのならわからないだろう? いつも身につけていてもらえたら嬉しい」
明は鏡をとりだして、何度も首元のネックレスを確認した。青い小さな石のついた鳥のペンダント。自由に飛び回るその姿は明に似ている……と思ったのだ。
「可愛い!! すごい、素敵。ありがとう」
明が大はしゃぎでよろこぶ姿をみて、少しだけイタズラ心がわいてきた。
「あちらの世界では……アルフレッド殿下が作ったネックレスを付けていただろう……正直、少し羨ましくて嫉妬していたのだ」
明が驚きで目を見張り、それから俯いて微妙な表情を浮かべた。嬉しい、懐かしい、寂しい、どんな色がそこに宿ったのだろう。あの世界からこちらに来て半年。早い物だが、思い返すと昨日の事のように記憶が鮮明に溢れ出す。
あの世界に残された彼らは……今頃どうしているだろうか? 国を勝手に捨てた兄に朱里は怒っているかもしれない。弟に重荷を背負わせて、愛する女の為だけにこちらの世界に来てしまった事は、後ろめたくもあった。
「明……」
私はできるだけ甘く、囁くように名前を呼ぶとそっと明の左手をとった。彼女の左手の薬指をなぞり微笑む。
「今は安物のネックレスしか買ってやれないが……いつか……指輪を買って向かえにいく……待っててくれないか」
私もこちらの世界で少しは勉強したのだ。男が女に結婚を申し込む時には、左手の薬指につける指輪を贈り物にする。だから……これは約束なのだ。一生ともにいると。
明は私をこの世界に連れてきた事を、何度も後悔しているのかもしれない。その憂いを拭う為には、何度だって言う。私が選んだ道であり、明が悪いわけではないのだと。
「私は明と生きる為にこの世界にきたのだ。永遠に側にいる」
明が耳まで赤くなって、小さく俯き……、
……かすかに顎を引いた。
ささやかなその仕草を愛おしく感じた。
真面目な男がたまにだだ甘だと、ギャップでぐっとくる…というのが、私の趣味です。
前作ではあまりだせなかった所なので、思い切りかけて嬉しい。




