第十四話
空は薄く曇っていた。
少年院の門が、重たい音を立てて閉まる。
凪海は小さく息を吐く。
外の空気は、一年前と同じはずなのに少し違って感じた。
髪は黒く戻っていた。
ピンクはもうない。
フードも被っていない。
門の前には、一台の黒い車が停まっていた。
見覚えのある車。
その横に、竹田が立っている。
スーツ姿。
相変わらず疲れた顔。
凪海を見ると、小さく手を上げた。
「よう」
凪海は少し目を細める。
「……なんでいるの」
竹田は肩をすくめる。
「迎え、家まで送る」
凪海は即答する。
「いい」
竹田も即答する。
「だめ」
凪海が眉を寄せる。
「帰れるし」
「知ってる」
「じゃあいいじゃん」
「でも乗れ」
竹田は後部座席のドアを開ける。
凪海は嫌そうな顔をする。
「強引すぎ」
竹田は少し笑う。
「昔からだろ」
凪海は舌打ちする。
でも結局、車に乗る。
ドアが閉まる。
静かな音。
車がゆっくり動き出す。
窓の外を街が流れていく。
一年ぶりの東京だった。
変わってない。
でも、少しだけ知らない景色に見える。
竹田が運転しながら言う。
「……悪かったな」
凪海は窓を見たまま。
「またそれ」
竹田は苦笑する。
「いや、一応。君を利用したし」
少し間。
「結果的に、少年院まで入れることになった」
凪海は静かに聞いている。
竹田は続ける。
「俺がもっと上手くやれてれば、別の形もあったかもしれん」
凪海は小さく息を吐く。
「別にいいよ」
竹田が少し視線を向ける。
凪海は窓の外を見たまま言う。
「私、自分でやったことだし。誰かに無理やりやらされたわけじゃないから」
声は前より落ち着いていた。
竹田は少しだけ黙る。
それから、話題を変えるみたいに言った。
「仕事は?」
凪海が眉を寄せる。
「は?」
「紹介できる」
竹田は前を見たまま続ける。
「結構ちゃんとしたとこ」
凪海は少し笑う。
「私、前科持ちだけど」
「そこは何とかした」
「何それ怖」
竹田は少しだけ笑う。
「大企業。事務系。情報整理とか、分析系の部署。お前向いてるだろ」
凪海は少し黙る。
竹田は続ける。
「普通にな。真っ当に生きるなら、悪くない。給料もいい。福利厚生もちゃんとしてる」
凪海は窓に映る自分を見る。
昔より少し大人っぽくなっていた。
竹田が言う。
「お前の頭なら、十分やっていける。多分、周りより出来る」
凪海は少しだけ笑う。
「何それ。褒めてんの?」
「半分くらいは」
沈黙。
車が赤信号で止まる。
凪海はしばらく考えていた。
それから、小さく言う。
「……まあ」
少し間を置く。
「考えとく」
竹田は頷く。
「十分」
車がまた動き出す。
やがて、見慣れたアパートが見えてくる。
古い外壁。
狭い階段。
何も変わっていない。
車が止まる。
凪海はドアを開ける。
外へ出る。
夜風が少し冷たい。
竹田も降りる。
凪海はアパートを見上げる。
一年ぶりの、自分の部屋だった。
竹田が後ろで言う。
「なあ」
凪海は振り返らない。
竹田は静かに続ける。
「もう、お前を捜査には巻き込まない」
少し間。
「今度こそ」
その声は本気だった。
凪海は数秒黙る。
それから、小さく笑う。
「……どうだか」
竹田が苦笑する。
凪海は階段へ向かう。
一段ずつ上がる。
昔の自分がいた場所へ戻っていく。
でも。
もう、同じではなかった。
途中で少しだけ振り返る。
竹田はまだ下に立っていた。
凪海は少し笑って手を振る。
「じゃ」
竹田も小さく手を上げ返す。
凪海はそのまま部屋へ入っていく。
ドアが閉まる音が、夜に小さく響いた。




