弟子(?)をとる錬金術師②
「お待たせしました」
「おう。おう?」
誰?
「マスター、アーニャ様です」
「ああ、はい」
髪も切ってこざっぱりした茶髪の美女がいました。
エイミー並にバインバインですこの人。
「まあいいや。眼鏡は?」
「あ、はい。あります、顔を隠すのにかけてただけですから……」
「まあその見た目ならしゃあないな……」
リアナが満足気な表情をしています。それと栞が不服そうな顔をしています。
「また美人増やした」
「そういうんじゃないから」
「ホントにー?」
「ホントです」
そもそも連れて来たのがギルドマスターのばあちゃんだし。
「さてと、風呂入ってる間に勝手に道具見させてもらったよ」
「はい、大丈夫です。何から始めますか?」
「まず魔核を作る為に、基礎的な道具の作成をしよう。窯や混ぜ棒、それに錬成液も自分の物を用意しないといけないからね」
流石に旧港街の工房まで連れていくことはためらわれるので、急遽オレの錬金工房を片付けた。
大きな窯とかはそのままだけど。
「それぞれの道具に魔石が嵌められてるよね? それらを魔核に変えるのを目標に動こう。魔石の原石のままでも構わないけど、自分専用の魔核に変える事が出来れば錬成する時の効率は跳ね上がるからな」
「魔核……はい!」
「まず手持ちの道具から属性水溶液の作成をしよう。錬金窯や混ぜ棒の魔核は錬成する属性の物に合わせて変えた方がいいから、魔核はかなりの数を作る必要がある」
「お師匠様の大窯に付いているのと同じようなものですか……」
「いや、流石にそのレベルの魔核を作るとなると魔力が足りなくなるだろう。最初は難易度を下げて小さい道具用の魔核からだな」
「分かりました」
突然連れてこられた割には大人しく従うな。やりやすい。
「まず魔核を作成するのに水溶液を作成してもらう。作成方法は?」
「マナポーションを作成するのに緑の水溶液と、麻痺薬を作成するのに命の水溶液なら」
「なら要領は同じだ。素材を入れる順番を伝えるからそれ通りでやってみよう。自分の窯に魔力を込めて」
「はい!」
興味深そうにジェシカと栞も部屋にいる。栞はともかく、ジェシカは体から微弱に魔力が漏れているから追い出す。
「自分も見たいっす!」
「仕事してなさい」
「ないっす! ライト様達がいない間にリアナさんが気合いれて片付けてたっす!」
「じゃあイドと鍛錬でもしてきなさい」
「自分に死ねと言ってるっすか!?」
「大丈夫、あれで面倒見がいいから。ほれハイポーションやるから」
「くうっ! 死んだらライト様のせいっすからね!」
「最悪蘇生してやるよ」
「マジっすか!?」
「嘘。多分お前は無理だ」
「多分!?」
「イドに話を聞いて、お前に合った装備作ってやるから、体を慣らしておけ」
「マジっすか!? 専用っすか!! 行ってくるっす!」
元気に頷いて、ジェシカは走っていった。
ただでさえ短いスカートなんだから気を付けるべきだ。
「あたしはいいの?」
「栞、魔力抑えてるだろ?」
「うん。工房だからね」
「なら問題ないよ」
「別に見られてても、構わなかったですけど……」
「水溶液はすべての錬成の大元の素材だからな。なるべくアーニャ自身の魔力以外の影響を受けるのは良くない。一番使う素材だから、一番気を遣う素材なんだ」
「えっと、質問いいですか?」
「どうぞ」
「水溶液って他人の魔力の影響をうけるんでしょうか?」
「魔力の高い人間は、知らない内に体から魔力が漏れ出てるからな。オレや栞は自分の意思でそれを抑える事が出来るから問題ないけど、ジェシカには無理だ」
「そうだったんですか……」
「逆にその辺の街の人間なら漏れ出すほど強い魔力を持ってないから問題無かったりする。ポーションやハイポーションみたいな簡単な錬成ならば多少他人の魔力があっても問題ない。ただ魔法使いの冒険者の近くで錬成をしたり、ダンジョンみたいに魔物の魔力に満ちている場所での錬成をする場合は気を付けないといけない。簡単な錬成でも失敗する場合があるぞ」
「知りませんでした」
「難易度の高い錬成をしなければ気にする事はないけどな。ただ小さな不純物一つでエリクサーみたいな難しい錬成は失敗するぞ」
「エリクサー!? 作れるんすか!?」
「勿論」
素材集めるの大変だけど。
「キミのおししょーさまはすごいんだぞぅ? ちなみあたしの旦那様だから手出しちゃあかんよ?」
「旦那様はやめてくれ」
「……だーりん? それとも、えっと……ぱぱ?」
「パパはなんか違くないか?」
「うん、言ってておかしいなって思ってた」
じゃあやめてくれ。
「リアナがお前を風呂にいれて綺麗にしたのもそれだ。錬成中に髪の毛や衣服についたゴミなんかが入るだけで失敗する場合もあるんだ」
「そ、そうだったのですか……私、汚いかなってちょっと凹んでました」
「リアナに磨かれる奴ってみんな凹むよな?」
「流石に女として汚いって言われると凹むのはしょうがないと思うよ」
「こんな綺麗なローブもお借りしてしまいましたし……少し胸元が小さいですけど」
「後で直してもらっておくよ」
だからツネらないで栞さん。
「♪」
「次はその右手の素材、シンゼルクラゲの被膜を入れる」
「ひまく……」
オレの指示に従い次々と水溶液を作っていくアーニャ。
魔力量も思ったより多く、まだマナポーションもコップ3杯分しか飲んでいない。
多分クルストの街にいたクリスよりも魔力量が多い。逸材だ。
「魔力量、結構あるな」
「素材の確保をしにいくために冒険者の真似事もしてましたから。しかしお師匠様、こんなに贅沢に素材を使っていいんですか?」
「商業ギルドのギルドマスターからの提供品だ。気にしなくていい」
「そうだったんですか。オティーリエ様にもお礼を言わないといけないですね」
実際には炎竜の亡骸と交換したものだけど。
回収してきた大物の素材もリアナやセーナ、イリーナが解体してくれている。カットもしておいてくれたので非常にコンパクト。
どれをどう処理すればいいか分かっている3人は非常に助かる。
緑の水溶液や命の水溶液の素材は持ち出しの物が多いが、クラスメート達や騎士団の人たちが戦争の際に持ち込んできてくれた物が未だに大量に工房に残っている。
この程度の量なら使ったうちに入らない。
「錬成は誰かに教わったのか?」
「ええ。母に教わりました。母も錬金術師なんですよ?」
「ああ、そうだよな。ここに住んでるんだから家族がいるよな」
「はい、父は冒険者をしています。父が素材を運んできて、母が錬成してポーションなどの薬の販売を行っています。おかげで私は自分の好きな研究が出来てるのですが」
「その研究テーマが魔道具の魔導核か」
「……それぞれ、錬金術で代用品が作れるとは思っていたのですが、どうしても加工が出来なくて」
「魔導炉によって作成するミスリルや魔鋼鉄、場合によってはアダマンタイトやオリハルコンなんかで作った道具が必要だからな。その辺は流石にダンジョンから出ないか」
「ミスリルや魔鋼鉄の短剣なら出る時がありますけど、私達みたいな錬金術師には回って来ません」
「ああ、そうだろうな」
強力な防御力を持った魔物の解体をするにも、そういった物が必要だ。
冒険者ギルドがダンジョンの出入り口で張ってる以上、そういった物は冒険者ギルドの所属の者に優先的に持ってかれてしまうだろう。
後で錬成に使う彫刻刀やナイフなんかも用意してあげないといけないな。
リックに作らせるか。
「そうなると、魔石の加工はほとんどしてなかったか。魔石の粉やかけらなんかも使った事無かったか?」
「魔石の粉は耐性薬を作るのに使っています。削るの大変ですよね」
「ああ、ミスリルのヤスリとかを作ればすぐに出来るようになるよ」
魔力を込めれば硬くなるヤスリだ。
「魔導炉って、錬金術師にとっても必須だったんですね……」
「そうだな。錬金術師にとって魔導炉は切っても切れない縁がある。昔の錬金術師は自分の工房に魔導炉を持っていたくらいだ」
「鍛冶師でもないのにですか?」
「自分の魔力で染め上げて作った道具の方が、加工をするには便利だからな。この水溶液を元に魔核を作ればそれが実感できるようになるよ」
「わ、わかりました。ちょっと悔しいですけど、楽しみです」
「悔しい?」
「自分の研究テーマに関連する物ですから」
「ああ、そういう事ね」
錬金術師として、未知への挑戦を行っていた彼女は、今人に教えられてそのテーマをクリアしようとしている。悔しいと思うのもしょうがないだろう。
なんとなく申し訳ない気持ちになって彼女の顔を見ると、はにかんだ表情をこちらに見せて来た。
栞さん、こんなやりとりだけで殺気出さないで下さい。
「これで、完成ですっ♪」
普段使えない高級な素材をふんだんに使えているので、ご機嫌なテンションでアーニャが青の水溶液を完成させた。
「素材は商業ギルドからってお話ですけど、この透明な保存瓶はお師匠様の持ち出しですよね」
「高いレベルの水溶液は、保存するのにも気を使うからね。オレも結構な量を使うからそれは気にしないでいい。そのレベルの保存瓶なら大量に作ってある」
魔法の手提げに入れないで保管庫にしまったりもするから、他の素材の魔力に影響を受ける可能性があるのだ。そういった影響を防ぐためには容器も良い物を用意しないといけない。
「すごいんですね」
「オレも師匠からの受け売りだよ」
オレに教えてくれたのはジジイだ。
「お師匠様のお師匠様ですか、すごい人なんでしょうね」
錬金窯から保存瓶に青の水溶液をいれると、アーニャが軽くふらついた。
「そろそろ限界か」
「ま、まだいけます!」
「魔力じゃなくて集中力の限界だろ。錬成は体力も使うしな、今日はもう終了にしよう」
「そだね、混ぜ混ぜしてる時の動きも最初とくらべるとゆっくりになってたし」
栞もオレの意見に頷いてくれる。
「……分かりました。すいません」
「一応イリーナとセーナとエイミーを護衛に付けるか……」
「その方がいいね。外、すごい事になってるし」
ちらりと窓から顔を出すと、工房の外の人だかりがすごいことになっている。
その状況を見て、アーニャの顔色が悪くなる。
「あ、あんなところ通れません……」
「なんとかするよ」
エイミーが。
リックが魔導炉使ってるからか、リックの鍛冶師仲間も見に来ているんだろう。鍛冶師っぽい人が多いな。
「今日は家に帰ってもなるべく魔力は使わない様に回復に努めてね。明日も来れる?」
「毎日来ます! なんなら引っ越します!」
「や、それはご両親と相談しなさいね。明日も迎えを寄こすからそれまでは家から出ない事」
「わかりました!」
「あとこれ、渡しておくね」
「ブローチですか……これも魔道具ですね」
「ああ、アーニャを守ってくれる。ブローチに魔力を込めるとオレに伝わるから、危ない時には使ってくれ」
「こ、これもお師匠様が?」
「うん、手作り」
「だ、大事にします!」
「う、うん。お守りだから常に持っててね」
「もちろんです!」
色々終わったので、エイミーにお願いをしてセーナ、イリーナと共に工房から出て行った。
エイミーの幻術、マジ便利。
「エイちゃん、都合のいい女だね」
「そういう言い方するのはやめなさい」
「てへ」




