第52話 PvP 4
二人の魔法少女は身を隠しながら、どうにか中央のエリアにまで入り込んでいた。
『横浜九龍城跡地』とは、どうやら真ん中のタワーマンションだけでなく、この周辺一帯の廃墟を含んでいるようだ。
瓦礫だらけの足場は悪く、倒壊したビル同士が無秩序に繋がり、迷路のようになっている。斜めに傾いた廊下を進んでいくと急に外に出たり、剥き出しの階段が地下へ続く地形にも遭遇した。
堆積したビル同士のフロアが混ざり合い、コンクリート建築がいくつもの階層で繋がったそれは、まるで倒壊した摩天楼のキメラだった。エリア全体が、大きな地震を受け何年も放棄された都市構造体のようになっていた。
「ムーニーバニー、どう?」
「うん、足音は聴こえない……と思う」
ムーニーバニーは耳を聳て、屋外に出る前にクリアリングを行う。
この廃墟だらけの地形は、弓矢による狙撃を恐れる二人にとっては好都合だった。すぐ近くに遮蔽にできる壁がいくつもあり、ビル内に隠れれば視界を遮ることもできる。
ムーニーバニーが顔を出し、同時にサンライズハートがマップを確認する。
ムーニーバニーの視界に一瞬でも敵が映れば、マップに赤いピンが出るはずだ。たとえいきなり狙撃されても、ムーニーバニーであれば『一歩』で回避できる可能性があった。
だが、それはあくまで可能性だ。
当たり前だが、『一歩』はムーニーバニーが脅威を知覚していないと使用できない。ムーニーバニーが見ていない方角からの攻撃や、ムーニーバニーが知覚できない距離からの狙撃は避けることができないのだ。
「わ……私が、囮になる」
隠れながら進行する途中で、ムーニーバニーはそう提案した。先ほどの弓矢による攻撃で、ムーニーバニーはダメージを負っていなかった。
逆に、サンライズハートは弓のような遠隔武器と相性が悪すぎるのだ。
こちらが回避して距離を詰めようとしても、相手は近づかれるまでに何度も遠隔攻撃のチャンスがある。攻撃可能な距離に近づくまで、こちらの矢の被弾は避けられない。
サンライズハートは近接戦闘においては無類の強さを誇るが、あれほどのアウトレンジからの攻撃には無力だった。
ひなたは心配そうに言った。
「うさぎ、大丈夫なの?」
「こ、怖いよ……でも……」
目の前で矢に貫かれるひなたちゃんを見るのは、もっと怖い。
うさぎのそれは、仲間が倒れて一人ぼっちになることへの潜在的な恐怖だった。
痛いのも死ぬのも怖いが、この戦場に一人で残されることはもっと怖い。ムーニーバニーが一人で生き残っても、勝ち目はない。
「私が、弓矢をなんとか引き受けるから、ひなたちゃんが敵を攻撃して」
ムーニーバニーが震えながらも、真剣な顔で言う。それでサンライズハートは、覚悟を決めた。
「分かった。前に、おっきな蜘蛛を倒した時の作戦だね。よーし……!」
とはいえ、まず敵の攻撃方向を特定し、それから逃げられない距離まで接近する必要があった。
サンライズハートは周辺の地形を確認するために、マップを再度凝視した。
廃墟だらけの凹凸が激しい地形だが、タワーマンションの手前に、まるで長い商店街のような直線の空間があった。
単なる徒競走をするならば有利かもしれないが、遮蔽のないこの直線距離は真っすぐ飛ぶ相手の弓矢にとっても有利な地形だ。
と、マップ内のムーニーバニーから共有されている範囲に赤いピンがいくつも生じた。その数は10以上。
「んっ……? ムーニーバニー、何か見えてる?」
「え? なんか、羽根の生えたちっこいのがいっぱい見えるけど……」
「それ、敵のマーカー付いてる!」
「ええっ!?」
今まで6つのエリアを歩き回ってきたが、どのエリアでもクリフォトのエネミーは全て灰色のマーカーだった。
それらは、魔法少女が撫でれば倒せるレベルの雑魚敵、という認識でいたのだが、ここに来て赤マーカーの敵が出現した。
「いまさら攻略が始まるの? まだ魔法少女だって倒してないのに……」
「ど、どうする? ひなたちゃんっ……?」
羽根の生えた悪魔のようなクリーチャー――インプたちはキィキィと笑い声をあげながら、こちらに迫ってくる。それどころか廃屋の裏や、ビルの窓を覗きこみクリアリングを行っていた。
探している。
誰かを、探している。
「このままだといずれバレる。先制攻撃しよう!」
「わ、分かったッ!」
二人は頷き合って、同時に飛び出した。
疎らに周辺を捜索していたインプたちに向かって、走る。サンライズハートはガントレットを打ち鳴らし、ムーニーバニーは両刃斧を八相に構えた。
「キキィッ!」
獲物を見つけたインプたちが、一斉に鳴き声をあげる。
まるで警報のようだ。
インプたちは低空を飛行し、爪を構え、尻尾の毒針をひゅんひゅん振るいながら二人の魔法少女に近づいて来た。小さな悪魔たちは、我先にと魔法少女たちの身体に爪を突き立てようと迫る。
ごしゃッ――――。
「ギキャアッ!?」
紅蓮の炎を伴ったガントレットが、それを思い切り殴りつけた。
一番乗りのインプが顔面を殴打され、そのまま墜落する。頭蓋骨が陥没し、四肢をぴくぴくと動かしていたそれはやがて動かなくなった。小悪魔の死体は、紫色の塵となって溶けていく。
サンライズハートは叩き落したそれを見ることもなく、次々と迫りくるインプを殴り倒した。
ところが、インプのほとんどはサンライズハートを無視した。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃッ……!」
まるで最初からムーニーバニーだけを狙っていたかのように、周囲を取り囲み、毒針の付いた尻尾を振り回す。
ムーニーバニーは蚊柱の群れから逃れるように身を低くして、走った。それをさらにインプたちが追いかける。
「ムーニーバニーッ!」
4匹のインプを倒したサンライズハートがムーニーバニーの後を追う。速い。ムーニーバニーは尻尾の乱舞をスライディングで回避しつつ、急降下して爪を振るうインプの攻撃を『一歩』で回避した。インプたちの群れに囲われた中で、青色の炎が何度も吹いた。『一歩』を使い切ってしまった。
しゅこん。
一本の矢が、ムーニーバニーの髪を掴もうと迫ったインプごと、ムーニーバニーの後頭部に突き刺さった。矢で貫かれたインプは即死した。
「あっ……ああああッ……! 頭に、矢が、刺さったッ! 刺さった、刺さったぁぁぁぁぁ~~~ッ!!!」
傷みのあまり泣き叫ぶムーニーバニーに、さらにインプたちが爪を振るって群がる。
インプを巻き添えにしながら、ムーニーバニーの身体に二の矢、三の矢が突き刺さる。続く、四の矢を金色のガントレットが防いだ。
「このぉッ!!!」
サンライズハートが駆け寄り、矢の射線に立った。
だが矢の飛来は続く。ガントレットで弾けども弾けども終わりがない。見れば遠くにある廃ビルの屋上から狩猟の魔法少女――デュナテルミスがこちらに弓を向けている。
位置は特定できた。だが遠いし、何より高い。まずは、ムーニーバニーを何とかしないと。
サンライズハートは矢の切れ目を見計らって、射手に背を向けた。
回転しながらのソバットで、浮いた一匹のインプを蹴り飛ばす。そのまま滑空攻撃を繰り返すインプに飛び掛かり、ラリアットで2匹を屠った。
両腕を振り回し、ムーニーバニーに群がるインプたちを屠り続けた。気絶した蝙蝠のように、ぱたぱた、とインプの死体が落ちていく。
と同時に、サンライズハートの背中には矢が次々と刺さった。サンライズハートは矢の痛みに耐えながら、ムーニーバニーに噛みついたインプを引きはがして、地面に叩きつけた。
「あぐッ……! これで、最後ッ!」
さらにサンライズハートの背に矢が刺さる。サンライズハートは逃げ惑うインプを手刀ではたき落した。そしてようやく射手に向き直り、飛来した矢を弾いた。
「あ、ありがとう、ひなたちゃん! ひゃッ!」
今度はムーニーバニーの方にも矢が飛んでくる。
だが、ムーニーバニーはそれを軽やかに躱した。それどころか連射される位置が分かるのか、動き回るだけで数本の矢を避けた。まるで滑稽な踊りを踊るみたいに、その場でステップを踏み、くるくると動き回っている。
インプごと刺された矢を除けば、ムーニーバニーの回避率は100%だった。
相方の回避能力に驚きながらも、サンライズハートの身体はすでに動いていた。
ムーニーバニーに注意が向いている隙に、近くの廃墟に身を隠した。慌てたように矢がこちらに飛んでくるが、すでに隠れ切っていた。
「ムーニーバニー、ごめん、ちょっと耐えて……」
サンライズハートは息をついて、背中の矢を引き抜いた。あの数秒の間に6本も刺されてしまった。
現在のHPは565点。サンライズハートの最大HPが1000であることを考えると、そろそろ半分を切ってしまう。
ひなたは数秒だけ、頭の中で計算した。
矢一本で受けるダメージと、矢を防いだ時のダメージ、そして赤マーカーのインプを倒した数を思い出した。
マップに目をやると、高所にいるらしい敵の魔法少女が赤マーカーで表示されている。青マーカーのムーニーバニーが、相手を視界内に収めつつも別の方角まで逃げていた。
しばらくすると、遠回りして離れていたムーニーバニーが廃墟の反対側から駆けよって来た。
「ひなたちゃん、大丈夫ッ……!?」
どうやらサンライズハートの位置がばれないように、敵の矢を避けつつ、かなり迂回してから合流してくれたようだ。
ムーニーバニーの身体にはまだ3本もの矢が突き刺さっていた。
「うさぎ、ちょっと息を止めて」
「えっえっえっ……あっやだやだやだやだ、止めて! 絶対痛いそれっうわあああああああッ!!!!」
「はい、せーのッ! ほいっ! ほいっ!」
サンライズハートは、ムーニーバニーの後頭部と胴体から矢を引き抜いた。
あっという間に血は止まり、ムーニーバニーは無体をされた女給のようにその場にへたりこんだ。
「え、ごめん、痛かった?」
「ううん、怖かっただけ……。ひなたちゃん、どうしよう。私、あの小さい悪魔みたいなのに捕まったら、飛んでくる矢を避けられない……」
まるで、それ以外だったら問題なく避けられる、とでも言うかのようだ。
ムーニーバニーはめそめそと泣き言を続けている。サンライズハートは励ますように肩に触れた。
「ううん、他のを全部避けられてるならすごいよ! あの、最初の弓の子……さつきちゃんかな、近くまで寄ってきてたみたい。アキラちゃんが姿を見せてないのが気になるけれど、乱戦してるところを弓で狙われたら厄介だね」
サンライズハートは、またもや霧に覆われ、地形だけとなったマップを見せた。
「この廃ビルの上にいたよね。もう移動しちゃったかな?」
「私が最後に見た時は、あの白いわんこに跨ってたよ」
「じゃあ移動してるね。うーん、どうにかして移動力を削がないと……」
と、そこでひなたは目の前の回避率100%の女に目を向けた。
機動力、回避力、足の速さ、高度のある跳躍。自分の目の前にいる友人が、その全てを兼ね備えた魔法少女であることを思い出した。
「ムーニーバニー、ちょっといい?」
「な、なに……? 何をやらされるの……?」




