1 婚約出来ない理由
初投稿です。
楽しんで貰えたら嬉しいです。
今日のメモ。
――羊肉のシチュー。
焼き目の香ばしさが、全体の味を引き締めている。
煮込み加減も絶妙。
(……やっぱり、美味しい)
伯爵令嬢シャーロット・スミスは、先ほど口にした
料理の余韻を思い出しながら、丁寧にメモを取る。
「はぁ……美味しいものは、尽きないのよね」
思わず、ため息がこぼれた。
優良物件の婚約者には限りがあるけれど。
彼女の愛する“食べ物”は違う。組み合わせは無限。
国が変われば料理も変わる。
――だから、やめられない。
シャーロットは、決してスレンダーではない。
けれど、太っているわけでもない。
ぱっちりとした瞳が印象的な、二十一歳の令嬢だ。
食後の楽しみは、コックへの感想メモ。
「今日もとても美味しかったです。
またすぐに食べたくなるお味でしたわ」
書き終えて、満足そうに頷く。
「ああ……明日のお食事も楽しみ!」
二十一歳といえば、結婚適齢期。
しかし――
シャーロットには、婚約者すらいない。
理由は、この国の“美意識”にあった。
「令嬢の食事は、小鳥がついばむ程度がよろしい」
それが、貴族令嬢のたしなみ。
(美味しいものを残すくらいなら独身で結構ですわ)
それが、シャーロットの信念だった。
両親に勧められる見合いも、彼女にとっては“食事の場”にすぎない。
どうせ相手は、彼女の食べっぷりに驚くだけで、
会話も続かない。
だから最初から、期待などしていない。
それでも、社交の場から逃げることはできないのだ。
先日の夜会でも、幼なじみのシリルにエスコートされて参加していた。
そして――
ある程度の時間が過ぎれば、
皿に料理を盛り、大庭園のガゼボへ向かう。
ワインを片手に、ひとり静かに食事を楽しむ。
それが、彼女のいつもの過ごし方。
その姿は、いつしか貴族たちの間で“密かな名物”に
なりつつあった。
一方――
この国の筆頭公爵家
その嫡男、ウィリアム・アヴェーヌ。
二十五歳。
誰もが認める美貌と才覚を持ち、将来は宰相と目されている人物だ。
当然ながら、貴族女性からの人気は絶大。
――にもかかわらず。
いまだ婚約者は決まっていない。
「ウィリアム……いっそ国中の令嬢と見合いでもするか……」
公爵は、ため息混じりにそう漏らす日々。
だが当の本人は、誰との見合いにも
首を縦に振らなかった。
想い人がいるわけでもない。
それでも、選ばない。
その結果――
“理想が高すぎる男”として、名が知られるようになっていた。
先日の見合い相手は、侯爵令嬢アザリア。
若くして完成された美貌。完璧な所作。
そして――食事は小鳥がついばむ程度に。
まさに理想的な令嬢。
……のはずだった。
しかし。
「……申し訳ない」
ウィリアムは、ノーを出した。
アザリアは3日間も寝込んでしまった。
そんな彼が。
ついに、見つけたのだ。
理想の女性を。
先日の夜会。
令嬢たちに囲まれ、逃げるように
庭園へ出たウィリアム。
その先のガゼボで見かけた、一人の令嬢。
彼女は、ひとりで食事をしていた。
ワインを飲みながら、心から楽しそうに。
一口食べるたびに、目を輝かせ。
「……美味しい」
そう呟き、頬に手を当てて微笑む。
その表情は――
これまで見てきたどんな令嬢よりも、魅力的だった。
(……なんて)
思わず、足を止める。
(なんて素敵な女性だ)
もっと見ていたい。
その口元も、その表情も。
すべてを。
「彼女は……誰だ?」
すぐに側近へ命じる。
ほどなくして、答えが返る。
「伯爵令嬢、シャーロット・スミスにございます」
「……そうか」
わずかに、口元が緩む。
そして。
静かに、呟いた。
「――絶対に、逃がさない」




