王じゃない二人
「待ち合わせより30分前。うん、いつも通りだな」
この街にある唯一時間を確認できる大時計を確認して一人安堵する。今日はジュリアとの約束の日だが、流石に女性を待たせるのは男としてなしだろう。
問題は彼女がかなり几帳面であるということだ。約束の時間より早めに来ることは容易に想像できる。それは僕を待たせるのが申し訳ないとかじゃなく、弱みを見せない為というのが大きいだろうけど。
「シオンもそうだけど、そういうところ結構気にするもんなぁ」
槍王による支配の影響か、周囲の人間を全員敵だと思い込む節がある。それは二人だけじゃなくレイラとライラの二人の姉妹もそうだ。
「まぁ槍王候補は全員仲間というより競争相手……蹴落としあう相手だったんだからしょうがないかもしれないけど」
槍王候補と言えば聞こえはいいが実体はあの女の次の肉体を選別する行為だった。それでいて下位になれば追い出されると聞く。
一番になれば前『槍王』に肉体を奪われ、下位になれば追い出され死ぬかもしれない。必死に頑張る必要があるが他者より優れすぎてはいけない。そんな環境ストレスが溜まるのは間違いない。
僕だったら間違いなく胃に穴が開く。何が何でも一番を維持しようとしていたシオンがいるだけマシだったのだろうと思うと、彼女達の境遇がまだマシだったという事に愕然とする。
「ただ、そのストレスの原因がなくなったのが良かったのか大分三人とも落ち着いてきたなぁ」
前『槍王』が消えたことにより彼女達も本来の性格を表に出せるようになってきてる。特に二人の姉妹はそれが顕著だった。姉のレイラはジュリアのことを親友といい、大好きだというのを隠しもしない。その結果かなりストーキング技術が上がっているが。ジュリアから度々苦言を呈され説教されているのを見る。
妹のライラの方は一見変わってないように見えてこちらも変わっている。王戦終了後は勝負を挑んでくることが多々あったが最近は戦いよりも甘いものに興味が言っているのかお菓子を食べている。模擬戦を挑まれるのは悪い気はしないしいい経験にもなるが、あの『剛槍』と毎日戦うのは神経が持たない。技巧を潰しに来る力業というのは僕の戦い方なので力比べで負けかねない彼女相手だと色々と工夫しなくてはならなくて頭が痛くなる。
「ただ、ジュリアだけはちょっとなぁ」
ジュリアも、変わってきてはいる。王戦前と違い敵意を剥き出しにしてくることはないし、ちゃんと会話もできるようになっている。ただ『槍王』という立場になったからだと思うが、生来の真面目さが出てきているのかもしれない。今のヤランリ王国をどう改革していくか、それにばかり目がいっていて休むということを忘れている。
彼女は現在、毎日毎日ヤランリ王国から送られてくる書類を見て顔を顰めている。前『槍王』は政治にまるで興味を持たず、側近の人間にそこを任せきりだったという。
ジュリア達も将来側近になる可能性が高かったためそういう部分も勉強して来たが、やはりそれに加えて槍王候補として肉体作りも進めてきていた。両立は難易度が高いのだろう。ソードリアに弱味を見せることになるが文官を貸してほしいと言われ、手伝いをしている。その結果国としては大分ズタボロだったことが判明したのだから溜まったものじゃない。
「これ、立て直すのに時間がかかるわね……。他国との交流が殆どないって言うのはどうなの……?」
ジュリアが独り言で呟いてきた言葉を思い出す。なんともまぁ悲観的な言葉だった。王戦含めてヤランリ王国が他国と関わるのは非常に珍しいことだったと。国同士の交流どころか商人や食料なども自国内で全部回しているらしいのは驚きだ。ぶっちゃけ殆ど鎖国状態だったと手伝っていたソードリアの文官が言っていた。
「そこらへんを僕がどうこうしようとするのは手を出し過ぎる、他国干渉と言われてもおかしくないしなぁ」
この一件に関しては僕に出来ることは何もないと言っていいだろう。ジュリアもそれを望みはしない。精々鎖国状態のヤランリ王国との取引などを緩和するくらいだ。
だから僕が今疲れ切っているジュリアに何が出来るかと言えば、気晴らしに付き合うくらいだ。同じ唐突に王になってしまった者同士、偶には何もかも忘れて楽しむのもありなのだと彼女に身をもって教えなくては。
「あ、あの……もしかして剣王様ですか……?」
「ん?えっと、そうだけど……」
時計柱の下で一人悩んでいると急に声を掛けられる。声を掛けてきたのはこの街の住民らしい少女だった。まだ十歳程度で、緊張した顔をしている。
少女はキラキラとした目で持っていた物を差し出す。それは色紙だった。そう、あのサインを求める時に使う色紙である。
「王戦見ました!!サインください!!!」
「お、おう……ははっ、僕も有名人になったもんだなぁ」
サインを求められる経験などほとんどない。王都の民は距離感が近いからそういうのはないし。僕は故郷の村と王都以外にいたことなどほとんどないのだから仕方ないだろうが。
気分が良くなった僕は少女から色紙を受け取り、流れるような感じの名前を書く。サインっぽさを出そうとして名前を読むには非常に苦労するだろうが、まぁファンサービスならこれくらいがいいだろう。ついでに名前の横に絵も描いておく。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございました!!!やったよいっ君!!王様からサイン貰えた!!!!」
「マジかよ、本当に貰えたとかすごいな……」
少女はそのままこちらを伺っていた少年の方に駆け出していく。驚きと羨望の目を隠しきれていない。あの二人は恐らくは幼馴染なんだろう、やり取りが僕とヒカリにどこか似ている。
そして間違いない、あの子達は互いを想い合っている。今はまだそれがどういう感情なのか分かっていない状態だ。カプ厨としてあらゆるカプを推し続けてきた僕の目に狂いはない。
「いいぞぉ、ああいう関係性から更に発展する時の戸惑いや吹っ切れが見てて最高なんだ……!!」
惜しむべくは僕がそれを直接見ることはないという事だろう。この街から僕ももうすぐ去る。そうなったら彼女達の恋模様を見続けることはできない。
だが、それでも構わない。僕が剣王として頑張った結果、彼女達が甘酸っぱい恋愛を行えるというのならこの命を燃やしつくせる……!!
「そう、僕は最強の剣王になるんだ……!!」
「街中で急になに言ってんのよ、アンタ」
「邪魔しないでくれ。僕は今久しぶりに必須栄養素を摂取しているところなんだ……!!」
「見られてる側が困惑してるでしょうが。いいからさっさとこっち見る!!」
グギィという音共に首がほぼ真後ろを強制的に向けさせられる。王剣によって肉体が強化されていなかったら死んでいたかもしれない。
「ありがとう、おかげで正気に戻れた」
「……流石に今のは怒られると思ったんだけど逆に感謝するんだ」
「いやまぁ、彼女達の行く末を見守りたいのは確かだけど怖がらせるのは本意じゃないからね」
こちらを伺っていた少年少女達に向けて手を振る。彼女達もまたこちらに手を振り、そしてそのまま走っていった。なんとも微笑ましい光景だ、ずっと見てていても間違いなく飽きることはないだろう。なんだったらこの後もずっと見続けていたい。
「『剣王』として仕事してる時とは随分違うわね。そっちがアンタの本性かしら?」
「んー、どっちも本当だと思うよ?仕事してる時は真面目にやらないと他の人が困るしね」
僕が何もしなくて困るのが僕だけならそれは自業自得だ、特段問題視する事じゃない。だが僕は成り行きと言えど『剣王』になってしまった。そしてなったことに納得して背負うことを決めた。それならやるべきことはやり切らなければ。
人とは社会で生きる以上責任を果たし続けることなのだから。それぞれの役割をこなして社会の一部として生きる。そして社会はそういった人達を守り、豊かにするために存在する。
「それが僕の持論だ。社会が大勢の人を不幸にするならそんなものは壊した方が幸せだと思うよ」
「耳に痛い話ね。故郷を思い出すとアンタの言う壊れた方が良い社会そのものだもの」
『槍王』のやってきたことは500年間国を蝕んできたことに他ならない。どんな理由があってもそれが許される道理はない。結局どうして彼女がそんなことをしたのか分からなかったが。話をしようにも何故か物凄い敵意を向けられていたし。そしてそれはこちらも同じだった。結論としては僕達はああやって戦う以外の選択肢はなかったのだろう。
「そんな社会を、国を変えに戻るんでしょ?ジュリアは凄いと思うよ」
「……平民からいきなり『剣王』に祭り上げられた挙句私達と戦う羽目になったアンタが言うと謙遜したくなるわ」
「そりゃ勿体ない。頑張ってる子は誉められるべきだよ」
「それじゃあそれより先に褒めるべき点があるんじゃない?時間ギリギリになるまで、レイラとライラにまで手伝わせて選んだこれを」
不機嫌そうな顔でそう言った彼女の服装は先日まで見てきた仕事着とは全く違った。かと言って王戦の時に見た軽装でありながら肌の見えない戦闘着とも違う。
ミニスカートから伸びた脚にはニーソックスを着ているが、その間には絶対領域が存在する。思わず見てしまうがそれは不埒だと自分の中の男を無理矢理捻じ伏せる。
下から目を逸らせば自然と上の服に目が行く。小柄な彼女には少し大きめの上着を羽織っており、手が完全には出ておらず中途半端……音に聞く萌え袖という奴だろう。更にその上着には大きめのパーカーがついている。しかも猫耳付きだ。
「…………なによ。似合わないとでも言いたいわけ?」
「いや、凄い似合ってると思う。うん、君の雰囲気に合ってて可愛いよ」
語彙力がなくこれくらいしか言えないが、美少女の服装を褒めることなど今までの人生で殆どなかったことなので許してほしい。下手な例えを使うより真っ直ぐ伝えた方が誤解なく僕の気持ちは伝わるのだと信じて。
「ふん、オマケで合格点にしておいてあげるわ。次の時までに本でも読んでもう少し語彙力を鍛えてくることね」
「一緒に出掛ける次があるのは確定なんだ……」
「なっ!?あ、ち、ちがっ……!!~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
顔を真っ赤な茹蛸のようにした後フードで表情を完全に隠してバシバシと背中を平手打ちしてくる。ついでに脛も的確に蹴ってくる辺り彼女はプロだと思う。とある業界の人ならば金を払った上で交代してくれと言ってくるだろう。当然そんな契約に頷く僕ではないので外から眺めるだけで我慢して欲しい。
「いや、でも初めて見た服だよ。ヒカリとかアリシアも服には気を付けてるのにそんなデザインの服見たことなかったし」
「…………別に、レイラが勝手に買ってきた奴だし。適当な店で買ったとか言ってたわ」
「へぇ、ヤランリ王国って服に関して凄いのかな。僕も行ったら服買える?真っ黒でカッコいい服とかあるかな」
「真っ黒でカッコいいは子供の発想過ぎるでしょ……」
僕の私服に対して女性陣はみんな不満を呈するのは何故だろうか。僕らしいと思うのだが一緒にいると恥ずかしいとかそんな感じなのか?女心というのは難しい物である……。
「でもそのセンスなのにアンタの服装、悪くはないわね。黒くないし」
「ああ、ヒカリとアリシアに選んでもらったんだよね。二人共僕のことを着せ替え人形にして3時間くらい楽しんでたよ。いや本当なんで楽しいんだろう、僕みたいなのを着飾るより二人が色んな服着る方が絶対華やかで楽しいと思うんだけど」
「…………いいからさっさと行くわよ。別に行くところ決まってるわけじゃないけど」
「えっ、あ!ちょ、早歩きでどこ行くのさ!?」
ブチという音が聞こえたと思ったら背中を向けてスタスタ歩いていくジュリアを慌てて追いかける。一人でいてナンパでもされる可能性は少なくない。男連れの方が気楽に色々と見られるだろう。そう考えた僕は彼女の背を追いかけた。
「なぁ、剣王とはもしやクソボケなのか……?女と出掛けておいて他の女の話題だすとかどうなんだ?」
「仕方ねぇだろトーマなんだから。そっちだって随分槍王様を着飾ってんじゃねぇか」
「…………レイラが密かに買い集めていたコレクション。いつか着せたいとか言ってた産物。わざわざアイカテム王国から取り寄せてきた。物凄い大金がかかっている。我が姉のことながら若干引く」
「あ、あははは……。と、トーマ君には好評みたいですから……」
「あっ、行っちまう。よし、このまま問題起こらないように見張っていくぞ」




