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幕間 アリシアと聖女


「アリシア、貴女を新しい聖女として認定します。そしてこれより、セプテムを名乗りなさい」

「はい。私はこれよりアリシア・セプテムになります。この先現れる剣王様のお役に立てるよう、全力を尽くすことを誓います」


 それは私が聖女になった日の記憶。孤児として教会前に捨てられ、そして育てられ、光魔法の適性が高かった為聖女としての人生を歩むことになった日のこと。


 物心がつく頃には私は次の聖女としての教育を受けていました。それは国の為であり、かつて存在した初代剣王様に救われた事を決して忘れられないようにする為、システムとして続いている教会の理念の為。


 私の人生は最初から私の物ではありませんでした。


「アリシア、私の代では剣王様は現れませんでした。しかし貴女の代には現れるかもしれません。その日の為に研鑽と、そしてもし剣王様が現われた時の為、民がそれを受け入れる土壌を作りなさい」

「はい、私は剣王様の手となり彼の方をお救いします。その為に聖女としてふるまうことを約束いたします」


 目の前の教主様は歳を取り、ようやく次の世代に聖女の役割を渡せたことに安堵しているようでした。重い重い荷物をようやく下ろせたような、そんなほっとした顔。


 それでいて、己の人生が何の為にあったのか分からなくなっている顔。それは未来の私を見ているようで、とても恐ろしく思ってしまいました。


 『聖女』とは『剣王様』が為すべき事を為す際、力になれるよう存在する役割です。聖剣を抜き、王になる。それは市井の者から現れるかもしれませんし、貴族の方から現れるかもしれません。


 だからいつその方が来てもいいように我々は準備をしなければならない。代々教会と聖女は市井の民達がいつか現れる剣王様を受け入れられるように活動してきました。


 いざ聖剣を誰かが抜いた時、その誰かがどんな生まれであっても、どんな人生を歩んできたとしてもそれを受け入れられる土壌を作る。


「きっと、私の代でも現れないんでしょうね」


 思わず口から出てきた呟きは私の本音だったのかもしれません。だって、この200年初代の剣王様から次の方は見つかっていないのです。


 国中を探してもその資格を持つ方はいません。資格を持つ方はもしかしたら他国に生まれているかもしれない。聖剣を抜けない以上どのような条件を達成していれば抜けるのかも分からない。


 砂漠で一粒の煌めく粒を探すような苦行。それに私は耐えられそうになかった。


 だから聖女としての仮面をかぶり、私は生きてきました。人の悩みを聞き、炊き出しを行い、貧しい方達に笑顔を振りまいて。


 いつしか本当の私を忘れてしまうのではないかと怯えながら、誰にでも分け隔てなく笑顔で接する聖女の仮面をかぶっていた。



「だから僕の関節を極めてくるのはやめろぉおおおおおおおおおお!!!!!脚はそっちには曲がらないぃいいいいいいいい!!!!!!」



 その人達と出会ったのは、本当に偶然でした。街中で銀髪の可愛らしい方に関節技を掛けられてもだえている黒髪の少年。


 その叫びは本当に痛そうで、だから思わず声を掛けてしまいました。


 それから先は怒涛の展開でした。強引で、自分の想いを押し付けてきて、それでいて真っ直ぐな彼は凄く激しい生き方をしているようで。


 それを見る幼馴染のヒカリさんは、彼を「馬鹿」と言いながらとても優しい目をしていて。


「羨ましいなぁ……」


 「羨ましい」、そんな言葉が思わず出てきてしまったことに私自身驚いてしまいます。私は彼の生き方が羨ましいのだと、あんな風に自由に生きたいのだと心の底では思っていると初めて知りました。


 そんな私を、聖女としてではなくただの少女として街中を案内させて、お礼と称してりんご飴を買ってきて。買い食いなんて聖女らしくないという事でしたことなかったのに、彼は無理矢理押し付けてきて早く食べないかとキラキラした目で見てくるので食べざるを得ませんでした。


 初めて食べたりんご飴は、とても美味しかったことを覚えてます。



「そういうわけで好きな男性のタイプは。出来ることならその人と一緒にしたいことも教えていただけると嬉しいです」



 でも突拍子もないことをいきなりいうのは困惑するのはやめてほしいです。その時の私は聖女の仮面をかぶることも忘れて私自身として笑っていた気がします。


「悪いな、アイツ本当馬鹿で。気、悪くしたなら本当ごめん」

「いえ、確かにいきなりでしたがこういう話はしたことがなかったので新鮮で楽しいですよ?」

「そう言ってくれて助かるよ。アイツ本当他人の目とか気にしないからさぁ……」


 そう言って呆れ顔をする横顔は、そんな表情を打ち消して余りあるほどに綺麗でした。美醜を重視したことのない私でも分かるほどに、彼女は綺麗で。それは確かな「自分」を持っている人の顔で、とても羨ましく、私もそういう風に生きれたらと思いました。


「それでもアイツ、相手が嫌がることはなんでかやらないんだよな。なんていうか、線引きがしっかりしてるっていうのかな」

「ああ、確かにちょっとわかります。少しでも会話が嫌な方面に生きそうになると話題を変えようとしますよね」

「その結果があの発言だから突拍子もないんだけどなぁ」


 私は、私を聖女として見る人が苦手です。いいえ、苦手なのではなく嫌いです。


 私と聖女を同一視して、聖女の面だけを見てくる人がどうしようもないほど恐ろしいです。そういう人と話していると、自分がなくなってしまうようで。


 だからトーマさん達との会話は楽しかった。彼らは私のことを私として見てくれるから。


「それも、もう終わりですね……」


 トーマさんもヒカリさんもこの王都に聖剣を抜く儀式をする為に来たと言います。それはつまりこの儀式が終わったら恐らくもう二度と会えないという事。


 聖女としての私ではなく、そんなもの関係ない私と友達になってくれた人とのお別れ。それはとても心が痛むものでした。


 それでもこの方達にもそれぞれの人生がある。それを捻じ曲げるというのは、なんとも罪深いものだと思います。それを肯定してしまうと、こうして聖女の役割を被らされてる自分の境遇を肯定してしまうようで。


「あれ……?」


 だけどそう考えてみると一つ気付きました。


 もしもこれから先、聖剣を抜く人が現われたらその人は剣王様になります。


 ではその人の人生は?自分の意志で歩いていくはずだった未来は?


 気付いてしまえばなぜ今まで気付かなかったのか不思議なくらい当然のこと。私が聖女の仮面をかぶりその役割をこなすのと同じように、剣王様になった方はそれまでの人生も全て捨てることになる。それも無理矢理、国の為の理由で。


 それは、私が嫌だと思って来たことと何の違いもないと分かって。



「ありえねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!ヒカアリはどこに行ったんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」



 だから、トーマさんが聖剣を抜いた時私は泣きそうになりました。私を私として見てくれた初めての友達に、私が嫌だとずっと思ってきた生き方を強制するのだから。


 それでも聖女としての仮面をつけなおした私は彼の混乱が収まる前に民達に『剣王様』の誕生を宣言して逃げ場を潰す。


 その後トーマさんは思っていた以上に早くその立場を受け入れ認めました。家に帰らせてほしいと一言も言わずに、ただ手紙だけを送ってほしいと手渡されて。


 文句も恨み言も何一つ言うことなく彼はその立場を受け入れて、あったはずの未来を手放して、それでも笑っていた。


 その強さが、羨ましくて、そして何より憎らしくて、理不尽と分かっていながら彼に憤りを覚えていました。


 その後、一緒に食事をしそのままなし崩し的に呼び方を名前に戻されその強引さに引っ張られて普段で歩くことのない騎士団の修練場まで移動させられて。


 いつの間にかトーマさんは騎士の方達と一緒に走り出していました。それも騎士達よりも早く彼らを引き離すほどに。


 だからなのか、走り終わった頃にはその顔は真っ青で。今にも倒れそうなほど無理をしていたのが分かります。


「はいはいお疲れ様。ほれ、お望み通りしてやるよ」

「はぁー……ひぃー……ふぅー……へぇー……ほぉー……」

「最後のはわざとだろお前」


 そうやってフラフラになっているトーマさんをヒカリさんは優しく抱き留めて受け入れていました。約束していた通り膝枕をして、安心したのか穏やかな表情ですぐに眠ってしまったようです。


 その光景は互いに物凄く信頼をしているのだと外野から見ても分かるほどで。


「…………なぁ、騎士様達。アンタらがこいつに言いたいことがあるのは分かるよ。いきなり王様だって言われて自分の上に知らないもうすぐ成人するって子供が立つのはそりゃイラつくだろうさ」


 ヒカリさんがトーマさんに向ける表情はとても優しくて、そして同時にとても悲しそうなのが分かるほど揺れていて。


 先程まで彼と共に走っていた、そして彼が剣王になったことに陰口をたたいていた方達に対して悲しそうな声で語ります。誰も、騎士団長でさえその言葉は止められなくて。


「でも、こいつだってただおちゃらけてるわけじゃないんだ。こいつなりに現実を認めようと必死なんだ。こんな、欲望に忠実で言うこと為すこと突拍子もなくて。それでも馬鹿なりに考えなくていいことも考えて」


「認めてくれなんて言わない。トーマは絶対に結果を出してアンタ達に認めさせる。だからアタシが言う事は一つだけだ」


「お願いだからコイツを見てくれよ。『剣王』なんてものじゃなくて、目の前のコイツを見てくれよ。突拍子もないことを言いだして、簡単に乗せることが出来て、そんでもっていっつも全力のコイツを」


 それは私の願いでもあった。私は私を『聖女』として見ないでほしかった。私自身を見てほしかった。


 でも私はトーマさんを『剣王』として見た。彼の今までの人生もこれから先の未来も全て無視して。今だって彼個人を見ているとは思わない。


 私の人生が無意味ではないと思えるかもしれないチャンスなのだと思ってしまった。聖女という役割を失って何のためにあった人生なのか分からなくなっていた先代のようにはなりたくなかった。


「アタシはトーマと一緒にいる為ならなんだってする。剣王だとかそんなもの知らないし、どうでもいい。コイツが笑ってられる場所なら、そこがアタシの居場所なんだってずっと前に決めてた」


 どうしてそんな風に思えるのか分からない。そこまで他人を想える理由が分からなくて、また彼らが遠くに行ってしまった気がして。


 それがとても寂しくて、そしてどこまでも自分本位に見えて。


「アタシはトーマの隣にずっといたい。トーマにずっとそばにいて欲しい。ずっと、笑っててほしい」


 そうやって自身の膝の上で眠っているトーマさんを見る目はとても優しくて、見惚れる程綺麗で。


 彼女達は私とは違うんだと。私はどこまでも自分のことしか考えてないのだと見せつけられるようで。


 人生を決められた同士を相手に、そこまで言って一緒にいてくれる人がいる彼がとても羨ましくて、そんな浅ましい自分が死ぬほど嫌になりました。


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