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突っ伏した馬鹿と真っ直ぐな馬鹿


「ゼー……ゼー……ゴホッゲホッオエッ!?」

「お前馬鹿だな、本当死ぬほど馬鹿だな。全力で走り切ったと思ったら即倒れるとか」


 じ、じぬ……体力を使いすぎて死にそうなほど疲れた……。これはマラソン中常に全力だったことの影響も大いにあるだろうが一番の理由は聖剣の能力の副作用だろう。


 走ってる途中はその力のお陰で全力で走り切ることが出来たが、それは体力の前借のようなものだったらしく走り終わると同時に体力が文字通り一滴残らず消えた。


 こんなに疲れたことは実家の酒場で仕事の手伝いをしていた時にもなく目の前は霞み、すぐ近くにあるはずのヒカリの顔さえよく見えていない。


 それでも頭の後ろにある程よい柔らかさは分かるのでこうなるまで走り切ったことにはまるで後悔はない辺り僕という男は現金だ。


「そんなにアタシに膝枕されたかったのかよ」

「はぁー……はぁー……あ、当たり前でしょ……。こんな、役得、誰にも譲るモノか……!!」


 初めての膝枕はなんとも居心地が悪く、それでいてとても居心地がいい物だった。


 すぐ傍にヒカリの綺麗な顔があると思うとなんとも頬が熱くなり居心地が悪い。だが頭の後ろに感じる柔らかさと髪をなでてくれる彼女の手はとても居心地がよくこのままでいたいと思わせる。


 うん、これは恥ずかしいので口に出すことはないが正直しばらくこのままでいたいくらいには素晴らしい思いをしている。


「たく、膝枕なんかで釣られるとか本当馬鹿」

「さっきから、それしか言ってない、よ。というかヒカリの膝枕とか男なら絶対誰だって釣られるって」

「そういうことを平気で言うからお前は馬鹿なんだ」


 そうは言われてもこれは本音だし、そして事実でもあるわけで。目の前の彼女に隠すことなどほぼないし、隠し事の殆どは即バレるのでしてもしなくても変わらないのだ。


「……で、なんかそれ以外に言う事は?」

「頭の後ろの膝の感触がとても柔らかくて気持ちいい。あとヒカリはやっぱりまつげが長くてかわいくて綺麗な顔してるって再認識」

「しね、ばか」


 真っ赤になるくらいなら始めから聞かなければいいのに、と思いつつその茹った顔も可愛いので何も言わない。ようやく目の霞みが消えて彼女の顔が見えてきたのでしばらくその表情を楽しむ。


 こうして見ると本当に可愛く、綺麗な顔をしている。ゲームの主人公であるヒカルがTSしたらこんな顔になるのだろうと思いつつ、それでもこんな表情をするとは思わない。


 彼はずっと一人で生きてたからか警戒心が高かった、だけどヒカリは違う。


 彼女も基本的には警戒心は強いが、一度懐に入った相手に対しては非常に友好的だ。それを口にすることを恥ずかしいと思っているので実際に言う事はないけれど。


 それでもその表情は非常に読みやすく分かりやすい。例えば今とか膝枕という現状と褒められたことへの羞恥心で真っ赤になってたりする。


 瞬間湯沸かし器のように睨みつけるような鋭い視線をしている彼女のコロコロ変わる表情が僕は好きだ。


 だからあの主人公はもうどこにもいないのだと改めて認識してしまう。それはとても悲しいことで、彼の未来をリアルで見届けるなんてことも出来ないことが残念で。


 彼が築くはずの絆が、どこかに行ってしまったのだと分かって。それはもうどうしようもないことが僕の腰の聖剣の重みが伝えてくる。


 僕が彼のいるべき居場所を奪ってしまったという感覚が、今まで考えないようにしていた想いが溢れてくる。


 だから泣きたくなり、涙が溢れ視界が滲んだ。その時に、彼女は仕事で堅くなった、それでも僕の手よりずっと柔らかい手で僕の頭を撫でてくれた。


「疲れてんだから少し寝ろよ。悪いことばっか考えちまうんだろ。お前馬鹿なのに色々と考えすぎだ」

「……そんなこと言われても、そうしないといけない立場になっちゃったんだから」

「それでもだよ。疲れてんのにいい考えなんて思い浮かばねぇだろ。ほら、少し寝ろって」


 そういって彼女は撫でてる手の逆の手で僕の目を覆う。視界が黒に染まり何も見えなくなって、同時に走りつかれた影響で急速に眠くなり僕は意識を手放した。




 起きた時はもう夕暮れになっていた。僕は一体どれだけ寝ていたんだ。


 身体を起こしてみれば枕にしていたのは分厚い本を布で巻いている簡素な物。別にこれでも眠れていたしヒカリがいつまでも膝枕してるわけにもいかないのも分かるので別に文句はない。


 思いっきり伸びをすると身体中からバキバキという音が聞こえてくるが、無理矢理ストレッチをし始めればすぐに解れてきた。若いって素晴らしい。


 しばらくすると僕が起きたことに気付いた騎士団長がこちらに歩いてきた。その隣には当然にように副官さんもいる。なんだろう、この敏腕秘書みたいな雰囲気。


 無骨な騎士団長と敏腕秘書のような副団長。この光景だけでパンを20枚くらい食べれそうなほど大好物だ、実に気ぶれる。


「お目覚めですか、陛下。無理をさせてしまったようで申し訳ありません」

「いやいや、僕がただ単に欲に溺れただけで。うん、色々と考えて不安だったけど身体を動かしたからか思いのほかすっきりしたよ」


 欲に溺れたように叫んで、色々と考えて、未だに完全に吹っ切れたわけではないけれど。それでも前を向くことは出来た。


 それはヒカリがしたことが当然影響しているけれど、その前にこの体力測定を考えてくれたのは目の前の騎士団長で。


「だから、ありがとうございます。これで僕もこれから頑張れそうだ」


 多分、笑顔で言えたと思う。僕の表情筋は非常に素直なため考えてることが表情に浮かぶらしい。鏡はあれど毎朝見るような生活はしていないのであまり意識してない。


 なので走らされたことへの不満とかが表に出てないことを祈るしかない。感謝は本物なのだ、それはそれとして餌に釣られて走ったとはいえマラソンを言い出したのは目の前の騎士団長だから色んな想いが溢れても仕方ないと思う。


「いえ、礼を言われるまでもありません。私は……俺は陛下に恨まれるのが仕事です。陛下の本来あった時間を奪い、王としての責務を負わせ、押し付けた責務を全うできる実力を付けさせる」


 ゲームの記憶はほぼないが、それでも分かることはある。彼はきっとすごく真面目だ。真面目で考えすぎて、言わなくてもいいことまで言ってしまうタイプなのだろう。後ろの副官さんが「あちゃー」みたいな顔してるし。


「俺達騎士団が精強であれば、陛下の仕事はなくてよかった。『王戦』で俺達が勝つことさえ出来ていれば、貴方の人生は貴方の物だったはずだ。だから陛下、全ての恨みは俺に向けてください」


 それでも言わなくてはならないと思ったのだろう。僕から他の生き方を、選択を奪った大人として僕の怒りを自分が受け止めるのだという自負を感じる。


 それは心配するほど不器用な生き方で、憧れてしまうほど真っ直ぐな生き方だと思った。


 恨まれることが簡単なわけがない、それが仕事だからと言って怒りを向けられるのが平気なわけがない。それでも彼はそれを全うしようとしていて、それはとてもカッコいいと僕は思ったのだ。


「僕の役割は分かっています。剣王として『王戦』に出て、他の王と戦い勝利して国益をもたらす。負ければ奪われるから、負けは許されない。一刻も早く強くなる為に出来ることは全部する」

「その通りです。そして、だからこそ『魔霧の森』を修行地に選びました。それが陛下を『剣王』として強くする一番の方法だと判断したからです。あそこなら時間を精一杯引き延ばしつつ様々な経験を積ませることが出来る」


 剣の扱いから立ち振る舞い、夢の中だからこそありえる戦士達との死ぬことのないそれでいて死を身近に感じるほどの実戦経験。

 一ヵ月を伸ばしに伸ばせばきっと一端の騎士よりは強くなれるだろう。


「俺も同行し、陛下を鍛え上げる。必ず逃げたくなります、俺を殺したくなるでしょう。それでもこの国を、大臣達を、そして何よりあの年齢で聖女になってしまった少女を、恨まないでください」


 それが彼の本題なのだろう。これを言う為に、言わなくてもいいことを散々話してる辺り本当に不器用なのだと感じる。もしくはそう思わせることが狙いかもしれないが、それはそれで完全に上回られた気分になって逆に気持ちいいので良しとする。


「恨みません、とは言い切れないです。僕がこれからすることは今までに経験のないことだから。どうなるかは分からない。だから僕が言えることは僕がどうしたいかだけだ」


 未来のことなど分からず、だから恨まないなんてカッコいいことを口にすることは出来ない。それでも伝えたいことがあるから口を開いて、思ったことを言の葉に乗せる。


「そうやって逃げ道を作ってくれた貴方を僕は恨みたくない。他の誰かを恨んで耐えることは選びたくない。僕を見てくれる人がいるから、その人に誇れる自分でありたい」


 僕が様々な人間関係に憧れてカプ厨になって生き甲斐を得られたように、誰かが知った時に「凄い人だったんだ」と思われたい。


 誰かが少しでも前に進む勇気を手に入れられる、そんな生き方を僕はしたい。


 何よりメイドになってまで僕を見守ってくれている彼女に、本来この世界の主人公で彼だったはずの彼女に、好きな女の子に、格好悪いところは見せられない。見せたくないのだから。


「だから僕を鍛えてください。貴方の思う僕に適した修行で、鍛錬で、僕が僕の理想を貫ける強さをください。僕はそれを勝ち取りたい」


 その言葉に、笑顔に、きっと目の前の騎士団長は驚いたのだろう。少しの間だけだけど口を半開きにして唖然としていたから。


 でもその表情もすぐに消えて元の厳つい表情に戻り、そして僕の目の前で膝をついた。


「承知いたしました、陛下。我が身の全てをもって貴方を強くします。それこそが貴方に返せる唯一のモノだと信じ、必ず貴方を理想に近づけましょう」

「うん、よろしく頼むよ。リチャード騎士団長」


 膝をついた彼に手を伸ばす。彼はその手を掴み立ち上がる。


 僕達は互いに認識する、これは契約だと。彼の目的と僕の望みは同じだから、そこに辿り着く為に共に苦しみ合うという契約。


 二十歳以上離れているであろう、男と男の契約だ。


「……ところで気になったんだけど、他の騎士達は?もう夕食に行ったのかな?」

「いえ、陛下の後ろの鍛錬場にて全員撃沈しています」

「へ?」


 そう言われて後ろを見てみればそこには死屍累々、屍状態と言っていい騎士達の姿があった。全員例外なく意識を失っており、その顔には絶望の表情が張り付いていた。


 思わず身体が震えだす。たった半日やそこらで人間とはここまでの変化をするのかと思うと恐ろしくてたまらない。


「ですが陛下は覚悟が出来ているようでよかったです。後ろの者達は精神的に未熟な面が見当たりましたが、陛下ならばこれ以上の鍛錬にも耐えられるでしょう」

「これ、以上……?」

「ええ、もちろんです。私の考える限り最高の、そして最上の鍛錬をお約束します」


 それはつまりこうして屍を晒している騎士達以上の出来事が待っているという事で。そんなものを僕は一人でやらないといけないわけで。


 どうしよう、今から逃げ出しても文句言われないで済むかな?


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