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英霊召喚に失敗して私の勇者を乗っ取られました ! 王女の私が、世界を救ってみせます ――聖剣と悪の血統者――  作者: 名録史郎
ep3.魔王降臨です!

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幕間 魔王との婚約

 僕は、ルーンさんから聞いた内容をニルナ様に報告した。


「ルーンさんのおかげで、最悪の事態にはなっていないということですね」


 僕のゼウスキャノンを警戒し、ストークムスは大規模な軍団を派遣せず、いくつもの小隊に分かれてサンヴァーラへの侵攻を開始しているらしい。


 ルーンさんがコウモリたちを使って各小隊を妨害しているため、侵攻の速度はかなり抑えられていた。

 ただし、脅威は着実にサンヴァーラに迫りつつあった。


「では、私がストークムスに乗り込んでいって、交渉してくることにしますね」


 つまり、それは王が単身侵略国に乗り込むことを意味する。


 明らかに無謀だ。


 とはいえ、ニルナ様の強さならばそれも可能だろう。


「ニルナ様は、もっとご自分の幸せを考えてください」


 気づけば、そんな言葉が僕の口をついて出ていた。


 ニルナ様は少し意外そうに紫の瞳を瞬かせたあと、困ったように微笑みました。


「そうですね。つらい出来事もありましたが、だからといって、今の私が不幸なのかと聞かれれば、そうではありません」


 ニルナ様は窓辺へ歩み寄ると、城下町を見下ろしました。


「城下町へ出れば、勇者に命を狙われることもあります。ですが、皆さんが笑顔で私に挨拶してくれるのです。皆さんが今日も幸せそうだと思うと、私まで嬉しくなります」


 窓の向こうから、子どもたちの笑い声がかすかに届いてきました。


「私は、皆の幸せのため、そして、何より自分の幸せのために、行かなくてはならないのです」


 そうだ。


 この人は、そういう人だった。


 誰よりも他人の幸せを願い、その幸せを、自分の喜びとして受け取ることができる。


 王だから人々の幸せを願っているのではない。


 もともと他者の幸福を自分の幸福にできる人だからこそ、王として国民全員を守ろうとしているのだ。


 ニルナ様は城下町から僕へ視線を戻しました。


「それに、私自身の幸せも、きちんと考えていますよ」


 そして、にっこり笑って、僕へ向かって手を差し伸べます。


「フィルクは、これからも私の隣にいてくださいね」


 皆が笑っていることも。


 僕が隣にいることも。


 そのどちらも、ニルナ様が誰かのために自分を犠牲にして得るものではない。


 すべてを大切にして、すべてと一緒に幸せになろうとしている。


 差し伸べられた手を取りながら、僕はようやく理解しました。


 ニルナ様は、自分の幸せを忘れていたのではない。


 国民の幸福も、僕と歩む未来も、初めからすべて自分の幸せの中に含めていたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 目を覚まして最初に思い出したのは、昨夜のニルナ様の言葉だった。


『フィルクは、これからも私の隣にいてくださいね』


 そう言ったニルナ様の笑顔が、一晩たっても僕の胸から離れなかった。


 国民が笑っていることが、自分の幸せ。


 そして僕が隣にいることも、自分の幸せだと、ニルナ様は迷いなく言ってくれた。

 

 ただ隣にいてくれれば、それでいい。

 きっと、ニルナ様の言葉にはそんな意味も込められていた。


 けれど、僕はそれだけでは足りなかった。


 ニルナ様は、僕を自分の未来へ含める覚悟を言葉にしてくれた。


 ならば今度は、僕が覚悟を示す番だ。


「ただ隣にいるだけで、いいわけがない」


 曖昧な関係のまま、ただ隣に立ち続けるわけにはいかない。


 ニルナ様が僕を自分の幸せに含めてくれるのなら、僕も残りの人生すべてをかけて、その幸せに応えたかった。


 僕は、随分前に買っておきながら、決意できずにしまい込んでいた小箱を手に取った。

 そして、王の間に向かう。


 真紅のドレスに黒いマントを羽織り、聖剣サンライズを持ったニルナ様は、遠征の準備を終えていました。


 挿絵(By みてみん)


 薔薇を飾った黄金のティアラの下で、長い黄金の髪が朝の風になびいている。


 宝石のような紫の瞳を持つ、世界で最も強く美しい魔王。


 アンデッドパニックを終焉させた、サンヴァーラ王家の生き残り。


 それが、ニルナ様だ。


「ニルナ様に、お願いしたいことがあります」


 僕は、ニルナ様の前で緩やかに跪きました。


「随分かしこまって……どうしましたか?」


 改まった僕の態度に、ニルナ様は不思議そうに首を傾げます。


 そんな些細な仕草さえ、息を忘れるほど美しい。


 けれど、今の僕を動かしているのは、その美貌に心を奪われた衝動だけではなかった。


 この人の隣で、この人が愛するものを共に愛していきたい。


 そう覚悟したから、僕はここに跪いている。


 僕は胸元から小さな箱を取り出し、蓋を開きました。


「ニルナ様。僕を、あなたの婚約者にしていただけませんか?」


 箱の中には、一対の指輪が収められていました。


 特別な魔法など、何一つ込められていない指輪です。


 けれど、この先の人生をニルナ様と共に歩むという、僕の決意だけは込めてあります。


「いいんですか? 私は魔王ですよ」


 ニルナ様の顔には、隠しきれない喜びと、わずかな戸惑いが浮かんでいました。


「知っています。だからこそ、です」


 僕は、顔を上げてニルナ様をまっすぐ見つめました。


「自分へ向けられた刃には、一度だけ帰る道を示す。けれど、国民へ向けられた刃には、決して道を残さない。敵とさえ分かり合おうとしながら、守るべきもののためなら世界さえ敵に回す。そんなニルナ様だから、僕はおそばにいたいのです」


「私の隣にいれば、幸せなことばかりではありませんよ?」


「それも知っています。僕はニルナ様に幸せにしてもらいたいのではありません。一緒に幸せになりたいのです」


 ニルナ様の紫の瞳が、大きく見開かれました。


 昨日、ニルナ様は、他者の幸福と自分の幸福を分ける必要などないと教えてくれた。


 ならば僕も、ニルナ様を愛することと、僕自身の幸福を分ける必要などない。


「僕は、ニルナ様が守ろうとする国を守ります」


「私を、ではないのですか?」


「ニルナ様は、僕が守らなければ倒れてしまうような人ではありませんから」


 僕は思わず微笑みました。


「僕が守りたいのは、ニルナ様が安心して帰ってこられる国です。そして、その国でニルナ様の隣に立つことが、僕の幸せです」


 いつもは、どのような敵にも勇敢に立ち向かうニルナ様が、おそるおそる左手を差し出しました。


「つけていただけますか?」


「もちろんです」


 僕は箱から片方の指輪を取り出し、ニルナ様の左手の薬指にはめました。


 僕が魔力を込めると、青い宝石が天空の星々のように、果てしない輝きを放ちます。


 ニルナ様も、もう一つの指輪を手に取ると、僕の左手の薬指にはめてくれました。


 ニルナ様が魔力を込めると、赤い宝石が、世界の始まりを告げる朝日のような輝きを放ちます。


 指輪を見つめたニルナ様は、今まで見たことがないほど晴れやかに笑いました。


「無限に勇気があふれてくるようです!」


 ニルナ様は腰から聖剣サンライズを外すと、両手で僕へ差し出しました。


 僕も魔杖を取り出し、ニルナ様へ預けます。


 互いの命を預け合うように、それぞれの武器を受け取った。


 そして、その重さと温もりを確かめてから、再び持ち主の手へ返す。


 指輪だけではなく、戦いも、国も、未来も。


 これからは、二人で分かち合っていく。


「では、やるべきことをやってしまいましょうか」


「はい。そうですね」


 僕たちは、互いに頷き合いました。


 そして、ニルナ様は高らかに宣言します。


「では、交渉に行ってきまーす!」


「はい。いってらっしゃい。お留守番は任せてください」


「お願いしますね!」


 ニルナ様は、スキップでもするような軽やかな足取りで、風のように王の間を飛び出していった。


 この国に仇なす勇者の国と交渉しに。

 決裂すれば、もちろん戦いになることだろう。


「僕は、僕のやるべきことをしましょう」


 胸の奥から、静かな決意があふれてきます。


 守ってみせる。


 世界一強いあなたの身体ではなく、


 あなたが何より大切にしている国を。


 あなたが戦いを終えたあと、笑って帰ってこられる場所を。


「大好きだからこそ、あなたのことは守ったりしません」


 勇者なら、か弱い人を守るのでしょう。


 けれど、ニルナ様は世界で一番強い人です。


 僕がニルナ様を弱い者として扱うことは、その強さも、覚悟も信じていないことになる。


 僕は、ニルナ様が必ず勝つと信じています。


 それこそが、僕たちの勇気です。


「きっと僕は、勇者にはなれそうにありませんね」


 歪で、普通の人には理解できないのかもしれません。


 それでも、これが魔王と、その婚約者である僕の、勇気の示し方です。


「でも、あなたがいないのなら、僕に世界は必要ありません」


 ニルナ様を失えば、きっと僕は魔王になる。


 ニルナ様よりも、ずっと身勝手な魔王に。


 ニルナ様は、国民を守るために世界を滅ぼす覚悟を持っている。


 けれど僕は、ニルナ様を失った悲しみだけで、世界を滅ぼしてしまうでしょう。


 僕は、ニルナ様ほど世界を愛してはいない。


 あなたのいない世界に、価値を見いだせる自信がない。


 だからこそ、無事に帰ってきてほしい。


 僕も世界を、そのような結末にはしたくありません。


 ニルナ様と同じ世界で、同じ国を眺めながら、共に幸せになりたいから。


 僕は左手の指輪に触れました。


 赤い宝石には、まだニルナ様の魔力の温もりが残っています。


「僕は、あなたの幸せを守ります

 だからニルナ様――僕の幸せであるあなたも、必ず無事に帰ってきてくださいね」


 愛するあなたが無事に帰ってくることを、心から願っています。


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