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第27話 たとえそれが真実であっても。

 「来たか」

 私たちが訪れても、陛下は全く動じた様子もなかった。

 殿下が倒されることなどないと、思っていたのだろうか。開放的なバルコニーに立ち、こちらを見ている。

 「やはり、アナタが計画されたことだったのですね、父上」

 殿下の声は硬い。

 当たり前だ。自分を陥れようとしたのが、自分の父親、国王だとしたら。

 「父上、か」

 その言葉を陛下があざ笑う。

 「お前に、『父上』などと呼ばれたくはないな」

 陛下の目に、剣呑(けんのん)な光が宿る。

 「お前の父は、私ではない。お前だって、知っているだろう!? 本当の父親が誰なのかを」

 殿下の顔が強張った。身体がピクリと震える。

 「どこまでも強欲なヤツだったよ。戦争を起こし、国を興し、人の妻を奪い、子を成した」

 …え!? それは誰のことを言ってるの⁉

 「人をお飾りの国王に仕立て上げ、生まれた我が子に王位を譲らせる。こんな茶番劇が許されると思っているのか」

 クックックッと、陛下がのどの奥を鳴らして笑った。

 その笑いに、グッと殿下が口唇を噛みしめた。顔は、紙のように白い。

 「その傲慢さ、強欲さを糺ただそうとすれば、死を賜る。リーゼロッテは、間違いを直そうとしただけなのにな」

 ――リーゼロッテ。

 それは、殿下のお母上の名前だ。

 その方が死を賜った!? 誰から!? 間違いって⁉ (ただ)すって⁉

 理解しちゃいけない。

 頭のどこかで誰かが叫ぶ。理解も納得もしちゃいけない。

 「だから、オレを殺そうとしたのですか⁉」

 殿下が震えながら、声を絞り出した。

 「そうだとも。間違いは糺さねばならない。リーゼが成しえなかったことを、私が成さねばな。そして、あんなヤツが建てた国など、滅びてしまえばいいっ!! その息子であるお前もだっ!!」

 それはもはや呪いだった。国王が己の国を呪っている。

 「お前さえいなくなれば、この国は滅びるだろう。ランベルトでは、この国を守ることも出来んだろうからな」

 殿下がいなければ、ローレンシアに攻められて、ルティアナは、短い国の生涯を閉じてしまう。ローレンシア皇帝は、それだけの力を持っている。

 「だからって、罪のない民を巻き込んだんですか、アナタはっ!!」

 殿下が叫んだ。

 「国が滅べば、民はどうなりますっ!! 建国のために犠牲になった兵はっ!! みんな生命をかけてこの国を造った!! それはアルカディル先王の手柄じゃないっ!! 今ある国家は、国民すべての財産だっ‼」

 先導したのはアルカディル王かもしれない。でも実際、血を流したのは、名もなき兵士だ。

 「国王は、その民を守るために存在しているっ!! 個人の感情で、罪なき民を巻き込んでいいはずがないっ!!」

 陛下がたとえどんな事情で、アルカディル王を憎んでいようと、国民を苦しめていい理由にはならない。

 「正論ばかりだな。吐き気がする」

 殿下の声は、陛下に届いてない。

 「まるであの父親ソックリだ。人を正義で惑わし続け、偉大な高祖と称えられた、アルカディルに」

 ああ。その言葉は聞きたくなかった。

 耳をふさぎたくなるけど、もう遅い。

 殿下は、アルカディル先王の子。

 そして、母親は先王に犯され生まされた我が子を、間違いとして殺そうとした。先王は、我が子を殺そうとしたその母親を弑しいし、子を守った。子を甥の息子とし、跡目を継ぐように王太子とした。すべては、我が子の頭上に王冠を戴かせるために。己の血統を守るために。

 殿下は、その生まれを知っていたのだろう。自分の本当の父親が誰なのか。もしかすると、己の容姿から気づいたのかもしれない。母親に殺されかけて気づいたのかもしれない。

 だけど殿下は、前を向いて生きてこられた。呪われた生まれかもしれないが、それでも国のために、王太子として懸命に生きてこられた。たとえ王族のなかに、どのような確執があっても、それは民衆には関係ない。民衆に必要なのは、王国の安定と、平和なのだから。

 「ああ、いい天気だな」

 バルコニーにもたれた陛下が、身体をのけぞらせて、空を見上げる。

 「リーゼに会いに行くには、ちょうどいい天気だ」

 「…なっ!!」

 殿下が声を失った。

 「アルフィリオ。貴様もこの国も、一日も早く滅びることを祈っているぞ。リーゼとともにな」

 ニイッと陛下が笑う。

 そして。そのままバルコニーから身を躍おどらせた。

 「父上っ…‼」

 殿下と二人、弾かれたようにバルコニーに駆け寄る。

 陛下の身体は、天に向かって手を伸ばしながら落ちてゆき…。

 

 ドサッ…。

 

 鈍い音とともに、石畳に叩きつけられた。

 奇妙にねじれ、(いびつ)にゆがんだその姿に、思わず顔をそむける。

 陛下の落ちた中庭に、人が集まる。

 

 「ち、ちうえっ…‼」


 殿下がバルコニーにすがったまま、崩れ落ちる。

 どれだけ憎まれようと、実の父でなかったとしても。

 その死が殿下に衝撃を与えないはずがない。

 

 「殿下…」

 

 私は、どうすることも出来なくて、そっと震える殿下の背中を抱きしめた。

 

*      *      *     *

 

 その後、事態の鎮静化に向けて、殿下は忙しく動かれた。

 父王陛下は、バルコニーからの転落死であり、それは、不慮の事故だったと公的に発表された。国王が国を滅ぼそうとしていたなど、国民に伝えていい話じゃない。

 そのうえで、砦の一件や、それ以外の事件は、ルティアナを滅ぼそうとする、知らない誰かの仕業ということにされた。メリクリオス将軍をはじめ、国王に与した者は、その地位をはく奪され、国外追放となった。生命があるだけマシな処断である。

 そして、殿下は。

 父王の跡を継ぎ、第三代ルティアナ国王となった。

 アルフィリオ・ラウル・ルティナリア。

 後世、ルティアナ王国の繁栄への礎を築いたとされる、国王の誕生である。



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