第13話 もう一杯、いかがですか⁉
食事が始まると、俄然、私は忙しくなる。
ローレンシア側が用意した従者(男)とともに、互いの主への給仕を続けなくてはならない。
杯が空になれば、葡萄酒を注ぎ、用意したパンがなくなれば、外に取りに行って追加補充。食べながら会話してる人たちの邪魔をしないように、さり気なく給仕。
「こちらにもそれをくれないか⁉」
パタパタと動いていたら、意外なところから声をかけられた。
アウスシュッタット辺境伯。
(え!? ローレンシアの人にも差し上げていいの!?)
しきたりを知らなかった私は、困って殿下を見る。すると、殿下から無言で頷かれ、許可を頂いた。
私が、鴨肉サンドを持っていくと、遠慮なく辺境伯の手が伸びてきた。
「――んっ、美味いな」
言って、もう一つと、つままれる。
よく敵側の料理に手が出るな~って思ったけど、すでに、殿下たちが召し上がってるものだから、安全は確認されている。そういう意味で、安心して食べているのだろう、この辺境伯は。
「やはり、ルティアナの料理は美味い」
差し出したパンをすべて平らげられ、そのうえ指についたソースまで名残惜しそうに舐められると…。
自分の作ったものでなくても、なんだろう。うれしくなってくる。
そんなに喜んでくれるなら、昨日、私が食べた羊肉のローストも味わってほしい。他にも辺境村のオバちゃんたちのくれた野菜とか。もっと美味しいものがルティアナにはあるんだよ~って、教えてあげたくなる。
「どうした!? 私の顔になにかついているか⁉」
「えっ⁉ ああ、すみません。ついうれしくって見とれてしまいました」
しまった。うっかりしてた。
指摘されるまで、ずっと見とれていたことに謝罪する。
「葡萄酒もくれないか。ルティアナのは、格別だからな」
「あっ、はい」
差し出されたゴブレットに、トクトクと葡萄酒を注ぐ。
深い緑色の瞳の辺境伯。髪はルティアナでは見かけない、珍しい黒色だ。
殿下と同じような気さくさを持っていて、この容姿なら、きっとあっちの国ででも人気が高いんだろうなあ。
そんなことを考えながら注ぎ終える。
ふと目をやると、殿下の方にもローレンシアの給仕が葡萄酒を注いでいた。
給仕が注ぎ終えると、殿下が立ち上がる。
辺境伯も立ち上がった。
やはり、これも会談の儀式らしい。
グッと杯を掲げ、互いの国の酒を飲み交わす―――。
「待て」
辺境伯から、鋭い制止が入った。
「それを飲んではならない」
ゴブレットに口をつけかけた殿下の動きが止まる。と同時に、場の空気が一気に冷え込んだ。
「そこのお前、飲んでみろ」
辺境伯が殿下からゴブレットを奪い、先ほどの給仕――ローレンシアの従者につきつける。
え!? どういうこと!?
理解できないのは、私だけらしい。
いっせいに、みんなの視線がその従者に注がれる。
「いっ、いえ…、わたくしなどが…」
従者の目が泳ぐ。言葉も上手く紡げていない。
「いいから、飲んで見せよ」
辺境伯が、ゴブレットを従者の口元へと運ぶ。
「―――――っ!!」
弾かれたように、ゴブレットを払いのけると、従者が天幕から飛び出した。
「待てっ!!」
慌てたようにバルトルトさんや、ローレンシア側のつきそいが天幕から走り出す。乱暴にめくり上げられた手幕の入り口から、その光景が見て取れた。
だけど。
「ガッ……‼」
どこに隠し持っていたのか。
従者は、手にした短剣で、自分の首を掻き切った。
ほとばしる鮮血。崩れ落ちる彼の身体。
「きゃああああっ…‼」
その壮絶な最期に、悲鳴を上げる。
天幕の垂れ幕は、劇場の緞帳どんちょうのように元に戻り、それ以上の凄惨な光景は見えなかった。
けれど、目にしっかり焼き付いてしまったその世界に、身体の力が抜け、ズルズルと座り込んでしまう。
「おいっ…‼」
力を失くした身体を、殿下が後ろから支えてくれた。
「ご無事ですか、殿下」
その声に顔を上げると、すぐそばに、あの辺境伯が立っていた。
見上げる私からは、その表情はうかがいしれない。
「私は、何ともない」
「そうですか。それは安心いたしました」
辺境伯の声は落ち着いている。天幕の外で、あんなことが起きてるというのに。
「我が国、ローレンシアは、ルティアナと事を構えるつもりはございません。この先もよき隣人として接していただけると幸いです」
酒に毒でも入っていたのか。
床に転がったゴブレットから流れ落ちた酒は、もうすでに大地に染みこんでいる。調べることはもうできないだろう。
だけど、先ほどの従者の行動を考えれば、毒入りだったと見て間違いない。
ローレンシアの従者が、ルティアナの王太子に毒を盛ったのだ。
これを理由に、戦争に発展してもおかしくないのに。
「ああ。これからも、ルティアナは、ローレンシアのよき友でありたいと思う」
殿下も、辺境伯の言葉に同意する。
大事にはしない。戦争は起こさせない。
今あったことは、なかったことにする。
人一人の生命が狙われ、人一人が生命を落としたのに…。
(どうして…)
それ以上考えることも出来ず、私は意識を手放した。




