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アンチ魔法の錬金術師  作者: 春日丁字
9/12

七話-2

「爽快だったな」

 講義が終わり教室を出ると、クラスメイトのテスタがテーゼに話しかけてきた。

「あの試験官、信じられないって顔してたぜ。なめてたんだろうな俺たちのことBだって」

 テスタはにっと笑うと、テーゼの肩を小突いた。

「これで俺たちはレベル三の魔術師だ。外でも魔法が使えるぜ」

 思い出した。今日は昇格試験だったんだ。

 シギリアにそのような階級制度はなかったが、エフェソスの魔術師は全員ランク付けされており、所属するレベルによって魔法行動が制限されていた。レベルは一から六まであり、学院を卒業すると同時にレベル四の魔術師となる。その後は功績をたてると昇格していく。

「皆合格出来たのか?」

「ああ。なんとかな。誰もセイスみたいにすぐにはいかなかったけど。ロンメルの奴なんかはガラス玉にヒビ入れちまったけど一応合格になった」

 笑っていたテスタが、突然顔をしかめた。視線の先を見ると、もう一つのクラス、通称クラスAの生徒たち数名が立っていた。

「試験お疲れ様」

 真ん中に立っていた長髪の男がテーゼたちを見て言った。

「いこう」

 テスタは関わり合いになりたくない、といった様子で身を翻そうとした。しかしテスタの身体は動かなかった。まるで石にでもされたように。

「駄目だよ」

 長髪の男――クルスがにやにやと笑いながら近づいてきた。

「僕たちはレベル三の魔術師なんだ。君みたいなレベル二が無視したら失礼だろう?」

 テスタは何かを言い返そうとしたのだろうが、全身を硬直させられているため言葉を発することが出来ない様子だった。

「僕たちもレベル三だ」

 テーゼが代わりに言うと、クルスは驚いた顔をした。

「こいつが? 君ならわかるが、こいつがレベル三なのか?」

 クルスの取り巻きが笑った。テスタの顔が真っ赤になった。

「悪いのか?」

 テーゼはむかむかしていた。クラスAの連中は何かにつけてクラスBのことを馬鹿にしているのは知っていたがここまで露骨なことは今までなかった。少なくともテーゼを前にしてこのような乱暴に出ることはなかった。

「そう怒るなよ」

 クルスが指を鳴らすとテスタの硬直が解けた。

「てめえ!」

 テスタはクルスに殴りかかろうとしたが、すんでのところでまた硬直した。クルスたちが爆笑した。

「前々から不満だったんだ。僕たちエリートと君たち落ち零れ――セイス君は違うけど――が一緒にされているのがね」

 クルスは演説をするかのように両手を広げた。

「そんなに他人の評価が気になるのか?」

 テーゼの言葉に取り巻きの一人が動いたが、クルスが手で制した。

「君もそうだろう? 本当ならレベル五、いやレベル六の実力だってあるのにこんな出来損ないと同じレベルに甘んじているんだ。これは不当評価だ」

 クルスの気持ちはテーゼにもよくわかった。それはセイスだった時に抱いていた不満と同じだったからだ。内心に留めていたが、レベルの低い講義を延々と受けさせられ力の制限を受けることにセイスは怒りを覚えていた。

「僕たちも同じさ。少なくともクラスAの生徒は全員レベル四の実力はある。僕を含め数人はレベル五までいくだろう」

「――それでも従うしかないだろう。それがここの制度だ」

「こいつビビってるんだ」

 取り巻きの一人が言った。

「黙れヨハン! 次はお前も石にするぞ」

 クルスが睨み付けると、取り巻きはびくっとして大人しくなった。

「そうだ。制度だ。しかしそれは今の大人たちが―――無能な大人たちが考えた仕組みに過ぎない。それは変えることだって可能なはずだ」

「どうやって?」

 クルスの話し方は帝国の政治家を思い出させた。

 クルスはにやりと笑った。

「飛び級システムだ。優秀な生徒は年齢に縛られることなく自身の実力に合ったレベルの待遇を受ける。こうすれば無駄な時間をとらされることもない。ガラス玉の中の魔物を割るという幼稚な試験もいらない」

 クルスの考えは全く間違ってはいない。この国の発展を考えるなら飛び級システムは不可欠だし、そのほうがより実力のある魔術師が台頭出来る。

「セイス君、君には僕たちと一緒に立ち上がって欲しいんだ。君のような天才がいれば学院も動かざるを得ない。それにうるさい最上級生どもも黙るだろう」

 思っていたよりもクルスは頭の良い人間なのかもしれないと、テーゼは今までほどの嫌悪感は抱かなくなっていた。セイスのままだったら仲間に入っていたかもしれない。

 しかしそんなことよりも、テーゼには気になることがあった。

「その飛び級システムはどこから仕入れたんだ? この国ではまだない仕組みのはずだけど」

 クルスは眉をしかめた。

「そんなことが気になるのか? やっぱり君は少し変わってるね。教えてあげてもいいんだけど――」

 クルスはにやりと笑った。

「何が望みだ?」

「僕たちに協力して欲しい。一緒に活動に参加して欲しいんだ」

 クルスは手を差し出した。

 そんなことか。別に問題ない。

 テーゼはクルスの手を握った。クルスは嬉しそうな表情を浮かべると、テーゼの手を強く握り返した。

「これで契約成立だ。詳しいことは今夜にでも使い魔を送る」

「そんなことよりも――」

 クルスは大丈夫、と言った。

「わかってる。実はその文献は叔父の家にあるんだ。探さないといけないがそれには少し時間がかかる」

「どれくらいかかる?」

「三日もいらないさ。安心してくれ。僕は約束は守る。じゃあ期待してるよ。ああ、そうだ君の落ちこぼれの石化を解いてあげるよ」

 テーゼは首を振った。

「結構だ」

 テーゼが手を触れると、テスタは動きを取り戻し、拳が空をきった。

「……流石」

 それじゃあ今夜、と言い残しクルスは取り巻きを引き連れて去って行った。

 テーゼの頭の中は飛び級システムの文献でいっぱいだった。シギリア帝国への手がかりかもしれなかったからだ。見立てではテーゼはどこか他の地域に転生させられたと見ていた。テーゼがいたころと同時代なのか未来なのかはわからない。歴史の講義では帝国の名前は出てきたことがない。もしかしたら違う世界なのかもしれない。何も残っていないかもしれない。しかしそれでもテーゼは帝国に、父やアンリやボルタがいる元の場所に戻りたかった。

 飛び級システムは帝国で採用されていたものだ。そこには何かの手がかりがあるかもしれない、一縷の望みだった。そう考えるとじっとしていられなかった。今からでも図書館で調べる価値はあるかもしれない。

「ごめん。ちょっと僕今から――」

 テスタの顔を見てテーゼは固まった。その顔には強い怒り、嫌悪の表情が浮かんでいた。

「どうしてだ?」

 テスタはテーゼに詰め寄った。

「どうしてあんな奴らの手伝いをする? どうして仲間になんか入った? そんなにその飛び級システムが魅力的なのか?」

 テーゼは言葉に詰まった。本当のことを説明しても理解してもらえるはずがなかった。

「――飛び級システムは必要だと思う。テスタだってレベル四くらいの実力はあるんだ。たしかに飛び級システムにも問題はあるけど、検討の余地はある――」

 テスタはテーゼの胸ぐらを掴んだ。

「本気で言ってるのか? もしそれが実現したらどうなるのかわかってるのか?」

 テスタの手に力が入った。魔法を使えばテスタを振り切ることは可能だったが、テーゼは甘んじて受け入れていた。

「さらに格差が広がる。あいつらクラスAの連中はクラスBの仲間を酷い目に合わせるに決まってる。エリートという肩書きをもって今以上に!」

 テスタは感情的になりすぎている。今クルスたちがテスタたちを見下しているのは抑圧に対する不満からだ。自分たちの実力が正当に評価されていない、程度の低い者と同列に扱われているということに対する怒りだ。それを取り除いてやれば今起きている問題は解消されるはずだ。

 しかしそんなことをテスタに言っても伝わるわけがないということもテーゼにはわかっていた。セイスという人格も合わせればテスタの二倍もある人生経験のおかげか、テーゼは同世代から見れば残酷なくらい冷静だった。

「――そんなことはさせないよ」

 どのように振る舞えばテスタの気を落ち着かせることが出来るのか、テーゼにはわかっていた。

 テーゼはテスタの目を見た。怒りの炎が燃えている。

「僕が守る。何があってもだ」

 テーゼの胸ぐらを掴む、テスタの手に一瞬強い力が入って、テスタは手を解いた。

「本気か?」

「ああ。僕になら出来る」

 嘘ではなかった。テーゼの今の力を持ってすればクルス程度が何人束になってかかってこようとも問題なかった。

 それに、性格は余りよろしくないが、頭は良いクルスがテーゼの怒りを買うようなそんな愚かな行為に出るとは到底思えない。統率力もある。取り巻きが先走るようなこともないように思われた。

「それなら一発で許してやる」

 テスタの拳がテーゼの横っ面を捉えた。テーゼはよろめいて膝をつく。痛かった。夢ではないかと密かに期待していたテーゼだったが、この痛みは現実のものだと思い知って胸が締め付けられるような思いがした。

 テーゼの前に手がさしのべられる。

「立てよ。次の講義始まるぜ」

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