第1章ー22 「馬車内〝雑談〟会議」
喧騒――セルシオ外壁に空く南門の現在を表現するには、その言葉がふさわしい。
ある者は機材の最終チェックをし、ある者は自分の武器を固定する。撤収中の簡易テントには市場には出回らない詳細な地図が何枚も広げられ、上官たちが最終確認に入っている。
見たままの通り。王国騎士団と王宮魔導士の混合部隊だ。
王国最強の前衛部隊 《王国騎士団》と、王国最強の後方支援部隊 《王宮魔導士》。危険が伴う迷宮には、この二つがタッグを組むことが決まっている。その実力を聞く者にとってはやりすぎと思われるこの布陣も、相手が迷宮となればこれで十分な準備ができたと言えるレベルだ。
当然、戦場以外でこの二つが共闘することなどめったにない。そこかしこでは住民が珍しもの見たさに顔をのぞかせており、それを追い払うための声がひっきりなしに飛び交っている。
証明書を提示して、俺もその喧騒の中に飛び込む。そして、昨日あらかじめ会っておいた、お目当ての人物を探す。
正面にいる騎士たちの中にはいない。簡易テントにいるのは王宮魔導士たち……だとすれば、そこにもいるはずはない。王宮魔導士は男子禁制だ。上官たちのいるテントにも姿はなし。当然、俺が合流することになる冒険者たちのたまり場の中にもいない。
――……それにしても…………。
周りを見れば見るほど、違和感が膨れ上がっていくのが解る。それは、水面に垂らした重油のように、どんどんと心の水面を覆っていく。
油が水と交わらないように、違和感が溶けていくことはない。何がおかしいのかは解らない。だが、確かな違和感が目の前にはあるはずなのだ。それは、一体何なのだろう。喉に小骨が引っ掛かっているような、そんなもどかしい感覚だ……。
「それはおそらく、年齢だろうね」
後ろから、声が聞こえた。
大人へと移行が完了する、その一歩手前――十代終わりの青年の声。すこし低く、それでいてどこか子供らしい欠片がかすかに残った――そんな印象を抱く声。振り返ってみれば、目に映ったのは白い鎧に白いマント。そして淡い金髪を湛える整った顔。
「王宮魔導士も、王国騎士も、平均年齢は二十前半だ。ここにいる大半が、そこから前後に大きくズレている。それが、違和感の正体だよ」
その名はレオ・グラディウス。俺が昨日顔合わせをし、現在進行形で探していた人物その人だ。
ようっと、かなり馴れ馴れしく、そんな挨拶をする。それにレオは右手を上げることで応える。心なしか、少し嬉しそうだ。
「確かに、見た目じゃ老兵と一兵卒って感じだな……鎧に着られてる」
「ははは、それは言わないであげてほしいよ。君みたいに、視線をくぐったわけじゃないんだ」
苦笑するレオをよそに、遠征隊の構成を確認してみる。
年齢は、俺より少し上くらいの騎士たちと、還暦を迎えたような老兵ばかりだ。レオの言うような年齢の者たちは、ざっと数えても二十人くらい。実に、全体の二十パーセント弱。そうか、違和感の正体はこれだったのか。
「実をいうと、今回の迷宮攻略は昇進試験の役割を担っているんだ。いまここにいる者の大半は、王国兵士と王国魔術師だ。この中で特にいい活躍をした者が、最高で十人、騎士団と魔導士それぞれの部隊に配属される権利を持つことになってる」
レオが言った二つの名前、それは騎士団と魔導士のひとつ下に存在する組織のことだ。その昇進試験、それすなわち――、
「じゃあ、実力は申し分ないってことか?」
「そう期待したいね。でも、君だってあのジャイアント・オークを倒したんだ。いい線はいくと思うよ?」
少しだけ照れ臭くなる。まさか、と否定する俺に、レオの顔は割と本気で言っていそうな表情を浮かべている。
「お世辞でもうれしいよ。ありがとな。それから……」
言葉を切る。
これだけは、さっきのまま地続きで言ってはいけない。顔だけではなく、身体ごとレオの方向へと向く。俺の行動に、レオの表情が少しだけ困惑に染まるのが解った。
「本当に、ありがとう。あの時は助かった」
頭を下げる――ではなく、敬礼をする。王国騎士団が行う敬礼の一種だ。お礼がしたいのだと伝えた時、ついでにミレーナから教えてもらったのだ。
目の前では、レオが虚を突かれたような顔をして俺を見ている。一瞬の空白の後、レオの顔に、
「ありがとう。礼はありがたく受け取るよ」
驚いたような、困ったような、そんな表情が浮かんだ。
「気にすることはないさ。多くを助けるのが騎士の務めだからね。友達を助けたのなら、なおのことだよ」
「それでも……ていうか、いまさらだけどホントにこんな態度でいいのかよ。敬語とかは? お前、騎士なんだろ?」
「僕としては、馴れ馴れしくしてもらった方が嬉しい。どうか、このまま対等な関係で頼むよ」
「この中じゃあ、僕も浮いているからね」片目をつむって言ったその言葉に、ああそういうことかと納得する。確かに、完全アウェイな場所でも、バカを言えるような関係の友人が一人いれば、だいぶ違う……そんなイメージでいいだろうか。
――アウェイ?
ふと浮かんだその言葉。その疑問を、まるで心でも読んだようにレオ自身が説明する。
「今回、ここに来ているのは、第三部隊になる。僕が所属するのは第一部隊。正直言って――知り合いがひとりもいないのさ」
どうやら、部隊の垣根無く全員が仲良し……とはいかないらしい。
「それじゃあ、顔合わせだ。君の担当する荷馬車に案内しよう」
◇◆
――〝特殊薬剤〟保管用《第三馬車》内――
「……俺、居る意味あるの?」
「ミレーナ様からは、基礎薬師学と魔法基礎工学は叩き込んだと聞いている。イツキなら、何かあっても対応はできるだろう?」
「まあ、できるけどさ」
――作る方は無理だけど……。
心の中でそうぼやく。対処の方は、レオの言う通りミレーナに叩き込まれた。物を生み出すには、その対処法を確立させてからだというミレーナのポリシー故だ。そのおかげで、対処法の面においてはそこらの冒険者よりもはるかに詳しくなっている。
石に乗り上げ、車体が大きく跳ねる。反動で、ぐらりと箱が傾いた。見てみれば、やはり変な結び方をしている。箱を押し戻すついでに、固定紐を正しい結び方に直して固定し直しておく。
「ここにあるのは、一般には流通しないほど高価な回復薬だからね。それ専門の知識を持つものは、多いほどいい」
「それなら、どうしてここには俺たち二人しかいないんだよ。――ふたりっきりになりたかったのか?」
「あははは、言い方はアレだけど、そうとも言えるね」
ええぇ……? という心の嘆きを表情で伝える。向こうも律義に、俺の反応に苦笑で返す。そう言えば、この世界に来てからはずいぶんと社交的になったなぁと、こんなことでしみじみ感じる。
「少し、話したかったのさ。『迷い人』の君と。そのために、ここの担当は前に移ってもらった」
「…………」
「もちろん、言いたくないことは言わなくていいし、僕だけが尋問みたいに訊くつもりもない」
「あくまで、友達同士の会話……ってことか」
その言葉に、レオは大きく頷く。身に着ける大剣を自身の身体から外し、手の届かない距離にまで遠ざけながら。
少しだけ、考える。話したとして、その結果どういうことが起こるのか。この青年を、信用していいものなのかどうか。
レオは、俺がこの世界の人間じゃないことを知っていた。ミレーナが話していたのならそれでいい。だが、もしそうでないのだとしたら、情報が洩れているのとになる。
迷い人の人生は、様々だった。死ぬまで奴隷であったこともあれば、優秀な人材として国に仕え、発展を手助けした人も多い。そして、大罪人として処刑されてしまったことも……。
ここでのポイントはやはり、国にとって有益なものかどうかということだろう。文献に残っている迷い人は、ひとつの例外もなく国が大きく絡んでいる。それに益をなすかどうかで、迷い人の運命は大きく分かれる。
俺は、どうなのだろうか。
国にとって、ここアルトレイラル王国にとって、有益と判断される人物なのだろうか。
もし……もしも、そうでないと判断され、それが向こうへと伝わった場合、俺は――、
俺たちは……、
「――――イツキ」
その時、レオが俺の名を呼んだ。
「僕は王国側の人間だからね。君が僕を信じきれないことは、重々承知だよ」
笑う。すこしだけ、悲しそうに。
「そんなに重くはとらえないでほしい。ただの世間話さ。それに――」
言葉を切る。そして、懐を探り、何かを取り出した。
金属片が、金色の光を反射する。丁寧に彫られた剣と杖のエンブレムが、見る者の心を惹きつける。懐中時計のようなその形、エンブレム――記憶にある。
〝国証〟
王国に命を懸ける者にしか持つことを許されない、英雄の証。同時に、これは一般人が見ることは絶対にない。これを見せるということは、自身の命を相手にゆだねると誓った時だけなのだから。
「この場でのことは、一切他言しない。それを、この国証に誓おう」
国証は、絶大な力を発揮する。それゆえに、不用意に使用したことがバレれば、持ち主には重い罰が下る。それも、通常の刑など目にならないほどに強烈な。
いま、レオがしていることは、自身の命を賭ける行為だ。俺がこのことを密告し、誰かがそれを証言すれば、レオは直ちに処分されてしまう。それくらい、危ない賭けだ。自身の信用を築くために、己の命を対価としているのだ。
そこまでされてしまったら――、
「解った、信じる。っていうか、そこまでされたら断れないって」
考える必要なんて、もう無くなったも同然だ。
道中の雑談に、いちいち命なんか賭けられちゃ、こっちの神経が持たない。雑談のたびにこんなやり取りをするなって、そこまで俺の神経は図太くない。
「すまない。すこしズルい手なのは自覚しているよ」
「頼むから、もうするなよ?」
「お言葉に甘えるよ。実は僕も、心臓が飛び出そうだったんだ」
お互いに笑い、乱暴に腰を落ち着ける。せめてものお詫びとして、残っていた飴玉からいくつか選ばせる。
「それで? 何から話す」
雑談が始まる。
「そうだね。まずは、」
飴玉を間に転がした、
「僕からいこうか」
最高機密の飛び交う〝ただの雑談〟が。
◇◆
「イツキの言う通り、想いを伝える古代魔法は存在した。今では〝失われた魔法〟だけど。大方は、召喚魔法陣に組み込まれていると思っていい」
「じゃあ、俺がここに来たのは……」
「ああ、誰かが君をこの世界に呼んだと考えても、何ら矛盾はないよ」
雑談は、やるべきことを為しながら行われた。
迷い人の情報という最高機密が飛び交った割に、解ったことは決して多くない。情報は断片的で、まだ点の状態だ。
そこから見いだせた線は、たかが数本。
だがその代わり、仮説は強力。
普通じゃあり得ないほど論理的で、辻褄が合い、極限までに確証の高いもの。この先進むべき道を指す、標識になるもの。
どうやら俺は、誰かに召喚されたという可能性が一番高いらしい。そう考えれば、この世界の言葉を話せることにもつじつまが合う。
加えて、いま話題に上がっている召喚魔法。それについての情報は、国をまたいで存在することが解っているらしい。
詳しくは流石に教えてもらえはしなかったが、各地に散らばる断片的な情報、それをかけ合わせれば、何かのヒントになる可能性は大いにある。向こうの世界とこちらの世界をつなぐことに変わりはないのだ。進行方向を逆にすることも不可能ではないと考えてもいい。
そして――、
ガタリと、馬車が止まる。次々と騎士たちが降車する音が聞こえ、集合の号令が鳴り響く。俺たちも、馬車から飛び降りる。そして、斥候が迷宮へと飛び込んで行くのを遠目で眺める。
目の前にあるのは、大きな洞窟。なんの代わり映えもしない。だがなぜだろう、何かまがまがしい雰囲気を身体が感じている。
この中に、
「――この地域には居ない魔獣。転送魔法陣の可能性あり……か」
「全部終わったら、僕も解析を手伝うよ。ミレーナ様からもそう頼まれているしね」
目の前に飛び込んできた、大きな可能性。本物である確証はない。期待するには値しない。だが、みすみす逃すには惜しすぎる。
「イツキ、君もこれを着けるんだ」
渡されたのは、口元を覆うガスマスク、そして時計のような機械。フィルターの中には、瘴気を吸収する〝晶石〟が取り付けられている。そして、瘴気の吸収量の測定は計測器が担う。これが正常なうちは、迷宮内で死ぬことはない。
「準備はいいかい? イツキ」
レオに、笑いかける。
口元は覆われていて見えるはずはない。だが、レオには十分伝わったようだ。
言うまでもない。
覚悟なら――、
「もちろん」
もう、とっくに決まっている。
「それじゃ、行きますか」
更新が滞ってすいません。リアルがすこし忙しいもので。近いうちに、上げられるように努力はします。
努力は……できるかな。




