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96 別れの池袋駅

 白い雪の残る歩道を、池袋駅へと歩いて向かう一団があった。それは、すみれ、祐介、英治、未空の四人だった。


 雪が降った日の翌朝である。すみれは、前橋に帰ることになっていた。父、根来拾三は先に群馬に帰っていた。

 すみれも犯人のふたりの死が確定したその日に、すぐさま前橋に帰ってしまっても良かったのだが、なんだか、東京に未練がましくて、今日までぐずぐずと事務所に居残っていたのだった。

 しかし、すみれは、池袋駅の改札の前までたどり着くと、慌ただしく、改札を駆け込む人々を見つめながら、祐介と別れることがひどく寂しく感じられてきた。

 そして、祐介を見ると、なんだかとても爽やかな笑顔を作っているが、彼もまた、やはり寂しそうに見えた。

 すみれは、クリスマスツリーの下で起こった感情を忘れていなかった。あの日から、ずっと祐介のことが好きだった。ただ、そんなことはとても自分からは言えないのだった。

 祐介と別れて、しばらくの間、会えなくなるという寂しさに、すみれは、とてもつらくなった。


「すみれさん……」

 祐介は、すみれのことをまじまじと見つめながら言った。

「前橋に帰ってからもお元気で」

「ふん……」

 すみれは鼻にかかった声で返事をした。

「あんまり亡くなった人のこと、引っ張ってちゃ駄目ですよ」

 と、すみれはわざと意地悪を言った。祐介が、詩織のことを好きだったらしいことは、すみれも鈍感じゃないから、うすうす勘付いていた。すでに亡くなっている人に嫉妬するのも不謹慎だが、すみれは、自分との別れのこの時に、祐介が詩織のことを考えていやしないかと疑って、ちょっと寂しく思っていた。

「大丈夫です。僕は前を向いて進んで行こうと思います」

「ふん……」

 すみれは、不満げに返事をした。すると、祐介がすみれの顔をまじまじと見て、ちょっと可笑しそうにしているのが見えた。

「なんで、笑っているの……」

「だって、すみれさん、泣いてるから……」

 と祐介は、さも微笑ましそうに言った。

 すみれは驚いて、自分の瞼を触ると、涙が指についてきたので、とても恥ずかしくなった。


「やだな……、こんなところで、泣くなんて……」

 すみれがそう言うと、未空や英治も可愛いらしい子供のように思って、すみれの肩をぽんぽんと叩いた。

 祐介も、すみれを可愛らしく思って、微笑んでいたが、だんだん、自分も誘われて、涙が込み上げてきたらしく、困ったように袖で拭った。

 それから、祐介は、変にあらたまった口調になって、すみれに、

「すみれさんと東京で過ごした日々、とても楽しかったです。また、いつでも東京に来てください……」

 と言った。

 すみれは、先に言われ、なんだか悔しくなって、

「私だって……」

 と言った後、なんだか、言葉にならなかった。


「羽黒さん、私のこと……」

 すみれは、しばらくして、ほとんど無意識にそう切り出した。

 祐介は、その真剣な声に、ちょっと驚いたような顔をした。

 すみれは、その先が言えなかった。何を言ったらいいかも分からなかった。祐介は、しばし、その言葉を待っていたが、答えが出ないのを見て、優しげに微笑み、静かに頷いた。

「すみれさん、またお会いしましょう。だって、僕たちの将来は、まだまだ先が長いのですから……」

 と祐介は言って、焦るすみれの肩をぽんっと叩いた。

 そうか、私たちの将来というものがあるのか、それなら良いか、とすみれは、訳もわからずに慰められた。

「うん……。じゃあ、また。羽黒さん……」

「はい」

「これからも、私のこと、守ってね……」

 とすみれは、冗談めかして言ってから、ものすごく恥ずかしくなって、

「さ、さようなら……」

 と言うと、祐介たちに背を向けて、逃げるように改札の方へと足早に歩き出した。


 すみれは、後ろを振り返らずに、階段の下へ走って、ホームに登った。

 ホームで電車を待ちながら、すみれは、あんなこと言ってしまったけど、羽黒さんはどう思っただろう、と心配になった。

 すみれは、電車がホームに入ってくるのを見ると、そんな心配を振り払うように、

「さあ、明日から、またがんばろう!」

 と、明るい声を出したのだった。







   名探偵 羽黒祐介の推理 紅葉と雪に彩られた警官殺しの物語 完

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