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『もし、』
あの時にチャイムが鳴らなかったら、朋晴はその後にいったい何を言うつもりだったのか。
吉埜は、今となってはもう知る術のないその言葉を、ふと思い出した。
朋晴の胸の内に飲み込まれたその言葉は、聞くべきだったのか聞かなくてよかったのか。
もし聞いてしまったとしたら、誰にとって良かったのか、誰にとって良くなかったのか。
本当に、今となってはわからない。
自分が逃げてしまえば、その分誰かが代わりに傷つく。
時に真実は人を傷つけるけれど、そこには、嘘や誤魔化しによって生じた傷とは比べられない何かがある。
自分の気持ちに嘘をついて、捻じ曲げて、怖がって…、そこから逃げて…。
でも、大切な人達を傷付けてまで、逃げてはいけない。
朋晴の優しさと古賀の強さを受け取った吉埜は、2人の誠実さに対して恥ずかしくない人間にならないといけない、そう強く思った。
「おはよう、吉埜」
「おはよう。静流」
そして迎えた月曜日の朝。
いつもと同じようで、けれどまったく違う一日。
気恥ずかしくも新しい朝が、始まった。
―END―
読んでくださった皆様、ありがとうございました!