閑話 : アズナヴール公爵家
6話~8話程度でエマール伯爵家と懇意にしている家の様子を書いていきます。
途中でそれらを飛ばして次の話を書く可能性もありますが、割り込みで必ず入れる予定です。
主人公不在ですが、少々お付き合いください。
初回はセシルの婚約者レオンがいるアズナヴール公爵家です。
「レオン、準備は整いそうか?」
「はい、父上。」
アズナヴール公爵家では、授業に関する全ての雑務をレオンが担っている。
当初、レオン一人に任せることについては懐疑的な意見もあった。
アズナヴール家の長女でレオンの4つ歳上のイザベル・フォン・アズナヴールは
「早すぎない?だって、まだ洗礼も受けていないのよ?それに、これまでに経験のないことを。流石に無理があるんじゃ...」
と懸念を露わにし、公爵夫人のロザリー・フォン・アズナヴールも、
「エリクがレオンに厳しいのも分かるけど、流石に無理がすぎるのでは?」
とやんわりと嗜めていた。
しかし、当主のエリク曰く、
「セシリア嬢とノエル君が授業や教材作りも含めて全てを担っているのに比べたら容易いことだろう。その程度もできないのなら次期公爵としての資質が問われる。」
だそうで、レオン本人も、
「この程度ができないのなら、彼らの横に立つことなんて烏滸がましいと思っています。3つ以上若い彼らが片手間でやっていることができないなんて言うわけにはいきません。」
と乗り気だったため押し切られた形である。
「レオン、あなた変わったわよね。そんなに婚約というのは大きかったかしら?」
授業を3日後に控えた夕食の席でイザベルはレオンに問うた。
「そんなに変わったとは思えませんが。」
「変わったわよ。自覚ないの?あなた、何にも無関心、そんなに向上心なかったもの。死んだような目してさあ。」
そう言われたレオンはクスリと笑って言った。
「そうかもしれませんね。俺は、力をつけなくてはと思いましたから。俺なんてまだまだ足りなくて、もっと勉強しなくてはいけないと。支えるためにはそれだけのことが必要だと思いましたから。」
「あなたにそれだけのことを言わしめる御令嬢とはどんな子なのかしら。王都では一緒に滞在できるそうだから楽しみね。へぇ?これが運営に携わる人たち?」
イザベルは手近にあった紙を一枚拾い上げて見た。
「あら、あの子たちがいないじゃない。確かに、性格には問題があるけれど、使える子達よ。人手が足りないなら使ってもいいのではなくて?」
公爵家というだけあって、そこで働くというのは一つのブランド的価値がある。また、政治的な意味で誰かを奉公に出すことはよくあるため、性格的に受け入れたくなくとも、受け入れる必要がある人員は存在する。そのため、全員が公爵家の考え方と一致するわけではないのだ。中心には忠誠を誓う者たちが当然いるが、外回りには忠誠心が薄いものも一定数存在する。
「姉上、今回は性格重視なのです。平民を下に見るような者に任せるわけにはいきません。目を光らせてはいますが、平民の使用人に酷くあたる者も一定数おります。それらは実力があろうと、人手不足だろうと、除外することにしています。」
最下層の、水仕事などをする使用人には平民も存在する。そして、選民意識の高い貴族は平民を見下す傾向にあり、それに対して悪意がないものも多い。彼らは平民を虐げても公爵家に忠誠を誓っているつもりなのだ。
「そうだったのね。確かに、平民向けの施策によく思わない者もいるわ。」
イザベルは納得をした様子だった。
「姉上、実際のところ、その認識は間違いとなるでしょう。」
しかし、レオンは否定した。
「どういうこと?」
「今回の授業は文字を教えることに留まりません。算数という新しい学問を学ぶことになるのです。貴族にとっても、誰にとっても学んだことがないもの、つまり、平民を下に見てこの授業を蔑ろにすれば、今度は彼らが平民を下回ることになります。それはとても滑稽でしょう。」
レオンはにこやかにそして少し黒い笑みを浮かべながら言った。
「そんなに価値があるものなの?価値があったとして、本当にそれは身につくようなものなの?」
イザベルの質問にレオンが答える前にエリクが答えた。
「あると私は考えている。イザベル、君も受けた方がいいくらいにだ。私が保証する。そして、その授業の効果はエマール領が証明している。全く同じと考えるわけにはいかないだろうが、それなりの形になると考えているし、レオンはそうなるように努力しなければならない。」
「承知しています、父上。」
「お父さまがそう言うのなら、それだけのものをエマール領で見てきたということなのですね。私も偏見のない者を誘って参加させます。」
イザベルは今回の施策についてあまり触れていないため、その施策の恐ろしさを理解していないが、エマール家に対する印象はとても良い。だからこそ、エマール領で成功したからといって同じことが自領でできるかを心配しているのだが。
「ところでレオン。エマール領から帰ってきてから、よく一人で何かをしていないか?夜も寝所から木のような軽い音がすると聞いているぞ。」
「......少々、趣味のようなものです。とても興味深いので学んでみようと思いまして。」
レオンは渋々と打ち明けた。
「エマール領で知った将棋というゲームです。まずはルールを覚えなくてはならず、まだ勝負をできる段階にないのですが。」
(セシルに亜人関係のことは口止めされているからな。差別その他さまざまな問題が発生する恐れがあるため時期をみて段階的に行うことにするってセシルは言っていた。こちらに授業を提供することには頓着しないのに、そこには引っかかるんだな。)
うまく亜人関係の部分は隠しつつも、なんとか説明をした。
「それもエマール領で流行っているのか?」
「いいえ。ルールも複雑なため普及するような段階にはないそうです。知れば知るほど奥が深く、引きずり込まれるようで、沼というのが最も近しい喩えだと思われます。」
「ほう?次に会うときまでに遊べるようになっておこうか。」
エリクが将棋で遊べるようになるまでの恐ろしいほどに遠い道のりに気付くのはレオンにルールを説明されてからのことだった。
エリクは後悔するとも知らずにその沼へ一歩足を踏み入れようとしていた。
「お父さま?授業の話をしていたのではなくて?」
イザベルが脱線する話を元の軌道に戻す。
「あぁ、そうだな。王都でウチで面倒をみる二人だが、授業という施策を中心的に行っているのは彼らなのだよ。私や一部の人間しか知らないことだが、先に伝えておく。」
「え?王都で一緒に滞在するのって4歳でレオンの婚約者と2歳の令息じゃなかったの?」
「その2人が基本的に全て計画して行っている。私も確かめたところだ。エマール領の者が受ける一段階上の授業では彼らが放送するそうだし、手元に配られる本も全て彼らが書いているそうだよ。授業をしているというだけでは、伯爵からの命令でやっているともとれるだろうが、そういうことではないのだと認識しておいてほしい。」
「レオンが焦るのも無理はないわ。レオンも年齢にしてはかなり大人びている方だと思っていたけれど、その比じゃないわけね。」
イザベルは呆れたような感心したような溜息をついた。
もうすぐ授業が始まる。
<アズナヴール公爵家>
公爵 エリク・フォン・アズナヴール
公爵夫人 ロザリー・フォン・アズナヴール
長女 イザベル・フォン・アズナヴール
長男* レオン・フォン・アズナヴール
先代公爵 テオドール・フォン・アズナヴール
先代公爵夫人 ジャニーヌ・フォン・アズナヴール
*...洗礼式を未だ受けておらず、固有能力を持たない




