授業で実験をやるために
授業とは試行錯誤の連続である。
トライアンドエラーとはよく言ったものだ。
その中で、ぶっちぎりの試行錯誤が必要と思い、念入りに練習を重ねると決めた授業がある。
それが、実験だ。
研究のための科目というのを新設し、実験のやり方、条件の付け方、その他レポートの書き方などを練習することにした。
しかし、初めてではイメージが湧きにくく、つまらないと思われてしまうかもしれない。それはマイナスだ。
だから、最初の研究の授業では実験を行うことにした。
楽しい、面白い実験というと、例えば塩酸にアルミニウムを入れるだとか、フェノールフタレイン液とかで噴水ができるとかだろう。しかし、そういう実験には危険を伴う。最初だから、なるべくリスクの低いものをやりたい。
工作みたいなものでもいいけど、あまりいいものが浮かばなかった。
それに、私の幼少期の実験のイメージにはかぶらない。ちなみに私の実験のイメージはカラフルな液体を試験管に入れて振って混ぜる。白衣を着た頭モジャモジャな人がやっていて、頭がもじゃもじゃな理由は実験で失敗して爆発したからだ、というもの。
色々とあって決めたのが唾液中の消化酵素に関する実験だ。
高校入試にもよく出題され、どれとどれを比較すると何がわかるかというのがとても勉強になる。
<唾液による消化実験>
1. チャック付きの袋にご飯粒と水または唾液※を少量入れて米を指で潰す。※片方には水、片方には唾液
2. 試験管に入れて試験管を摂氏36度くらいで温める。
3. ヨウ素液を入れて反応を確かめる。
これが大まかな手順だったはず。
今回、ベネジクト液は使わないことにした。
ポイントは36度で温める理由、唾液の代わりに水を入れること、ヨウ素液の三つだ。
チャック付きの袋がなかったため、米をドロドロになるまで煮るという案が出た。
というか、デンプン溶液という奴が作れればいいんだが...。
他にもたくさんのことを検討した。
そして、それらはサエラさんとの文通や瑞稀の案で解決されていった。
彼らが居なければこの授業の実現はできなかったかもしれない。いや、できたかもしれないが、このような形にはならなかったし、これほど早く実現することはなかっただろう。
手順を固めてからも、いい結果が出る方法を何度も繰り返し、やっと細かいところまで決めることができた。
そして今日は、テスターに集まってもらい、実験を説明しながらできるかどうか、という段階にあるのだ。
テスターは私専属のエマ、セルジュ、イーヴに加えて、ノエル専属のララ、レア、ドニ、ジルだ。二つに分かれて、班ごとに実験をしてもらうことになる。
私とノエルは教壇で見本になるように実験を行い、彼らとの接触はなしだ。なぜなら、都度質問が答えられない状況というのがリモート授業なのだから。
「皆さん、今日は授業の練習に協力してくださり、ありがとうございます。以降は私とノエル及び、他の班との接触を一切断ってもらいます。理由は、それぞれが別の教会にいる設定だからです。質問ができてしまっては今回のテストの目的に沿いません。ですので、気になったところ、分からないところがあれば、ノートか何かにメモをしてもらって、後で確認することにします。では、本日はよろしくお願いします。」
こうしてテスト授業が始まったのだった。
「姉さん、研究基礎って言うけど、何をするの?」
「実際に研究に近いことをやってみて、研究のやり方を勉強していく授業なんです。今日は雰囲気を掴んでもらいやすいように、実験というものをやります。」
「実験?」
「理論や仮説が正しいかどうかを実際に試してみることを実験といいます。とは言っても、イメージが難しいですよね。今日は唾液、口の中のよだれの働きについて調べていきたいと思います。」
「よだれか......役割って考えたことなかったけれど。何かしてるの?」
「そうですね。今日は特に、ご飯を食べている時にどんな働きをするのかということを調べてみましょう。実験の前にまずは予想をします。こんな結果になるんじゃないかな?という風に考えることを仮説を立てると言います。」
「仮説、か。ご飯を食べているときに口の中で唾液が何をしているのかな、って考えることだよね。うーん、飲み込みやすくしているんじゃないかな。やっぱりよく噛まないと飲み込みにくいし。」
「確かにそうですね。他には?」
「パンとか食べていると、甘くなってくるから、唾液は食べ物を美味しくしてくれるんじゃないかな?」
「なるほど。それは面白い考え方ですね。皆さんも、唾液がどんなことをしているのかということを考えてみてください。今回配布した紙に予想という欄があると思います。この中に考えたことを書いてみてください。」
私は少し時間を空ける。
本来ならば、こういう考えの人とか挙手をさせてみたいものだけれど、実際の意見が分からなければそういうこともやりにくい。3択とかにすればいいのだけど、それじゃ詰まらないものね。
「姉さん、これが正しいかどうかをやってみるってこと?」
「そういうことです。」
「でも、どうやって?パンを食べて確かめてみる?」
「それでは分からないでしょうから、それを調べる方法を考えます。今回は私が考えてきたので、それをみんなでやってみたいと思います。これから実験を行いますが、実験は危険なこともあるので、絶対に注意事項や指示を守ってください。子どもが近くにいる場合は目を光らせておいてくださいね。」
「料理と同じだね。火は危ないし、手順を間違えたらちゃんとした料理にならない。」
「そういうことです。料理は本質的には実験に似たようなところがあります。手順を守ってしっかりやっていきましょう。実験に使うものは口や目に入れたりしないように気をつけてください。また、ガラスは破れると危ないので丁寧に扱ってください。」
「気をつけまーす!!」
「まずは、実験に使う道具を紹介しますね。このヨウ素液という液についてお話しします。この茶色の瓶に入っている液体です。」
「これがどうしたの?」
「これを用意されているパンにかけるのですが、このときに使うのがこれです。」
「この赤い丸いのがついているこれ?」
「コマゴメピペットというのですが、まず、このように赤い部分を潰して液体の中に入れてから赤い部分を離すと液体がこの中に溜まります。そして、赤い部分を外で再び押すと液体が出てくるわけです。これを使って、少量だけ、こんな風にかけます。」
「こう?」
「そうです。どうなりました?」
「あれ?色が変わった。紫色になったよ。」
「これはデンプンというパンやイモに含まれる物質があると青紫色に変わるという性質を持つ液体なんです。これを使えば、デンプンがあるかどうかが分かります。では、用意されている芋にもかけてみましょう。先程かけた人とは別の人がやってみてください。」
「うん、これも青紫色になったから、デンプンがあるんだね。」
「そしてもう一つ確かめておきたいことがあります。コマゴメピペットやヨウ素えきは所定の場所に戻してください。そして、次に使うのはこの温度計です。」
「温度計?」
「どれだけ温かいのかが数字でわかる便利な道具です。ガラス製なので破らないように気をつけてください。数字が大きいほど熱いということになります。基準は0度のとき水が氷になり、172(**)度のとき水が沸騰、ボコボコします。では、まず私たちの体がどれだけ暖かいのかということを調べてみたいと思います。何度くらいだと思いますか?」
「うーん、27(**)度くらいじゃないかな?」
「では実際に測ってみましょう。脇の下に挟んで13(**)分くらい待つそうです。この砂が落ちるまでです。話は進めますが、それまで挟んでおいてください。」
「はーい。」
「他に実験に使うのがこの試験管と、大きな桶、あとは水を温める台ですね。そして、試験管のうちの一つ、赤いテープが縁に貼ってあるものがあると思いますが、ここにはデンプン溶液が入っています。」
「デンプン溶液?」
「さっきヨウ素液で青紫色に変わると言ったものです。実験ではパンやイモではなく、これを食べ物の代わりに使うので覚えておいてください。そして、口の中を再現するために、体の温度と同じ温度の水で外側から温めます。そのための桶です。試験管をセットするウキがあると思いますので、ここに試験管をセットして外側から温めます。」
「湯煎だね。直接火にかけないでお湯で周りから温める、料理でやったことがある人もいるんじゃないかな。」
「そうですね。......そろそろ体の温度、体温がわかると思います。脇に挟んでいる温度計を取り出して、メモリを読みます。こんな風に書いてあると思うので、例えば...ここ、これが温度。ノエルのだと、ここまで赤いのがあるから、いくつ?」
私は黒板にメモリの絵を描いた。
「僕のは......51(**)ってなってる。51(**)度だね。」
「皆さんはどうなっていますか?この温度の水を使って湯煎していくので覚えておいてください。」
「よし、メモしておこう。」
「ではまず、デンプン溶液を黄色と青色と緑色のテープが貼ってある試験管にこのコマゴメピペットで移してください。」
「こんな感じかな?余ってもいいんだよね?」
「問題ありません。そうしたら、まずは緑色のテープが貼ってある試験管にヨウ素液を少し入れてみましょう。青紫色に変化することを確認してください。」
「うん。青紫色になったよ。」
「そうしたら、黄色テープが貼ってある試験管には唾液を、青色の試験管には同じ量の水を入れてください。」
「終わったら念のため、栓をしておこう。」
「栓は大切です。そうしたら、桶に体温と同じ温度の水を溜めてもらいます。事前にこちらで温めてあるので、それを桶に入れてください。」
「温度計で測ってみると、51(**)度だね。」
「そうしたら、コレを使って試験管を桶で温めます。この砂時計が落ちきるまで放置してみましょう。」
「じゃあ、その間にちょっと聞きたいんだけど、なんでわざわざ唾液を入れていない実験をするの?唾液のはたらきが知りたいのなら唾液を入れなかった青色はいらないんじゃないの?」
「必要なんです。また改めて学習はしますが、対照実験というものの一つです。例えば、今回、唾液を入れたものだけの結果をみて、それが唾液によるものだと断定できません。」
「意味がわかんないよ。」
「唾液じゃなくても、その結果になったかもしれないという可能性を否定できません。」
「唾液を入れなくても、青色のときにどうなるかを見れば、それが唾液の働きだと言えるってこと?」
「そういうことです。今日配った紙の予想の下に実験方法が纏まっています。その下には結果を書く表があるのですが、その表に条件も一緒に載っていますね。黒板に大きく書いてみましょうか。」
「ここに、ヨウ素液を入れたらどうなったかを書くと。条件は、唾液のところ以外全部一緒だね。」
「そう、対照実験で変えていい条件はたった一つだけ。これは実験での絶対的なルールです。こういったルールを勉強していくのがこの授業ということです。ルールには必ず理由があります。そこも含めて知っていってほしいなと思います。」
「そっか。じゃあ、この紙の下にある考察ってなに?」
「考察とは結果からわかること、考えられることを書くものです。〇〇という結果から△△ということが考えられる、と書くのが一般的です。これも一緒に練習していきましょう。っと、時間ですね。試験管を試験管たてに立てて、ヨウ素液を少し入れてみましょうか。」
「あれ?青色の試験管は青紫になったけど、黄色の試験管は青紫にならなかった。」
「皆さんはどうでしょうか。結果を紙に書いてみてください。」
「うーん。意味がわからないよ。何があったんだ?」
「その疑問が大切です。では考察に移りましょう。〇〇のところは書けるでしょうか。」
「とりあえずは、唾液を入れなかった方は青紫色になって、唾液を入れた方は青紫色にならなかった結果から、ってのでいいんだよね。」
「うん。そういうこと。ここから、分かることを△に入れます。ヨウ素液が青紫色になるってどういうときでしたか?」
「デンプンがあるとき。」
「そうです。つまり、この考察では?」
「唾液を入れるとデンプンが消える?」
「それに近しいことが書けますね。皆さんも考えて、考察を書いてみてください。そしてもう一つ、疑問という枠がありますね?そこに、また疑問に思ったことを書いてください。ノエル、疑問に思ったことはない?」
「消えたデンプンはどこに行ったのかな、とか、あたためる必要ってあったのかなって思った。」
「いいですね。疑問というのは研究の源です。不思議に思ったことをたくさん書いてみましょう。そして、その下に感想を書いてみてください。実験を始めてやってどう思ったのかなど、なんでも構いません。」
「ゆっくり書いて大丈夫。書き終わったら回収するので名前を書くのを忘れずに。」
「一番上に名前を書く欄がありますね。そして、今回の紙のタイトルは実験レポート。こういうレポートを皆が書けるようにこれから授業を一緒にやっていきます。これから、研究基礎、よろしくお願いします。」
こうして、授業のテストは終わった。




