お父様と殿下は似ています
応接室の前に辿り着き、軽くノックをする。「どうぞ」という返答が返ってきたので扉を開けると、応接室にはレオと私の父親であるローランド・アーガイル公爵が向かい合って座っていた。
レオの後ろにはアルフォンソが立っている。
「お待たせして申し訳ございません。レオナルド殿下。本日はお誘い頂き、ありがとうございます」
一応他の人の目もあるし、キチンとした挨拶をすると、レオも王太子としての笑顔を向けてくる。
「やあ、こちらこそ無理を言ってすまないね。視察も兼ねているんだけど、ぜひサラと市井を見て回りたくて公爵にも無理を言ってしまった」
「無理だなんてとんでもない。若い内から民の生活に目を向けられる殿下は立派です。うちの娘は唯一の女の子なので箱入りでして…息子と違ってなかなか市井を見て回るという機会を与えてあげられなかったので、今回は良い機会になるかと」
「公爵にそう言ってもらえると、気が楽になります」
「それに、殿下と一緒でしたら安心して娘を任せられますから」
そう言って微笑むお父様は本当に安堵しているらしい。
アーガイル家には子供が二人いる。私と、ふたつ上の兄、ジェレミー・アーガイルだ。兄は幼少の頃から次期公爵として教育を施されてきた。
貴族の生活は領地の民によって成り立っている。民の為になる貴族になりなさい。と言うのが口癖の父に連れられて、7歳の頃から市井へ行っていた兄と違い、私は「もう少し大きくなったらね」となかなか連れて行ってもらえずにいた。
所謂、親バカなのだ。教育が厳しい分しっかりと息抜きはさせてくれるが、危険が伴う事は許可が出ない。といっても乗馬や市井に行くこと以外の大抵の事はさせてもらえるので不便を感じることはなかったが…。
確かに、お忍びとはいえ殿下と一緒なら警備の面では安心するのも分かる。というよりも、それくらいではないと安心できなかったのかしら…。
「ええ、今日は至るところに身を隠した護衛がついてますし、アルフォンソも一緒に回ります。彼はまだ僕達と同じで幼いかもしれませんが、剣の腕は下手な傭兵よりも腕が立ちますから、安心してください」
「それは心強い。本日は娘をよろしくお願い致します」
「ええ、お任せ下さい」
そう言って固く握手を交わす二人。なんだか似たものを二人から感じるわ…。
「あ、そうでしたわ」
そこでふと、思い出す。
「レオナルド殿下。遅ればせながらではありますが、先程は素敵な花束をありがとうございます。可愛らしく華やかで、一気にお部屋が彩られました」
「どの花を贈ろうかと悩んだんだけど、気に入ってくれて良かったよ。……さて、じゃあそろそろ向かおうか」
「ええ。本日はよろしくお願い致しますわ」
「こちらこそ」
「アルフォンソ様も、よろしくお願い致します」
「あ……はい。お二人の事はしっかりと護衛させて頂きます」
レオの後ろでずっと控えていたアルフォンソへと声をかけて軽く礼をすると、ピクッと肩を揺らした。
私、変なことしたかしら…?
そう思って首を傾けると、レオが楽しそうにこちらへと歩いて来た。
「ふふ、サラのそういうところ好きだよ。さて、エスコートさせて頂いても?」
「ええ、ぜひ」
何が彼のツボに入ったのか分からないが、悪い事ではなさそうなので一旦流そう。私は差し出された手を取った。
「殿下と一緒だから大丈夫だとは思うが……気をつけて行ってくるんだよ」
「ええ、お父様。行って参りますわ」
心配症のお父様に微笑んで見せ、そのまま見送られながら私達は馬車へと向かった。
玄関を出てすぐに用意されていた馬車は、華美な装飾はなく一見すると裕福な家庭の馬車に見える。だが、御者により開けられた扉の中の造りはしっかりとしていた。
「見た目よりもずっと中は座り心地が良くなっているんだ。さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言って馬車の中へ誘導されて座ると、確かに椅子はふかふかで座り心地は最高だった。
「では公爵。なるべく早くに戻ります」
「ええ。娘をよろしくお願い致します」
「勿論です。…アル、君は僕の隣に座ってくれ」
レオが馬車に乗り込むと、そのまま御者の隣に向かおうとしていたアルフォンソを引き止める。
「ですが…」
「婚約者とはいえ、未婚の男女が密室に二人きりになるのはサラの為に良くないからね。まだ僕らは子供だが、サラの事はひとりのレディーとして扱いたいんだ」
さすがに王太子とその婚約者と同じ馬車の中に座るのは居心地が悪いだろうに、レオは断れないと分かっていて無茶を言う……。少しアルフォンソが可哀想に思えた。
「……承知致しました」
そう言われてしまえば断れる訳がなく、アルフォンソはレオの隣へと腰掛けた。ゲームでは寡黙な性格だったが、この時点で既にそういった性格らしい。
「……ごめんなさい。あまり居心地は良くないわよね」
馬車が走り出してすぐ。私はピシッと崩すことなく座っているアルフォンソへと声をかけた。
「………いえ」
……反応が芳しくない。え、もしかして私すでに嫌われてたりする……? 悪役令嬢のゲーム補正とか入ってる…?
「あはは! サラ、大丈夫だよ。アルは少し人見知りなだけなんだ」
心配になって眉が下がってきたところで、レオの笑い声が空気を軽くした。
「それに、思いがけなかったんだと思うよ」
「え? 思いがけなかったって……何がですの?」
「サラがアルに対して丁寧に頼んだり、謝ったりする事が、かな。一応アルも伯爵家の息子だけど、サラは公爵家でしょ。丁寧な対応をされて驚いたんじゃないかな」
ええー…そんな事で…? いや、確かに貴族社会ではそういう身分差はあるけど、護衛頼むんだし、気まずい思いの一端は私にあるわけだし、普通だと思うんだけど…。
そう困惑していると、アルフォンソがペコリと頭を下げた。
「殿下の仰る通りです。俺…私は、サラ様は年頃の割にしっかりしたご令嬢だと聞いていて…その、勝手に貴族らしい方かと…」
ああ、なるほど。そういう思い込みをしてたのね…。
「頭を上げてくださいまし。誰にでも思い込みや勘違いはありますもの。私は気にしてませんわ」
「申し訳ありません」
「謝る必要など…。今日初めて言葉を交わしたのですもの。殿下付きとなればきっと長い付き合いになりますから……お互い、これから知っていきましょう。よろしくお願い致しますわ」
私やレオと違って前世の記憶がないアルフォンソはまだ10歳なのだ。日本で言うと小学4年生。まだまだ子供だ。噂を聞いて先入観を抱くなんて大人でもするんだから、それを相手に対して謝れる時点で偉い。
「……ありがとうございます。よろしくお願い致します」
そう言って頬を染めるアルフォンソ。やだ、可愛い。人見知りって言ってたもんね。緊張で赤くなってきたのかしら。
「ちょっと、サラはわ……僕の婚約者だからね。あんまり仲良さそうにされてもヤキモチ焼くんだけど」
「わ、分かってます!」
「そ? なら良いけど…。あ、そうだ」
唇を尖らせてすねて見せていたレオだが、ふと思い出したと手をポンと叩いた。
「ねぇ、僕達って一応幼馴染になるじゃない? サラにはもう言ってるけど…三人の時くらい砕けて話そうよ」
「砕けて、ですか…?」
「そう。呼び方もレオ、サラ、アル。敬語もなし! それにこれから行く市井なら普段みたいな喋り方は浮くしね」
「それもそうですが…」
そこで、パチンとレオが私に向かってウィンクを飛ばしてくる。…乗ってこいって事よね…?
「良いですわね。長い付き合いになるんですもの。お互い気を抜ける時間も必要だわ」
「そうそう。それに僕とサラはもう二人のときは気楽にしようって決めてるんだ。あとは君次第台なんだけど…アルはどうしたい?」