第97話
試合後に両チームがあいさつを交わした後、雄一は近づいてくる太刀中を無視し、ベンチへ急いでいた。
「おい、滝本・・・」
雄一は太刀中をちらっと見ただけで足を止めない。
「相変わらず愛想悪いな。中学の時県選抜でチームメートだったというのに。」
「それがどうした。」
やっと雄一が立ち止まった。
「別に俺はお前を友達だとは思っていない。それに話すことは何もない。」
「そう言うなって。いいゲームだったじゃないか。藤学が県内のチームにこんなに苦戦したことはここ数年なかったはずだ。」
「苦戦だと?危なげない試合運びで何が苦戦だ。しかも自分はワンゴール、ワンアシストを決めてるくせに。」
「そうつんけんすんなよ。俺が言いたいのは1点差という結果だ。もし園山が試合に出ていたら負けていたのは藤学かもしれないと思っているんだ。」
「へえ~、それはそれは。でも英のことを買いかぶりすぎだ。この試合英が出ていたって、結果は同じだったさ。お前たちは強いよ。俺が思っていた以上に。じゃあな。」
そう言うと雄一は、またベンチへ歩き出した。
「何を話していたんだ。お前あいつとは仲悪かったんじゃなかったのか。」
ベンチでユニフォームを脱いでいる太刀中に向かって杉内が話しかけてきた。
「ええ、相変わらず嫌な奴です。まあ、ナイスゲームだったなって話したんですけど。あいつ、藤学が思ってた以上に強かったなんて褒めるもんだから、ちょっとびっくりですよ。負けた相手を褒めるなんて以前のあいつじゃ考えられなかった。」
「なるほど、それでにこにこしていたのか。」
「えっ?俺がですか。」
「そう。今までいくら点を決めてもそんなに喜ばなかったお前がだ。どうだ、奴ら強くなると思うか?」
「そんな気配がプンプンしてきます。でも西城は3年生がもう引退するから、冬の選手権ではまだまだうちには及ばないですよね。相手になるのは来年のインターハイ予選からというところですかね。」
西城高校のような進学校では、インターハイが終わると3年生は部活をやめるのが通例であった。
対して藤村学園サッカー部は冬の選手権が終わるまでは3年生は引退しない。
「なるほどね。でも俺は、奴らがいくら頑張ったって俺達には絶対に勝てないと思うけどな~。」
杉内はやわらかい、ふんわりとした話し方をするが、その言葉どおりになると思わせる底知れない力強さを、太刀中はこの時も感じさせられていた。
和人が寮の自分の部屋に帰り、ドアを閉めようとすると、隣の部屋のドアが開いて鉄平が出てきた。
鉄平は「おかえり~」と言いながら和人の部屋のベッドに腰かける。
「決勝戦、どうだった。その顔じゃあ、やっぱり負けたか。」
和人は椅子に座って、鉄平に試合の状況を詳しく話した。
「そうか、敵は1段レベルが高いってことか。じゃあ、こちらもレベルを上げるしかないか。」
「どうやって?」
「そ、そりゃあ、”精神と時の部屋”で特訓するとか・・・」
「なるほど。ドラゴンボールね。」
”精神と時の部屋”は世界中で大ヒットしたアニメ「ドラゴンボール」に出てくる、1日で1年の修業ができるという便利な部屋のことだ。
和人は、このところ毎日2時間ほど時を止めてトレーニングをしている。
それは鉄平が苦し紛れに言った”精神と時の部屋”と奇しくも似通っていたため、和人は内心ドキッとした。
「俺も自分の時間が欲しいよ。」
ため息とともに鉄平の口からふとこの言葉がこぼれた。
鉄平は今、アルバイトをするために陸上部を休部している。
陸上部に戻ることはないとあきらめているが、部活動をやめてしまうと寮を出なければならないため、便宜上休部扱いにしてもらっているのだ。
寮費は食事代を含めて半年に一度30万円を納めねばならない。
今は8月上旬で9月までの前期分は納めているから、10月からの後期分をどうやって収めるかが鉄平の大きな心配であった。
しかしおやっさんとおかみさんが鉄平のために、寮費を立て替えてくれることになった。
さらに二人は残る2年と半年分の寮費まで立て替えようと言ってくれたが、鉄平はそれはさすがに受けられないと断り、日曜日を除く毎週5日、夕方5時から夜10時までのアルバイトを始めている。
寮から自転車で20分のガソリンスタンドだ。
なんとそこにはサッカー部2年の矢島がアルバイトの先輩でいるらしい。
鉄平はいつも矢島から厳しくしつけられているそうだ。
今日は藤学の強さをまざまざと見せつけられた。
英はこの藤学に勝つと言っているが、明日からは田中たち3年生もいなくなり、正直、勝てるイメージが湧いてこない。
でも鉄平もこんなに頑張っている。
「さあ、今日は疲れた。飯食って、風呂に入って、寝るぞ。」
和人が立ち上がり、ベッドに座っている鉄平の手をつかんで立たせた。
「へえ、和人が勉強しないなんて珍しいな。」
ドアを開ける鉄平。
「いや、明日の朝早く起きて勉強する。」
「まったく尊敬するぜ。和人を見ていると自分の時間が欲しいなんて言ったのが恥ずかしいよ。」
(いや、俺こそ鉄平を尊敬しているよ。)
鉄平の背中を押しながら和人は微笑んだ。




