表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/55

第五話 子作りは始めたのか?

「一つお願いがございます」

「願い? 言ってみろ」

「私は……私は……」


 時は戻ってエマが皿を割ってしまった夜のことである。言ってはみたものの、なかなか願いを口にしない彼女の姿に、マツダイラはただならぬ決意のようなものを感じていた。


「俺に出来ることなら叶えてやるぞ」

「いえ、旦那様にしか出来ないことです」

「なら勿体つけずに言ってみろ」

「本当に……本当に叶えて下さいますか?」

「俺も男だ。一度口にしたことは曲げん」

「では、申し上げます」


 エマはその場で居住(いず)まいを正し、マツダイラの顔を真っ直ぐに見つめる。


「私を……私を旦那様の妻に……」

「え?」

「私を旦那様の妻にして下さい!」


 何となく、いずれは自分が彼女を(めと)るのではないかという予感がしていた。だがそれはまだ先のことと、身勝手に決めつけていたのは他ならぬマツダイラ本人である。それがこのタイミングで、しかも女であるエマの方から告白されてしまった。それも彼女の望みを叶えると約束した上でのことだ。


「いや、あの……」

「わ、私ではお嫌ですか?」

「い、嫌ということはない。ないが……」

「それとも、旦那様には他にお心に決めておられる方がいらっしゃるとか」

「それはない。それはないぞ」

「では……!」

「わ、分かった。お前の気持ちは素直に嬉しい。だが俺にも心の準備というものがある」


 強面(こわもて)男の乙女な言葉は、聞いててあまり気分のいいものではないと思う。


「でも……」


 エマはそこで表情を曇らせた。


「でも、何だ?」

「私は陛下のお怒りを買って、明日にも首を落とされるかも知れません」

「いや、それはないと思うぞ」

「そうなれば、好きな殿方に抱かれることもなく、生娘(きむすめ)のままこの世を去ることになります」

「だ、だからそれはないと……」

「お願いでございます! 今夜……今夜私を旦那様のものに!」


 言うとエマはそのまま彼の胸に飛び込む。こっちの話はまるで聞こえてないようだ、とマツダイラは思った。それでも、柔らかくて温かくて、甘い香りのする彼女を思わず抱きしめてしまう。それは彼もまた、彼女に対して同じ想いを抱いていたからに違いない。


「エマ」

「旦那様……」


 ふと名を呼ぶと、彼女は腕の中で彼を見上げ、そしてそっと瞳を閉じる。こうなればもう、応えてやるしかないだろう。いや、そんな不遜(ふそん)な気持ちは欠片(かけら)もない。その姿は、これまで見た彼女の中で最も魅力的だった。だから、二つの唇が重なるのは必然だったのである。


 そうしてどれだけの時が過ぎただろうか。互いが惜しむように唇を離すと、マツダイラは彼女をしっかりと抱きしめた。


「俺もお前が好きだ。この気持ちに偽りはない」

「旦那様……嬉しいです」

「だがエマ、きっと大丈夫だ。陛下はそのようなことで人の首を()ねたりはなさらない」

「でも……でも!」

「少しは俺を信じろ。これでも陛下が王位を継がれる前から側に仕えているのだぞ」

「どうしても、今夜はだめですか?」

「いいとかだめとかではない。俺はもう少し、お前と今の生活を続けたいんだ」

「本当に、他に好きな方はいらっしゃらないんですね?」

「俺をよく見てみろ。仮にそんな女がいたとして、この顔が女に好かれるとでも思っているのか?」

「私は好きになりましたよ?」

「お前はどうかしているのだ」


 そんなことを言いながら、マツダイラは再び唇を彼女のそれに重ねた。




「と言うわけでして……」

「あら!」

「まあ!」


 傍らで話を聞いていたユキたんとサッちゃんも顔を赤らめている。他人(ひと)の、しかも身近な人間の恋バナというのは聞いてて楽しいものだ。それも本人の悩みが明後日の方を向いていたら尚更である。


「で、何をそんなに思い詰めているのだ?」

「いえ、仮にも彼女は王妃殿下が花嫁修業にとお連れになった城の者。それを私が……」

「何だ、そんなことで悩んでいたのか」

「そ、そんなことって……」

「マツダイラ、お前は本当にユキがエマを花嫁修業のため()()に連れていったと思っているのか?」

「はい?」

「考えてもみろ。お前ほど花嫁修業の相手に相応(ふさわ)しくない男がいると思うか?」

「ま、まさか……!」

「エマさんは最初から()()()()()()()に行っていたのですよ」


 マツダイラ閣下はこれでもかというほど真っ赤になって、全身をワナワナと震わせていた。いくら相手が平民の娘とはいえ、王妃が預けた城のメイドだ。それを娶りたいというのは、さすがに勇気が必要だっただろう。ただ、神妙な表情での相談というのがこれだったのだから、気の毒だが滑稽(こっけい)としか言いようがない。


「それでマツダイラ、子作りは始めたのか?」

「こ、こづ……ま、まだに決まっております!」

「何だ、奥手だな」

「あら、陛下がそれを(おっしゃ)いますか?」


 ユキたんがおかしそうに笑いながら言う。


「私も思いました。あの頃の陛下もなかなか奥手ではなかったかと」

「さ、サトまで!」


 これは薮蛇(やぶへび)だったようだ。


「と、とにかく! エマ殿を娶っても構わないということですね!」

「娶る?」

「きゃあ!」

「ではもう一度エマを呼んでこさせるか」

「そ、その必要はございません! 失礼致します!」


 言うとマツダイラ閣下は、メイドさんが扉を開けるのも待たずに自分で出ていった。何やら面白いことになってきたぞ。俺がユキたんに目を向けると、彼女は小さくガッツポーズを決めているところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★ブクマ、評価頂けたら嬉しいです★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ