第四話 カスミの部屋に布団を敷きましたけど
「いやあ、親分さん、申し訳ない」
「い、いえ、そんな……」
アマノ家の夕食にお呼ばれしたキュウゾウは、しきりに恐縮しながらもカスミとカスミ母の手料理に舌鼓を打っていた。思えば幼くして両親を失っていた彼は、家庭の手料理を味わうなど初めてと言っても過言ではないのだ。
物心ついた頃には孤児院で、いつも腹を空かせていた記憶しかない。男子ということで里親に名乗り出てくる者は多かったが、その誰もが胡散臭く見えて悉く断っていたのである。
それはとても可愛がっていた弟分が、里子に出された先ではなく、鉱山で死体となって発見されたという事実も大きかった。当時のタケダ王国は貧民に対して冷たく、その時の里親はついに捕まることはなかったのである。それでも彼が正義感を捨てなかったのは、幼い弟分や妹分がいつかよい里親に巡り会えるようにと願っていたからだ。
自分が悪党になれば、孤児院の評判が地に落ちる。それは絶対にあってはならないことなのだ。そんな使命感のようなものを、彼はずっと心の奥にたぎらせていたのである。
「親分さん、改めて礼を言わせてくれ。娘を助けてくれてありがとう」
食事も一段落ついたところで、ダイジロウが土下座しながら感謝を述べた。それを見た母親と、娘のカスミまでもが土下座を始める。
「よ、よして下さいよ。そんな大袈裟な」
「大袈裟なものか。儂は今でも娘がどうにかなっていたと思うとぞっとするぞ」
「あら、あなたはお酒の飲み過ぎですよ」
「そ、そんなことあるもんか!」
「親分さん、お酒は?」
そんな両親を尻目にカスミが上等な果実酒を注いでくれようとする。キュウゾウはそれを手で制してグラスを空けた。
「カスミ殿、こんなにご馳走になって申し訳ない」
「何を仰るんですか。あの時親分さんが来てくれて、どんなにホッとしたことか」
「そうなのか?」
「決まってるじゃありませんか。あんな柄の悪い男二人に絡まれて、怖くなかったと思いますか?」
「それはまあ、普通は怖いか」
「でも私、今日は二人もすごい殿方に会った気がします」
「二人?」
「はい、一人は陛下。あ、もちろん陛下は元々すごい方なのですが、今日はそれを思い知らされたというか……」
そこでカスミは城での出来事、つまり絵皿を貰うに至った経緯を話した。これにはさすがのキュウゾウも舌を巻かざるを得なかったのである。
「俺も陛下はすごい方だとは思っていたが、あのお方はいつでもそんなことをなさるのか」
「それともう一人はあなたですよ、親分さん」
「お、俺?」
「はい」
「いや、俺なんか陛下に比べたら……」
「比べる相手がおかしいです。親分さんのような方がいらっしゃるから私たち平民は安心して暮らせるし、陛下も政を行えるのだと思いますよ」
カスミ父もカスミ母も、娘の言葉に大きく頷いている。
「そ、そんなもんかね」
「もしかして親分さん……?」
「うん?」
「褒められるの、苦手ですか?」
「は? そ、そんなわけ……!」
アマノ家の三人がケラケラと笑っている。キュウゾウにとっては完全アウェーだが、この感覚は悪くないと思った。
「キュウゾウ親分さん」
そこでダイジロウが正座して、妙に改まった口調で彼の名を呼ぶ。
「はい?」
「聞けば娘と会ったのは今日が初めて。だが親分さんも娘を気に入ってくれているようだ」
「ちょ、ちょっと、お父さん!」
突然引き合いに出されたカスミが真っ赤になって抗議する。だが、父はそれに耳を傾けようとはしなかった。
「どうだろう。これからも娘と仲良くしてやってはくれないだろうか」
「え? あ、は、はい! 喜んで!」
「親分さん……」
「そして今すぐにとは言わないが、いずれは娘を貰ってやってほしい」
「お、お父さんたら! もう!」
両手で顔を覆ってしまうカスミだったが、どうやら指の隙間からチラチラとキュウゾウの顔色を窺っているようだ。当のキュウゾウも、その日何度目かというほど顔を真っ赤にして、彼女を見ては目を背けるを繰り返している。
「あ、あの、お父さん」
「おお! もう父と呼んでくれるか!」
「あなた! 悪ふざけはおやめ下さい。真面目なお話の最中ですよ」
「す、すまん。それで何かな?」
「はい。こんな私でもお嬢さんを託して頂けると仰るなら、私もそのつもりでお付き合いをさせて頂きたいと……」
「親分さん!」
キュウゾウの改まった言葉に、カスミは思わず目に涙を浮かべる。
「カスミ殿。俺と貴女は今日初めて会ったばかりだ。だからお互いのことを知らなすぎる。まずはその、知り合うところから始める、というのでどうかな」
「はい! よろしくお願い致します!」
いくら男性の数が少ない世の中とはいえ、彼女のような美人と親公認で付き合うことになるなんて、今の今まで思ってもみなかった。
やっぱり運が向いてきているようだ。
「こちらこそ。さて、本当にお世話になりました。そろそろ帰らせて頂きます」
「え?」
「はい?」
「何だ、泊まっていくのではないのかね?」
「そのつもりでカスミの部屋に布団を敷きましたけど」
「お、お母さん!」
カスミ母はまともだと思っていたが、最後の最後に馬脚を現したようだ。もちろんキュウゾウは丁重に辞退して、アマノ家を後にするのだった。




