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第三話 お父さん、だと?

「すると先ほどの二人が帰宅途中のアマノ・カスミ殿を襲っていたと言うのだな?」

「そうです、スケサブロウの旦那」

「アマノ殿、それに相違ないか?」

「はい、そこにこちらの親分さんが助けに来て下さったんです」


 城門脇の石造りの建物は、一時的に犯罪者を閉じ込めたり、訊問(じんもん)したりするのに使われる。城下の番屋と違って拷問するようなことはないが、白黒はっきりしないような場合には、犯罪者は番屋へ送られることになるのだ。


「あ、そうだ。これ、姉さんのじゃねえか?」


 そこでキュウゾウは道で拾った髪留めを彼女に渡す。


「そうです! 親分さんが拾って下さってたんですね。ありがとうございます!」

「なあに、いいってことよ」

「うん? どうしたキュウゾウ、顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」

「そ、そんなんじゃねえって! それじゃスケサブロウの旦那、俺はこれで……」

「待てキュウゾウ」


 慌てふためいてその場を去ろうとするキュウゾウを、スケサブロウは真面目な顔で呼び止めた。


「はい?」

「お前が助けたアマノ殿は、城の中でも陛下のお(そば)近くにお仕えするメイドだ。しかも彼女は仔細(しさい)があって陛下の覚えもあるらしい。間もなく陛下よりお言葉が伝えられる。それまで待っていろ」

「そういやその包み、陛下から頂いた物だって」

「はい。綺麗なお皿なんですよ。ご覧になりますか?」


 言いながらカスミは包みをほどいて中から小皿を取り出して見せる。淵に金箔があしらわれた小洒落た絵皿で、陶器の価値など全く分からないスケサブロウやキュウゾウにも、一目でそれが高価な物だと分かる代物(しろもの)だった。


「こ、これは見事な……って、いやいや、こんなところで開けちゃっていいのかい?」

「こんなところとは何だ、キュウゾウ」

「あ、こいつは失礼しました」


 まだ先ほどの恐怖のせいで血の気は失せているものの、そんなカスミを含めた三人が笑っていると、家令(かれい)のキミシマ・ダイゼンが国王の言葉を伝えにやってきた。


「キュウゾウ殿、久しいな」

「キミシマ様、お久しぶりです」

「うむ。陛下からのお言葉を伝える」

「はい!」

「カスミを頼む、とのことだ」

「は?」


 その時ダイゼンは、一瞬でキュウゾウが彼女に一目惚れしていることを見抜いていた。だからこの言葉である。本当は(ねぎら)いや賛辞など多くの言葉を託されていたが、彼には何よりも今の一言が嬉しいはずだと確信してのものだった。


「た、頼むって……」

「ちゃんと送り届けろってことじゃないか?」


 スケサブロウが興味なさげに言う。


「そんな、親分さんだってお忙しいでしょうから……」

「い、いえ! わ、わた、わたしゃわわ、い、忙しくあり、ないです」

「落ち着けキュウゾウ、何を言っているのか分からん」

「恐らくキュウゾウ殿は、暇をもてあましているから喜んでアマノ殿を送る、とそう言っているのでしょう」


 家令の通訳に、舞い上がったキュウゾウはこれでもかと首を上下に振って肯定していた。


「そうなんですか? 親分さんに送って頂けるのでしたら私も安心ですけど」

「存外、そうでもないかも知れないぞ」

「はい?」

「す、スケサブロウの旦那ぁ」

「気持ち悪い声を出すな。ちゃんとアマノ殿を送るんだぞ。送り狼になどなったら斬るからな」

「ぶるんぶるん」

「声に出して首を振るな」


 これにはカスミも堪えきれずに声を上げて笑ってしまう。


『何だか楽しい人』


 彼女はキュウゾウからそんな印象を受けていた。




「カスミ、帰ったのか?」

「あ、お父さん、ただいま」

「今日はやけに遅かったじゃないか」


 カスミを家の前まで送り届けて帰るつもりだったキュウゾウは、彼女に引き留められてアマノ家の玄関に入った。スケサブロウにはああ言われたが、招き入れてもらえるのを断るのももったいない。あわよくば、と思っていたのも事実である。何故なら根拠は何もなかったが、彼女が独り暮らしだと勝手に思い込んでいたからだ。しかし――


「お、お父さん?」

「どうぞ、狭いところですけど上がって下さい。今お茶の支度をしますから」

「ん? 客なのか? 珍しいこともある……お、お、お前、男……!」

「お父さん、紹介するね。こちらは……」

「カスミ! お前……」


 アマノ家の主人、アマノ・ダイジロウが、縮こまっているキュウゾウの方に大股でやってくる。そして目の前まで来ると、彼の両肩を鷲づかみにした。


「ひ、ひぇっ!」

「貴様、カスミとどんな関係……ん? 刀? 貴族様なのか?」

「は、は、初めてお目にかかります。俺……私は目明かしのキュウゾウというつまらない者です。お、お父さん」

「お父さん、だと?」


 ダイジロウの目が大きく見開かれ、キュウゾウをキッと睨みつける。


「カスミ!」

「はい」

「この男に今お父さんと呼ばれた気がしたが、(わし)の気のせいか?」

「いえ、確かに親分さんはそう言われましたよ」

「か、カスミ殿ぉ……」

「そうか」


 そこでダイジロウが大きく息を吸い込む。万事休す、キュウゾウは思い切り怒鳴りつけられるのを覚悟した。


「でかしたっ!」

「ひぃっ! ひい?」


 あまりの大声に城下では怖いものなしのキュウゾウが震え上がるが、最後のカスミ父の一言に目をぱちくりさせる。


「キュウゾウ親分さんか、さあ、上がってくれ。そうだ母さん、酒だ酒! 酒を用意しろ。一番上等なあれを出せ!」

「まあまあ、騒がしいことったら。あら、そちらの方は?」


 そこでようやくカスミがその日の出来事を両親に聞かせた。父は青くなり、母は笑いながらそれでも親分を家に上げる。キュウゾウは生まれて初めて女性に一目惚れし、初めて女性の家に招き入れられ、初めてその家族と夕食を共にすることとなったのである。


 これ、運が向いてきているのか。そんな疑問を抱かずにはいられないキュウゾウの一日だった。

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