第5話 決着、真相
長く放置してすいません。
草薙と永江が駅前の公園に着いたとほぼ同時に、血のような赤色と、不自然な静寂が二人を迎え入れた。間違えようもない、『侵蝕現象』だった。
「不味い! 草薙、あそこだ!」
永江がそう言って指さした先に、腰が抜けて立てなくなっている松村がいた。そして松村の目の前の、昨日、草薙と松村を襲った、あの黒いコートを着た覆面の大男、『侵略者』が、ナイフを手にゆっくりと松村に近づいていった。
「おい、待て! そこの変態ストーカー野郎!」
公園中に響き渡らんばかりの草薙の大声に、大男は草薙と永江のいる方向に振り返った。昨日の戦闘で草薙を警戒しているのか、ナイフを胸の高さで構え直した。それに応じるように、草薙も半身の姿勢を取る。
(このままだと、松村を殴り合いに巻き込む。なんとかしてこいつを松村から引き離さないと――)
しかし、頭の中には焦りばかりが渦巻くだけで、状況を打開する策は思いつかなかった。少なくとも『侵略者』との戦闘経験なら、己より遙かに豊富であろうと、永江の秘策に期待したが、どうも動く様子がない。否、動きようがないのだろう。何故なら、大男は松村のいる背後の方へとじりじり後退っているからだ。下手に刺激すると、松村を人質に取る可能性も否定できなくなる。
(一瞬でも良い。一瞬でも良いから、あの『侵略者』の動きを封じることができたら――!)
刻一刻と目の前で悪くなっていく状況、それでも、草薙は必死に半身のまま思考を巡らせた。そして、一つの発想に行き着く。それは、昨日までの草薙武であったなら辿り着かない答え。――今の草薙武だからこそ、辿り着ける答え。
(できるか? いや、やってみせる。この力が、永江の言ったとおりで、俺の考えているとおりの力なら、不可能ではないはずだ!)
草薙は右の握り拳に、より一層力を込めた。脳裏に、三方山駅の四番線ホームで己の身に起きた、現実にはありえざる現象を思い浮かべた。その胸の中に、焼けつくような衝動を、――己の『能力者』としての力の源泉、『理不尽に対する怒り』を燃え上がらせる。
爆発。それが最初に発生し、公園中に熱気が撒き散らされた。草薙以外の、その場にいた全ての者が爆風に吹き飛ばされまいと、反射的に身をかがめて顔を覆い隠した。まるでそれを狙っていたかのように、草薙は右の握り拳に発生させた炎を、拳を突き出して、大男目がけて弾丸の如く撃ちはなった。真紅の残像だけを残して、炎の弾丸が大男の顔面に直撃、炸裂した。
「う、うがあああっ!」
大男が初めて苦悶の声を上げ、火のついた覆面を脱ぎ捨てた。大男の素顔は体格に見合わず、貧相で不自然なほど青白かった。大男は異様なぎらつきを見せる目で草薙を睨みつけようとして、――既に己の懐まで接近を許していることに、遅まきながら気がついた。
草薙は左の拳で大男のみぞおちにアッパーを決め、立て続けに右の拳で顔面にストレートをお見舞いした。柔らかい。初戦の異常なまでの堅さやタフネスが拳から伝わってこない。草薙はそのままの勢いで、回し蹴りを脇腹に叩き込んだ。しかし、体勢を整え直した大男の肉体はその蹴りを易々と受け止めた。
「草薙君、逃げて!」
松村が草薙にそう叫ぶと、大男は一瞬、ぎらついた視線を松村の方に向け、空気に溶けるように姿を消した。草薙は焦る気持ちを抑えつつ、己に武の道を教えたある男の言葉を、静かに思い出した。
「いいか? 敵と相対したときは、目を見ろ。目は心を映す鏡であり、口よりものを雄弁に語る。それを見れば、敵の考えと次の手も自然と分かろうというもの!」
頭を剃り上げた、岩そのもののような師に心の中で感謝し、大男が姿を消す直前に見たもの、――松村の背後に現れた大男に向かって、迷うことなく一直線に間合いを詰めた――。
結末から説明すると、『透明化』と『肉体強化』の『能力者』であった大男は、三方山駅の小人が引き起こした『侵蝕現象』によって強制的に覚醒させられ、暴走状態にあったのだという。もし、あのまま暴走状態のままだったら、力に呑まれて『侵略者』と化してしまっていたと、永江は言う。ちなみに、最後の草薙の一撃が効いたのは、『透明化』と『肉体強化』の力が同時には発動できなかったからだと推測された。そして、大男は公的な施設で治療を受けることになった。
松村は今回も世界の矯正力の影響を受け、襲撃された記憶を失ったが、やはり草薙の秘密に薄々勘づいているらしく、誤魔化すのに苦労する日々が続いた。
大男との決着がついて約一ヶ月が過ぎ、草薙は覚醒前と変わらない毎日を過ごしているように見えるが、その裏では永江と協力し、『侵蝕現象』の解決に協力している。
全ては大切なものを守るため、自分の正義のあり方を見つけるために――。
や っ と お わ っ た