第4話 誘う四番線ホーム・後編
リアル事情で遅くなってすいません。
空間が血のような赤に染まり、物陰が不自然なほど濃くなり、混雑して騒がしいはずの四番線ホームは不気味に静まり返る。昨日、大男に襲撃された時と非常によく似た現象が、今まさに目の前に展開されている。
次に、どこからともなく翼が羽ばたくような音が聞こえてきた。二人が音のした方を見ると、全長が一メートル位で、手足と尻尾は細長く、肌色が紫色の、鉤鼻と禿げ上がった頭が特徴的な小人が、蝙蝠のような翼を羽ばたかせて地面から浮いていた。
「きひひひ。わざわざそっちから俺の罠にかかってくれるとは、嬉しいねえ」
小人は耳障りな声で笑うと、手に持っている先端が三つに分かれた、小人の全長とほぼ同じ長さの槍を、草薙に突きつけた。
「お前のその魂、いただくとしようか!」
槍の先端を草薙に向けたまま、小人は二人の周りを飛び回り始めた。草薙は必死に目で小人をおったが、速すぎてとらえられなかった。しかし、永江は目を閉じ、
「『侵略者』を、捕捉できる位置を、――『知りたい』」
と、呟くと目を開けて虚空を見つめ、そのままじっとその場から動かなくなった。
「諦めたのか?だったら、お前から殺してやるよ!」
小人は飛び回りながら耳障りな声でそう言うと、二人との距離をじりじりと狭めた。だが、唐突に永江は草薙と視線を合わせ、叫んだ。
「草薙、私の後ろだ!」
草薙は迷わず、永江の後ろに立った。そして、槍を構えて突進してくる小人を、槍を紙一重で避けて組み伏せた。なんとか逃れようと暴れまわり始める小人に、草薙はこんなことを聞き出した。
「答えろ。連続飛び込み自殺は、お前が仕組んだことなのか?」
すると、小人は醜悪な顔を苦痛に歪めながら、吐き散らすように答えた。
「ああ、そうだよ! 放せよ畜生! あの時、あのデカブツを殺して魂を奪えていたら、儀式が完成して、俺は今頃、こんな所からおさらばして元の世界で、豪華な館でふんぞり返っているのによ、くそったれ!」
その答えを聞いた草薙は、小人の細い首根っこを強く掴んだ。小人は苦しそうなうめき声を上げた。
「おい、そのデカブツってのは誰だ!? 黒いコートを着た、覆面の奴か!?」
永江から「お、おい。落ち着きたまえ」と、制止があったにもかかわらず、草薙は小人を関節技で締め上げ、詰問し続けた。その行動は、正義感の強い草薙の生来の気質からくるものでもあったが、それ以上に、松村の身の安全に関わっているのが大きかった。草薙は詰問している間、己の胸の内に燃え盛る熱いなにかを感じ始めていた。
「そんなこと聞かれても分かるかよ! ただ、そいつは図体だけはでかかったから、良い生け贄になると思って、罠にかけたのに、なにをしたのかそいつは、俺が殺す直前になって、洗脳状態から脱して助かりやがった。畜生!」
小人は再び悪態をつくと、さらに激しく草薙の関節技に抵抗した。草薙はそれに対抗して締めを強くし、詰問を続けた。
「なんで連続飛び込み自殺を引き起こした!? 儀式とは、魂を奪うとはいったいどういう意味だ!?」
すると、小人は息を切らしながら抵抗をやめ、その醜悪な顔におぞましい笑みを浮かべながら答えた。あまりのおぞましさに草薙は、己の身体に悪寒が走ったのを感じたが、どうにか表情に出ないように努力した。
「きひひひ。殺して奪った魂を儀式に使うことで、その対価として、俺達はより強い力を得られるのさ。それも、苦しめながら奪った魂なら、得られる力はより強くなる。たまらなかったぜ、死ぬ瞬間に、正気に戻って恐怖に怯える顔を見るのはよ」
そう言って邪悪な笑みを浮かべる小人に対して、草薙の胸の内に憎悪にも似た強い怒りの炎が燃え盛る。草薙は己の頭の中が熱くなるのを感じながら、
「ふざけるな!」
と、怒りにまかせて叫んだ。すると、草薙の両手から炎が吹き出て、拘束している小人を焼き尽くし始めた。小人は断末魔の絶叫を上げながら、業火の中に姿を消した。草薙が我に返ると、両手の炎はすぐさま鎮火した。
「なんだ、今のは――」
草薙は呆然と己の両手を見つめながら、その両手から吹き出したありえない現象を思い出しながら、そう呟いた。
「今の力は、間違いなく『能力者』の力だ。なるほど。君は『理不尽に対する怒り』が、『能力者』としての力の源泉なのか」
その呟きを聞いたのか、永江は好奇心を隠そうともせずに、興味津々とばかりにそう言った。草薙が永江のそんな反応に、どこか恐ろしいものを感じていると、空間は元の色と喧噪を取り戻した。同時に、草薙の携帯電話が着信音を鳴らした。液晶画面には『松村祐子』の名前が表示されていた。
(まさか、あいつ――!?)
草薙は胸騒ぎを覚えつつ、電話に出た。すると、電話の向こうから焦燥感が伝わってくる声が聞こえてきた。
「草薙君、あの黒いコートを着た人が、また私を襲ってきたの! ああ、どうしよう。もうすぐ近くに来る! 今、駅前の公園にいるの! 早く助けて!」
そこで松村からの電話は切れた。携帯電話を持つ手が震え、心臓の鼓動が早くなり、視界が奇妙にねじ曲がった。
急いで駅前の公園に向かおうと、携帯電話をポケットに入れようとした時、地面に落ちたままの焼け残った小人の槍が視界に入った。そこでようやく草薙は、自分は、邪悪だったとはいえ、一つの命を自らの手で奪ったのだという事実に、己の胸の内に重くのしかかるものを感じた。
しかし、草薙は止まるわけにはいかなかった。今足を止めたら、今度は自分にとって本当に大切なものの一つを失うことになるからだ。――草薙は心の重しを振り切るように、永江と共に四番線ホームを後にした。
次回もリアル事情で遅くなります。申し訳ありません。




