みなうちに
「交代したのに山上さんは座ったままですね」
「ん?いいんじゃないかしら?メインはおっさん3人に頑張って貰うし」
くすくすと笑いながら、むつはフライパンを取り出して、ざぶざぶと水で洗った。
「…よく、ここにフライパンも鍋もありますよね?誰か住んでらしたんですか?」
「最初の頃は社長が。聞いた話だけど、事務所兼家にしてたんだって。1人でやってた時は」
「山上さん1人で成り立ってたんですか?それこそ…イメージわきませんね」
「だよね。今でさえ、成り立ってるのが不思議で仕方ないもん。まぁ不可思議な事を仕事にしてるから、今さら何で成り立つのか気にしても、それこそ仕方ないよね」
「それもそうですね」
フライパンを火にかけ水気がなくなり、暖まってくると京井は手にしていた袋を開けて、ざらざらっと中身を入れた。
「焦がさないように気を付けないと…根気のいる作業になりそうだわ」
「フライパンを揺すりながら…疲れたら交代しましょうか。すぐに出来上がりませんからね」
「うん、お願いするね。それにしてもさ…本当にすっかり忘れてた。去年はちゃんと豆まきしたんだよ?柊はしなかったけど」
「おや?そうなんですか?」
「うん。この前さ、こさめが来てバレンタインのチョコを作ったりなんかしてて、すっかり日にちの感覚なくなってたのかな?」
「それもあるかもしれませんし…世間的にはバレンタインの方が売上が見込めますから。イベントも行ったりしてますし…季節感というか…こういう伝統的な事は忘れられがちなんでしょうね」
「忘れがちっていうより、太巻き食べる日ってくらいの感覚なんだろうね。コンビニでも予約とかあるし」
「…むぅちゃんも予約された事ありますか?」
「ないない。だって、家で作った方が美味しいもん。でも、わざわざ作らないかな…1人で太巻き作って丸かじりなんて寂しくなるもん。あ、でも鰯は煮たよ。頭は飾ってないけどね」
「今年は丸かじりしてくださいね。皆さんの分もきちんとありますから」
「うん。片車輪の所に行くのって…」
「えぇ、私も片車輪も独り身ですから」
「…遥和さんって意外と…あたしなんかよりも社会に溶け込んでるわよね。あたしは遥和さんと片車輪と一緒に食べたいな。こっちに片車輪呼ぶ?」
「会社勤めしてますからね。呼びましょうか?それなら、湯野さんと谷代君にも来てもらって…」
「うん‼連絡してみるね‼」
むつはフライパンを京井に任せると、携帯を取りに行った。何やら山上と話しているのか、後からぽちんっという音といてっと山上の声がした。




