俺の船の話をしよう
熱くなってまいりました、水遊びをお楽しみ下さい。
予てからその完成を待ち焦がれていた『俺の船』の完成の報告を半兵衛から聞き、居ても立ってもいられなかった。
俺は、そのまま駆け出していった。
「「「若様~お待ちを~っ」」」
慌てて小姓達が追いかけてきた。
小姓どもを引き連れ、
早速、城下の船着き場に見物に出掛けた。
「おおっ、なかなか良いではないかっ!」
「「「すご~い」」」
俺が描いた落書き図面を元に造られた船がついに完成した。
『最強の自家用船(キャンピング仕様)』だ。
船内で寝泊まりできるところが、『自宅警備員魂』を感じさせる。
およそ200石(30㌧)くらいの大きさである。
金華山付近まで遡上できる、川で使用する船としてはまあまあな大きさである。
「お~良いではないかぁ!」
いろいろ甘いところもあるが、試作艦にしてはなかなかいい出来ではないだろうか?
後は、実際に使いながら手直しをさせよう。
ふふふ、驚きの三胴船である、参ったか?
吃水のわりには甲板が広いのだ、両側のハルの方に漕ぎ手を乗せる仕様だ。
だから中央部は、広々とした居住空間を確保できるのだ。
俺が、城下の船着き場に停泊している船を惚れ惚れしながら見ていると……。
「…いつの間にかような物を?」
半ば呆れながら、光秀が尋ねてきた。
「ふっふっふ、桶狭間の後、半兵衛に可愛くおねだりして船大工と匠達に作ってもらったのだ……」
「……左様ですか」
「「「 若様! 凄すぎですぅ!! 」」」
呆れる光秀とは裏腹に、小姓達の反応は上々だ!
特に遠藤胤基、遠藤慶隆、森可隆、可児吉長ら年少組は目を輝かせている。
「そうであろう!」
うんうん、小姓どもはこうでなくてはな。 ういやつらである。
居室(兼寝室)をしつらえ、それなりの防御と速さを求めた『男の子垂涎の船』である。
内部も自室として使うに申し分の無い広さの部屋をしつらえておる。
内装にもこだわった。
優しい俺は、家来の部屋もついでに造ってやった、まあいざという時は荷室にするが……。
アルミやFRPなどの複合素材が無い以上、素材のメインは木材と竹である。
竹の枠組みに布を縫い付け、膠等で固め、柿渋を塗った戦国版複合素材じゃ。
軽くて丈夫、後は匠の技で木材を組み合わせておる。
鉄盾を配備したかったが、無理だったので竹製の仕寄り盾を黒く塗装してある。
いざという時は、救命道具(筏)にもなる優れものだ。
「うんうん上出来である!」
巡視船として使う分には、申し分ない。
比較的大きめの水路が網の目に拡がる西美濃に於いて、こいつは役立ってくれるだろう。
さずがに川の水量の少ない時期は満載できないかも知れないが、それは仕方があるまい。
旗艦として使うのならば、そういう役割は他の随伴船に任せるものと割り切っている。
「ふふふ」
「若様、そんなに嬉しいですか?」
遅れてやって来た半兵衛は、些か懐疑的である。
(相変わらず、男の子の浪漫を理解してはもらえなかった……。)
まあ海に浮かべる船に比べれば小さいが、機能性が優れていれば問題ない。
日本人としては、『15m級のトレーラーハウス』より、『T-ボディや、バンタイプのキャンパー』の方がいいと思うのである。
大切なのは、『機能美』である。
何故に女は、男の浪漫が判らないのだ?
『小さくても楽しい我が家』が、一番ではないか?
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
まずは、進水式と処女航海だ。 近場をぐるりと走らそう。
いきなりの遠出は、何が有るか判らんのでコワイからな。
しばしクルージングを楽しみ、船上で釣り上げた魚を焼き、みんなで美味しく頂いた。
ついでに、水練の指南である。つまり…。
”ドボ~ン”
「わ~、お助けを~」
……である。
何人かの土左衛門予備軍を発見した。
「後で特訓だな」
「「あれだけ夏休みを満喫しておいて……」」
光秀らが不服そうだ。
「ん、」
「いえ、べつに!」
「馬鹿もん!
これは、部下の者達に連帯感を養い忠誠心を植え付けるための催しだ。 断じて遊びではない! 」
いや本当に、近習・小姓達に船の利便性を肌で覚えさす為だ。
船の利点は、なんと言ってもその輸送力なのである!
馬とは桁違いだ。
基本、馬一頭で2俵、およそ120kgのコメを運ぶことができる。
1石は150kgである。
つまり、馬でさえ1石を運べない。
小舟でも10石ぐらい楽に運んでいるが。
馬だと13頭必要となるのである。
13頭の馬の維持費と、馬丁13人の給与を考えれば、船という物は恐ろしく効率が良いのである。
逆に言えば、荷駄で大量のコメを長距離輸送するなどナンセンスなのである。
だからこそ、川並衆や水軍衆が大きな力を持つのである。
皆には、そこを肌で知ってもらいたいのだ。
まずは、『船』と『水練』に慣れるのだ。
水軍衆というのは、早い話が
『運ちゃん』であり、『海賊』である。
無様に船酔いして、奴らに足元を見られてはならない。泳げないなど言語道断である。
それと船の技術を向こうに任せてしまってもいかん。
土岐家が、『造船技術』を握るのだ。
そして、船をどんどん量産するのだ。
ここで生きてくるのが飛騨の匠だ、まずは最低限の造船のノウハウを身につける。
その後で、水軍衆の船を造る工程を見学し技術を盗ませ、さらに発展させようと思っている。
伊勢湾を握るためには必要なことである。
今は無邪気に遊んでいる小姓の何人かが、将来わが水軍衆を率いる頭領に育って欲しいものである。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
数日後……、新造船での『領地巡察』が始まった。
側近に、明智十兵衛光秀、竹中半兵衛重虎
近習として、 明智光春、日根野高吉、加藤光泰、林通安
近習見習いとして、
森可忠、道家清十郎
小姓として
氏家直昌、各務元正、原長頼、氏家行広、稲葉貞通、牧村利貞、遠藤胤俊、奥田直政
遠藤胤基、遠藤慶隆
小姓見習いとして
森可隆、森長可、可児吉長。
以上のメンバーを引き連れ巡察の旅に出た。
もちろん他の警護の船も付く、それなりの船団である。
まずは、津島の町を目指そう!
「皆の者、出発じゃっ!」
「「「 お~っ! 」」」
木曽三川を網の目状に流れる水運は、金華山や大垣、津島、熱田の他、日光川・牧田川ともつながっている。
俺は、新造船にて新たに俺の領地となった土地を巡る視察の旅をはじめた。
「そういえば、この船の名前は何て言うのですか?」
近習の明智光春が聞いてきた。
「うむ、いい質問だ。 皆なんだと思う?」
「はいは~い、『美濃丸』ですよね!」 氏家行広が言う。
「いや、『濃州丸』じゃないかな」 と、牧村利貞が口を差し挟んだ。
「え~『濃尾丸』だよ」 と、奥田直政と遠藤慶隆が異議を唱え…。
「『稲葉丸』だい!」 と、森可隆と可児才蔵は元気に答えた 。
「『長良丸』~」 と、森長可は、無邪気に宣言し。
「『木曽丸』かな?」 と、加藤光泰は控えめに答えた。
「 ブ~みんな外れ~、正解は『雪風』でしたぁ! 」
「「「 え~なにそれ! 馬の名前じゃん!! 」」」
確かに、雪風は俺の愛馬の名前ではあるが、正直俺は『雪風』以外の軍船に乗るのに抵抗があるのである。
絶対に沈まない保証が欲しいではないか……。
俺は周囲の反対意見を押し切り、この船を『雪風』と命名した!
かくして、俺の『雪風』は、津島、蟹江、熱田、そして西美濃の各地を巡り、土岐家の威光を知らしめた。
巡察は、大成功に終わった。
『水上警備』を着手いたしました。
竜興君は、『造船技術』を握るつもりのようです。
簡単に出来たと思っておりますが…、影で匠達が皆『お盆休み』を返上で頑張りました。
とりあえず、藤本はそこらにいるかな。
美濃のどこかに、『平賀姓』の者がいないかな?
お調子者でないことを願います。
キリシタンで嫁が外人(桃)だと駄目ですね。
その場合は、ヤッパ(日本刀)を持たせ最前線に投入です!
『雪風』と聞いて、きちんと艦艇を思い浮かべられる、ひさまさです。
タバコは……すいません!




