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清洲へ堂々の凱旋をする! 『尾張の一番長かった日(中)』

遅くなりました。



 歴史は、大きな転換点をむかえようとしていた。

それぞれの英雄がさまざまな思惑を胸に抱き、己の戦場へと駆けていった。

そこに待ち受けるは、栄光か? あるいは敗北か? 


文字通り 『一所懸命』 命を掛けた熱い戦いが始まろうとしていた……。




昼12時


― 桶狭間にて ― 


今川義元の軍勢はこの時、桶狭間山という所にて四万の兵馬を止めてお昼の休息していた。

前哨戦にて、佐々隼人正・千秋四郎を討ちとり、義元は、多いに喜んでいた。

もはや、陣中には勝ち戦の気配が漂っていた。

宴が催される事態に、心ある将は心中で眉を顰めた。



同12時 

一方、織田信益は、軍勢を率いて犬山城を出立し堂々と進軍していた。

尾張の行く末を憂い、和田新介、中島豊後守らに支持されて兄に反抗した織田信益である。

彼の元には、尾張守護.斯波義銀公から檄文が届いていた。


「尾張を守護せよ、織田信益に山崎城を与える。励め!」


犬山城を実効支配した織田信益は、自ら兵1000を率いて勇躍して出陣した。

向かうは、山崎城。

念願の城(マイホーム)持ちである。

(ここにも、親元を離れた、自宅警備予備軍がいたのである。)



同12時

西美濃三人衆の部隊が、長良川を渡り、木曽川東岸(日光川西岸)を静かに南下している。

松原・前野・蜂須賀などの川並衆(フリーター)を配下に取り込みつつ進軍する。

最大の任務は、本隊の露払いと津島の町の救出・占拠である。



1時



― 西美濃の部隊による津島制圧戦 ―


今川方についた豪族が、津島の占領を狙った。

数百の兵や足軽・野盗が、津島の町を我が物顔で闊歩した。


「信長は、今川義元に敗れるに決まっている」

「俺達が、津島をいただこう」

「鬼の居ぬ間の何とやら~っと」


機を見るに敏と言ってやりたいが、愚かな者達である。



土岐家の西美濃勢3000が、これを撃退した。

まさに鎧袖一触(本職の技)であった。


「今後は土岐家が、津島の町の平和と交易を保障する」と、高札が立てられた。

以後、津島は土岐家(竜興)の支配を受けること(巡回ルート)となる。


もちろん、商人の中でも生駒家みたいな信長与党の者は激しく抵抗して見せたが、そのまま資産没収(お払い箱)である。

抵抗さえしなければ、そのようなことはせずに泳がせておく。

今川襲来のドサクサに、忍びを予め紛れ込ませておいたからな、分別作業は大切だ。

六角家と懇意にすると忍びが使いやすいのだ。

俺は六角家と対立する気はさらさら無いので、多少の機密漏れはこの際だから気にしないで行くつもりだ。




同じ頃、東美濃勢の一部が犬山城下に到着していた。

城下を囲む素振りを見せた。

「(美濃配下として、)尾張守護.斯波義銀に従え!」と強要した。


形ばかりの犬山城攻めをするのは、明智の部隊1500名である。

城内の竹中重元と呼応し、形式的な降伏勧告を行った。


織田信益は、すでに守護の檄に呼応して出撃している。

兵力に乏しい犬山城は、守護に従うのであれば問題なかろうと、完全降伏した。

(但しこの事実は、公表されていない。犬山勢は表向きは斯波義銀に従う形を取る。)


明智の兵は、そのまま次の任務へと向かった。



同1時


― 清州城 ― 


ニセの伝令が次々と、清洲へ信長『討ち死に』を報告した。

信長配下の美濃者(調略済み)配下の、迫真の演技である。

(本人は大真面目に伝令をしている。)



「鷲津・丸根の砦の兵は全員玉砕した模様」

「善照寺砦に入った信長部隊は、今川の大軍相手に果敢に挑んだ模様です。」

「名のある諸将、悉く討ち死にされた由」

「すでに、今川勢は祝宴をあげている模様です、幸い今川勢は進軍を停止しております」


次々ともたらされる悲報に、留守役の諸将は慌てた。


「何たること!」

「尾張も、もうお終いじゃ」

信長討ち死にの報は、家中に動揺をもたらした。


「馬鹿を申すな」

「籠城じゃ」

「勝てるのか?」

「一戦もせずに降伏などできるかっ!」


城を預かる林秀貞ら重臣は、籠城の指示を伝えた。


「籠城をいたす」

「早う準備をせい」


庄内川以北全域に敗戦の報が届いた。

各城主には、拠点の城で籠城する旨の指示が出された。


「清洲城での籠城戦のために時間を稼ぐよう」指示が出た

同時に、……

「女子供は、早急に清洲城に参集するよう」命令が出る。


『手空きの者は清洲城へ集まれ!!尾張を守るのだ』

との檄文が、留守居役の林から出された。



そんな命令に対して……、

祖国の防衛のため意気込んで清洲に急ぎやって来る者もいたが、

信長(織田家)からの離反も相次いだ。



~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



その頃、岩倉城主の織田信賢が早朝より、すでに出陣していた。

尾張の存亡をかけ、ほぼ全軍での出撃である。


一門衆と堀尾忠介、山内、前野らが彼に従っていた。

留守居役は、稲田修理亮


大義名分は、『尾張の守備』である。


「信長ごときに、尾張の防衛という大役を任せてはおけない」

騒然とする清洲城を避け、庄内川を渡り、那古屋城の後詰めに回った。


「何としてでも、今川の侵攻を庄内川の南で止めねばならん」


「はっ」


「皆の者! 尾張を護るのじゃ~!!」


「「「お~っ!」」」


配下の兵に、檄を飛ばし士気を鼓舞した。



~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



そんな騒ぎの中、信長出陣の騒動に紛れ込ませた少数の部隊が、清洲城の接収を隠密裏に開始した。

こちらは半兵衛の策である。



~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



2時

信長が、義元の陣に突入した。



2時半


― 熱田の攻防戦 ―


河内を占拠していた服部友貞は、此度の今川義元の遠征に呼応して、出陣していた。

忌々しい信長めの、権益を横取りする絶好のチャンスである。

彼は、密かに大高の沿岸まで兵や船を出し、今川義元に協力していたのである。


服部友貞は、今川勢の進軍の景気づけに、先回りして熱田の町を焼き討ちしようとした。

しかし、町を焼かれまいとする住民の激しい抵抗に遭っていた。

おもわぬ事態にたじろぐ配下を纏めていた。



そこに猛然と、斯波義銀が吠えた。

『熱田のお社に仇をなす不逞な輩』に襲いかかった。

竜興から借り受けた兵を率い、熱田の地に駆けつけたのであった。




~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~



― 斯波義銀 ―


斯波義銀は、熱田の町が襲われているのを聞きつけ軍を強行した。

騒動を知り急行していた織田信賢の手勢1300に追い付き、共に救援に駆けつけた。


「熱田の宮を守れっ!」

「町の者を助けよ!!」


空き巣狙いの服部軍を、容赦なく攻撃し駆逐・殲滅した。

斯波義銀は、熱田の危機に駆けつけ町と民草を守った。



尾張は熱田の地に、斯波家の旗 『足利二両引』 が堂々と翻る。


尾張守護 『 斯波義銀 』 の堂々の尾張帰還である。


斯波の軍勢は、熱田の宮と町を無事に保護したのだ。

住民が、歓喜をもって迎えたのは云うまでもない。



…… もちろん、斯波義銀や織田信賢が間に合ったのは偶然ではない、俺は知っていた只それだけである。


服部友貞は、この戦闘で都合よく討ち死にしてくれた。

この報告を受け、西美濃勢は蟹江・市江島方面の攻略を本格的に開始した。

その日のうちに、竜興(おれ)は、木曽川・長良川流域を手中に収めた。


土岐家(俺)の、所領(巡回ルート)は、さらなる広がりを見せた。





遅くなりました、昨日は時間が無かった……。


早起きは三文の得です。

2日で、六文。

渡し賃を稼ぐのは意外と楽なのかも…?


 そうです、帰還するのが信長とは限りません!

家を追い出された『銀ちゃん』帰還いたします。


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