清洲へ堂々の凱旋をする! 『尾張の一番長かった日(上)』
時間が戻っております。
信長以外の皆の様子をご覧下さい。
~ 回想 『桶狭間の裏側』 ~
永禄3年(1560年)年5月
尾張は、恐怖に震えた。
駿河・遠江・三河の三国を支配する、今川義元が4万とも云われる軍を動員した。
大高城への後詰めにしては、規模が大きすぎるのだ。
本腰を入れて尾張を攻める様子をみせていた。
『尾張が蹂躙される!』 誰もが皆そう思い恐怖した。
17日 今川勢の先陣は、沓掛に着いた。
18日 松平元康勢が大高城へ兵糧を運び込んだ。
19日 早朝、鷲津・丸根が今川軍に囲まれる。
早朝、織田信長は、ほぼ単騎で出陣した。
「殿が、御出陣でござる」
「「「出陣じゃ、遅れを取るな~」」」
清洲城下の外れの村では、信長の単騎駆けをぼんやりと見送る老婆の姿があった。
信長主従数騎が南へと駆けるのを見届けた後、老婆は急ぎあばらやへと戻り文を書いた。
『信長出陣』
その報告は、農家に密かに持ち込まれた伝書鳩にて各地に届けられた。
彼女の正体は、美濃の草であったのだ……。
― 稲葉山城 ―
初夏のさわやかな風が庭の木々を静かに揺らす、稲葉山の麓の俺の屋敷にも微かな喧噪が聞こえる。
輝く朝の晄が、障子をとおして部屋に差し込んで来る。
微睡みから目覚めて、となりに美少女がいるというのは、男の永遠のテーマである。
俺は今、その命題を解きあかし夢の世界にいるのだ。
皆様には申し訳ないですが…。
「若!織田に動きがあった模様です。清洲城より信長が単騎駆けしたとのことです」
待ちかねた、信長出陣の第一報である。
…イチャイチャする暇は無さそうですね。
俺は彼女に着替えさせながら、続報を待った。
7時過ぎ、さらに情報が入る。
信長は、熱田神宮に到着したようだ。
後続の到着を待って戦勝祈願をしたらしい。
この時点では、信長の兵数は数百名が集まっただけであったみたいだ。
この頃すでに、鷲津・丸根の両砦が陥落しているもようだ。
8時頃
信長配下の国人衆が出陣の報を受けて慌ただしく支度した。
いきなりの出陣に戸惑った。
「籠城では無かったのか?」
「良いではござらぬか、拙者は派手に暴れとうござる」
「やれやれ、遅れぬように飛ばすぞ」
「承知!」
尾張の南側では、次々と武士達が、城・砦から出陣する光景が見られた。
― 稲葉山城 ―
信長の出陣の続報が届くが、そろそろいい頃合いのようだ。かねての計画のとおりに戦闘準備を開始した。
ひそかに準備は完了している。
後は兵の召集だ。
こればかりは早すぎては、信長の配下の者に気取られてしまう、俺達は慎重にタイミングを見計らった。
9時前
その後、続報が次々ともたらされた。
熱田神宮での様子・丹下砦、さらに善照寺砦に進んだことが報告された。
「よし今だ!作戦を開始する」
「「「「 ははっ! 」」」」
乾坤一擲の大勝負は何も信長だけではないのだ、俺も勝負をかけた。
各地に、俺の作戦開始の指示が飛んだ。
のぼり旗信号を利用した、単純な命令の伝達だ。
法螺貝の音が、稲葉山城に響き渡る。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
9時頃、尾張各地で豪族の反乱が発生した。
一部の勢力は、今川勢と呼応することを名目に津島を占拠を計ったようだ。
「…殿、竜興殿、出陣じゃ~!」
斯波義銀は、尾張の危機を知るや、稲葉山麓の隠棲地を飛び出し登城してきた。
やる気は、充分のようだ。
「義銀様、すこしばかり落ち着いてくだされぃ」
織田信安が追従した。
斯波義銀は、織田信安を引き連れ兵500を伴い尾張へと向かう手はずである。
土岐家も、斯波家からの出兵の要請を受けて出陣する(という体裁だ)。
今回は、俺も精兵2000を率いて出陣するかまえだ。
俺、”土岐竜興”の初陣である。
「俺の初陣を、勝利で飾ろうぞ~!」
「「「「お~っ!!」」」」
同時に美濃および、清洲より北に潜む秘密の部隊が作戦を発動する。
西美濃衆、そして明智光秀が密かに行軍を開始した。
10時
そのころ、西美濃勢は尾張との国境を越え移動をしていた。
― 犬山にて『 押し込め騒動 』発生 ―
犬山城主の織田信清が拘束される事件が起きた。
表向きは、静観を決め込む織田信清を主戦派が押さえ込むと云う構図である。
御輿は、彼の弟の織田信益(広良)である。
土岐家に内応していた、和田新介、中島豊後守が配下の者と城主の織田信清
を、屋敷の一室に押し込めてしまった。
信清は、家臣の謀反に遭いあえなく囚われてしまった。
重臣の一族も、同様に捕らえられ、首脳部が制圧された。
(流石は竹中重元、いいしごとしてますねぇ。)
11時
― 清洲城 ―
清洲城は混乱していた、それもそのはずだ。
留守役を何となく任された形の林通勝(秀貞)であるが、何をしたら良いのかが判らない。
豪族の反乱の噂も聞くが、正直人手が足りない。
確認作業すらままならない。
なけなしの兵をさいて、清洲の守りを薄くする愚は避けなければならない。
肝心の信長が、なんの指示も出さず飛び出して行ってしまったのだ。
評定も、作戦の概要も聞いていない。
どこへ行くのかすら、とんと見当が付かない。
逃げたのでは無いと思うが、100パ-セント信用は出来ない。
『自分の身を守るためならば、あえて恥を捨てる男』 それが信長である。
とはいえ、南に向かって行ったのだから一応は信用したい。
もしかすると、庄内川でウナギでも捕ってくるのかも知れないが、それぐらいであればまあ許容範囲であろう。
留守居役の林秀貞は、とても疲れていた。
明確な指示がなくては、人はそう勝手に動けないものなのだ。
戦闘要員は、一応出陣の法螺貝という指示があったが、留守居役はどうすればいいのか判らない?
「結局、籠城するの? 籠城しないの?」
信長が何をしに行ったのか?
誰か、教えてほしいモノである。
とりあえず、林は清洲城の籠城戦の準備を整えていった。
その肩にはどこか哀愁が漂っていた。
(まさか、義元の首を狩りに行ったとは夢にも思わなかったのである。)
信長みたいな上司だと苦労しますね。




