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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前休暇

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86



 途中の店でいくつかお菓子を買い、馬車でしばらく待つ。レイは落ち着かないようでずっとそわそわとしていた。


 ――さくら。勉強をしましょう。

 ――え? いや、でも、いいの?

 ――気にしても仕方がないでしょう。


 レイはリリアの対面に座り、大人しくしていた。時折リリアのことを見てくるが、話しかけられないので用事はないだろうと判断する。聞くのが面倒なだけだとも言うが。


 ――まあ、リリアがいいなら私もいいよ。それじゃあ、どうしようかな……。


 そうしてさくらの講義が始まる。リリアは目を閉じてそれに耳を傾けた。




 どれぐらいそうしていただろうか。さくらの声が唐突に止まる。話が止まってしまったことにわずかに不機嫌になりながらも、さくらが途中で止める時は理由がある時だと分かっているので目を開けた。

 目を開けた先、レイはすっかり寝入ってしまっていた。静かなはずだ、と思いながら、さすがに少しぐらいは相手をするべきだったかと反省する。


 ――お兄さんが戻ってきたよ。


 馬車を出てみると、確かに兄がこちらへと歩いてくるところだった。手には立派な鞘に収められた剣がある。あれが優秀な鍛冶士が作ったという剣なのだろう。兄はこれまで見たことがないほどに上機嫌な笑顔だった。気持ちが悪い。


 ――さらっとひどいよ。でも端から見ると確かに気持ち悪いね。あんなににやにやしちゃって、周囲からどう見られていることやら。

 ――大丈夫でしょう。お兄様の剣好きはこの辺りでは有名だし。


 兄の剣好きは幼い頃からだ。幼少の時に父の剣術を見て惚れ込み、自ら学び始めたらしい。それが剣術に惹かれたのか、剣そのものに惹かれたのかは本人しか分からないことだ。もっとも、あれを見る限り後者の可能性が高い気もするが。


「おお、早いな。俺の方が遅くなるとは思わなかったぞ。あはははは」


 リリアの頬がぴくりと動く。兄の機嫌が良すぎて本当に気味が悪い。無表情の仮面を貼り付け、兄を伴って馬車の中へと向かう。


「良い剣を買えたようですね」

「いやあ、噂に違わぬ素晴らしい職人だった! 笑いが止まらないとはこのことだ! あはははは」


 それは良かったですね、とリリアは無表情に頷いた。


 ――さくら。助けて。

 ――無理。


 やはり即答だった。この面倒な兄の相手を続けなければならないということか。


「あはははは、は?」


 しかし兄の笑い声は途中で止まった。兄の目はレイで固定されている。


「すみません、お兄様。途中で友人と会いまして……」

「なぜここに、レイフォード様が……?」


 どうやら兄はレイのことを知っているようだ。つまりは。


 ――説明が面倒になるわね……。

 ――がんばれー。


 他人事のように言うさくらを恨めしく思いながら、リリアはため息をついた。




「なるほど。学園でレイフォード様に勉強を教えていた、と。まさかそんな繋がりを作っていたとは思わなかったな……」


 馬車の中で、リリアの話を聞き終えた兄は腕を組んでそう言った。心なしか兄は少しだけ嬉しそうにしている。理由は分からないが、特に問題がなかったようで一安心といったところか。


「ん……」


 レイが身じろぎして、目を開けた。リリアとクロスを視界に納め、わずかに目を丸くする。


「おはようございます、レイフォード様」


 クロスが頭を下げ、レイは小さく頭を下げた。


「やっぱりクロスがリリアさんのお兄さんだったんだね。少し驚いたよ」

「私も驚きました。まさかリリアーヌと面識があったとは……」

「勉強を教えてもらっているよ。いつもお世話になっています」


 ぺこりとレイが頭を下げて、クロスが慌てて首を振った。


「いえ、こちらこそ、妹がお世話になっているようで……」


 その後もお互いに礼を言ったり謝ったりしていた。しばらく唖然としていたリリアだったが、すぐに我に返って言った。


「待ちなさい。お兄様、レイと知り合いなの?」

「ん? ああ。父上から紹介してもらった」

「レイ」

「え? うん。アルディス公爵に紹介してもらったよ。会ったのはその一度きりで、リリアさんからお兄さんの話が出てくるまですっかり忘れてた」


 それを本人の前で言うな、とリリアは内心で思うが、口には出さない。兄の表情がわずかに悲しげに歪められていたが、気にするほどでもないだろう。


「ところで! 剣を買ったとか! とってもいいものを!」

「リリアーヌから聞いたのですか? こちらですね」


 そう言ってクロスが剣を差し出す。他国の王族がいる場所に剣を持ち込むなと今更ながらに思うが、今の兄に何を言っても無駄だろう。レイも気にしていないようだ。

 レイが剣を鞘から抜いて、その刀身を眺める。ほう、と感嘆のため息を漏らした。


「うん。すごくいい剣だ。正直羨ましいぐらいだね」

「さすがレイフォード様。そうでしょう。あげませんよ」

「さすがにそんな無理は言わないよ。それにしても本当にいい剣だね。クルメナの剣を彷彿とさせるよ」

「ほう。あの方の剣を知っているのですか。私は実物を見たことがなくてですね」

「うん。持ってるから」

「なんと!」


 二人の会話が分からなくなってくる。リリアはいすに深く腰掛けると、ゆっくりと長く息を吐き出した。


 ――馬鹿ばかりね。

 ――お兄さんの同類というのが分かったね。すごい盛り上がってるけど、よく分からない話だよ。

 ――全くよ。クルメナって誰よ。聞いたことがないわ。

 ――ちょっと昔の伝説的な鍛冶士さん、だね。私もその程度しか知らない。どうでもよすぎて覚える気にもならなかった。


 二人そろってため息をつく。本当に、つまらない。

 そろそろ屋敷に到着する頃になって、兄とレイがリリアの目が不機嫌で据わっていることに気づき表情を青ざめさせた。ご機嫌を取ろうと躍起になっていたようだが、その全てを無視しておいた。



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ではでは。

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