あり得たかもしれないもしもの話
この国の公爵家の令嬢、リリアは屋敷の自身の部屋で、のんびりとお茶を飲んでいた。すぐ側には、リリアに仕えるメイドのアリサがいる。
貴族が通う上級学園への入学を一週間後に控えた今、リリアには不安の種が一つ、けれど特大のものを抱えていた。
それは。
「リリアー!」
勢いよく開かれる部屋の扉。飛び込んできたのは、よく見知った、それこそ生まれた瞬間から見ている自分の片割れ。
「うるさいわよ、サクラ」
サクラと呼ばれた黒髪の少女は、ぴたりと動きを止めて、けれど大声で言った。
「ただいまー!」
「うん。期待してなかったからもういいわ」
それを聞いたアリサが苦笑を漏らす。そのアリサをじろりと一睨みしてから、再びサクラへと視線を戻した。
黒い長髪の、元気を形にしたような少女、サクラ・アルディス。リリアの同い年の妹、つまりは双子の妹だ。
アルディス家全員が金髪であるにも関わらず、何故か黒髪で生まれてきた不思議な子ではあるのだが、かといって家族に疎まれることもなく、毎日自由に元気よく過ごしている。むしろ誰かもっと注意してほしい。
「それで? 今日は何をしにきたの?」
「むう……。ただいまー!」
「はいはいおかえりなさい。で?」
「おだんご買ってきたよ!」
「…………。へえ」
一日の多くを室内で、勉学などに費やすリリアとは対照的に、サクラは頻繁に外へ出かけて行く。それはもう突発的に飛び出していくので、今では門に護衛になる誰かが常に待機して追いかけるほどだ。
最初は両親も注意していたようだったが、改善されなくて諦めたらしい。元気だからいいかと。それでいいのか。
そんなサクラに連れられて、リリアも何度か下町に出かけたことがある。家で食べる高級な料理ではない、素朴なお菓子などもサクラに勧められるまま食べて。
それはもう、見事にはまった。なんだあれは、魔性の菓子だ。
今ではサクラが買って帰ってくるのをこっそり楽しみにしていたりする。
「食べる?」
「いただくわ」
リリアが頷くと、サクラは嬉しそうに駆けてきた。護衛が失礼しますと入ってきて、彼が抱えていた菓子の山をテーブルの上に並べていく。
「いつもごめんなさいね。あとでお父様にも伝えておくから」
「いえ、はは……。ありがとうございます」
護衛の騎士は苦笑しつつ、頭を下げて退室していった。
「今日のお勧めはね、これ! みたらしだんご!」
「へえ……。なにこの液体。どろどろ。きったないわね」
「なんてこと言うかな!? これが美味しいんだよ食え!」
「ちょ、やめ、むぐ……!」
怒ったサクラが素早くみたらしだんごとやらの串を掴むと、勢いよくリリアの口に入れてきた。仕方ないのでそのまま食べることにする。
もぐもぐ、とリリアが食べている間に、サクラもみたらしだんごを手にとって食べ始めた。途端に、サクラの頬がへにゃりと緩む。この子は本当に、美味しそうに食べるものだ。
「…………。ん……。まあ、美味しいわね」
「でしょ?」
「でもさっきのは許さないわよ!」
「あいだだだ! なんでリリアそんな握力高いかなー!?」
サクラの頭を締め上げると、ぺしぺしとサクラがリリアの腕を叩いてくる。まったく、とリリアはため息をつきつつ、解放してやった。
「まったく。どうしていつもこの部屋で食べるのよ。自分の部屋で食べればいいでしょうに」
「んー?」
サクラはもぐもぐ口を動かしながら、きょとんと首を傾げている。貴族の令嬢らしさが欠片もない、なんなら男の子のように外で遊ぶのが好きな双子の妹。本当に、どうしてこうなったのか。
リリアがため息をつくと、サクラはこくんと食べ物を呑み込んでから、
「だって、やっぱり大好きなお姉ちゃんと一緒に食べたいからね」
「んな……!」
不意打ち気味に放たれたその言葉に、リリアの顔が真っ赤に染まる。サクラはくすくすと楽しそうに笑うと、またみたらしだんごを手に取った。
「はい、お姉ちゃん!」
「あ、う……。ああ、もう! もらうわよ!」
「うん!」
リリアは串をひったくるように奪うと、また口に入れる。
美味しいのは事実だし、ともごもごと言い訳を口にする姉を、妹はにこやかに見つめていた。
妹が姉のことが大好きなように、姉もなんだかんだと妹が大好きで。いつものやり取りを、姉妹専属のメイドはお茶を用意しながら微笑ましそうに見守っていた。
・・・・・
「いだだだだ! まって、私何かしたっけ!?」
「この、私が……! あんな、あんな夢を見るなんて……! そういう願望があったっていうことなの……!?」
「夢!? 夢の話!? それ、私本当に関係ないやつじゃないですかね!?」
さくらの頭を締め付けながら、リリアは自身の執務室で頭を抱えていた。まさか執務中の居眠りで、あんな夢を見てしまうなんて。
まさか、本当に、姉妹だったらいいのに、なんて思っていたのだろうか自分は。
「認めない! そんなこと、あり得ない!」
「よく分からないけど八つ当たりだよね!? いだだだぎぶぎぶぎぶー!」
さくらがぺしぺしと腕を叩いてきたので、とりあえず解放してやる。リリアは不機嫌そうに椅子に座り直して、非難がましい目で見つめてきたさくらからそっと目を逸らした。
すっきりしたが、まあ、やり過ぎだ。自覚している。
「…………。ごめんなさい」
「まあ、いいけど? ……どんな夢?」
話したくはないが、さすがに話さなかったら拗ねられる気がする。やり過ぎたところだ。
仕方なく夢の内容を語ると、さくらはきょとんと少し呆けた後、次いでにへら、と嬉しそうに笑った。ふんにゃりした笑顔だ。
「な、なによ」
「べっつにー。んふふー。本当に姉妹だったら、もっと楽しかったかもしれないよね。うんうん」
「うるさいわよ……」
それは、少しは思うけれど。にやにや笑うさくらに対して認めるのは、なんだかプライドが許せない。
それに、だ。
「私は、今でも十分に楽しいわよ」
そう、小さな声で言うと、さくらは一瞬固まって、
「ああもうリリア大好きー!」
「やめなさい! くっついて、ちょ、くすぐったいから!」
何故かそれはもう嬉しそうなさくらがじゃれついてきたので、遊び相手をすることになってしまった。
「あれ? アリサ、どこかに行くの?」
「うん。いつものじゃれ合いが始まってしまったから、お菓子の補充に行こうかなって」
「買い出しだね。行ってらっしゃい」
アルディス家ではよくある日常の一幕である。




