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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
番外編(S)・後日談(A)

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泡沫の夢(前編)

壁|w・)以前なんとなく気にくわなくてボツにしたお話。

どうにかなんとかある程度納得できる形にはなったかな、と。


 気づけば、見たこともない場所に立っていた。


「どこよここ……」


 周囲に長方形の大きな石が並ぶ場所だ。石は綺麗に切断されており、そのほぼ全てに何かしら文字が書かれていた。ただ、リリアには読むことのできない文字であり、何と書かれているかは分からない。ただ、見覚えのある文字ではある。どこで見ただろうか。


「ああ……。さくらの文字ね」


 以前、一度だけさくらが暗い世界で持っていたものを見たことがあるが、それにこれによく似た雰囲気の文字が書かれていたはずだ。つまりはこれは、さくらの世界の文字なのだろう。あの世界ではさくらしか知らない文字であり、何故今目の前にその文字があるのか分からない。

 リリアは目を閉じ、昨日のことを思い出す。別段特に変わったことのない一日だったはずだ。いつものように寮の自室で就寝した。そう言えば、さくらに呼ばれて暗い世界に行っていたはずだ。

 そこまで思い出して、リリアは眉をひそめた。その後の記憶がひどく曖昧だ。もやがかかっているかのように、はっきりと思い出すことができない。


「わーい」


 不意に聞こえるよく知る声。顔を上げた直後に、背中が重たくなった。


「リリア、こんなところで何をしてるの?」


 振り返ると、さくらがそこにいた。いつもと同じように満面の笑顔だ。少し不安になり始めていたのだが、さくらの顔をみると途端に安心感に満たされた。


「私が聞きたいわよ。ここはどこなの?」

「んー……。簡単に言えば、私の夢の中。ここは、私の記憶が元になって作られた場所だよ」

「へえ……。ここがさくらの世界なのね」


 なるほどとリリアは頷いた。見覚えがなくて当然だ。リリアの世界には存在しない場所なのだから。


「ちなみにこれは何?」


 目の前の石を指さして聞いてみると、さくらの笑顔が少しだけ曇った。聞いてしまったことに少しだけ後悔するが、今更発言を無かったことにはできない。返答を待っていると、さくらが重々しく口を開いた。


「お墓。私の家の」


 聞かなければ良かった。リリアの表情が歪んだことに気がついたのか、さくらが慌てたように言った。


「リリアは気にしなくていいからね。知らなくて当然なんだから」

「ごめんなさい」

「謝らないでよ」


 さくらは苦笑すると、墓の前に立った。石を撫で、目を細める。懐かしいものを見るかのような目だ。そうしてしばらく撫でていたが、やがてさくらはリリアへと振り返った。


「リリア。せっかくだし、案内してあげる!」

「は? いや、でも……」

「さあ行こう!」


 さくらがリリアの手を取って歩き出す。ここから移動したいのだろうとすぐに察しがつき、リリアは口を閉ざしてさくらに従った。




 似たような石が並ぶ場所を出る。固い地面に興味を覚えていると、アスファルトだよ、と教えてくれた。石造りとはまた違うものらしい。そして顔を上げて目の前の道を見れば、鉄の塊が馬車以上の速さで走り抜けていった。

 そのあまりの速さにリリアが絶句して呆けていると、さくらは楽しそうに笑いながら言った。


「車。自動車だよ。ほら、こっち」


 呆けたままのリリアの手を引き、さくらが歩く。その間も、リリアの隣を車は走り抜けていく。リリアにとってそれは恐怖以外の何物でもないのだが、さくらは怖くないのだろうか。


「一応、車はどこを走るか決まってるから。それに、こっちの細い道は歩いている人が優先だしね」

「そう……。でもそれを守らない人はいるでしょう?」


 リリアの世界にも法を守らない犯罪者はいる。そう思っていると、さくらは頷いた。


「うん。それを考えると、まあ、怖いよね。でもそれを言い始めると、外を歩けないよ」

「そうね……」


 しばらく歩くと、多くの建物が建ち並ぶ通りに入った。空を見上げようとすると、屋根のようなものがある。ここは商店街だよ、とさくらが教えてくれた。


「人が多いわね……」


 見たこともない服を着た大勢の人々が行き交っている。笑顔で談笑している者たちもいれば、さくらが暗い世界で使っている物を片手に足早に歩いて行く者もいる。とても活気のある場所だ。


「この通りでだいたいの物は買えるよ。お肉とか魚も、全部」

「魚って、海が近いの?」

「いや、別に。遠いわけでもないけど。あ、あそこのメンチカツ食べようよ」


 側にある店へとさくらが向かう。リリアは興味深そうに辺りを見回しながら、さくらに手を引かれるままに歩いた。


「メンチカツ二つ!」

「あいよ!」


 店主だろう男の大きな声。すぐに紙袋に入ったメンチカツが差し出された。さくらが受け取り、それをリリアへと渡してくる。リリアは素直に受け取って、早速とばかりに食べているさくらを真似して、一口かじってみた。

 さくっとした子気味のよい音。揚げたばかりなのだろう、中はとても熱く、肉汁が溢れてきた。当然のように服に落ちてしまいリリアの顔が青ざめるが、さくらは笑って言った。


「大丈夫だよ。ここは所詮夢の中。起きたら元通りだから」

「そうだったわね……。それにしても、妙にリアルな夢ね」

「私の想像力が豊かだからね! ここのメンチカツなんて初めて食べるけどちゃんと美味しいし!」

「知らない物を食べさせるんじゃないわよ!」


 リリアが怒鳴ると、さくらは笑いながら手を振った。やれやれとため息をつきながらも、捨てることはせずにメンチカツを食べ終えた。


「ところでどうしてこの食べ物なの?」

「ん? 漫画とかでね、友達と登下校の間に揚げ物を食べるシーンがあるんだよ。だからやってみたかった」


 次に行こう、とさくらが手を引いてくる。とても楽しげな笑顔だ。

 さくら曰く、これは夢らしい。だがこの夢は、どこまで夢なのだろうか。この全てが実はただのリリアの夢で。起きてさくらに聞いても首を傾げるだけかもしれない。さくらが言うようにこれはさくらの記憶であり、起きた後は楽しかったねと笑い合うかもしれない。

 今はこれがどちらかは分からないが、さくらの楽しげな笑顔を見ているとどちらでもいいかとも思えてくる。もうしばらくはさくらに付き合うことにして、リリアはさくらと共に次の場所へと向かった。




 次に訪れたのは、大きな建物のある場所だった。

 まずは最初に門があり、そこを通れば目と鼻の先に大きな建物がある。建物の側には、何もない土だけの広い空き地だ。その空き地で、同じ服を着た者たちが何かの運動をしていた。

 建物に出入りするのは、数人の大人と大勢の少年少女。少年少女たちはさくらと同年代か少し下ぐらいだろうか。少女たちの方はさくらと同じ服を着ており、少年たちの方は見たことのない服だが黒を基調した服を着ていた。


「もしかしてここって……」

「中学校。私が通っていた学校だよ」


 リリアが通う学園以上の人数だ。聞けばさくらの世界では、最低限の物なら誰もが平等に学校に通うことができるらしい。最低限のものといっても、間違いなくリリアが通う上級学園以上の教育だ。平民の誰もが羨むだろう環境と言える。


「と、いうわけで。リリアも今日はここの生徒です。はい着替え!」

「は? 何をいきなり……」


 リリアの声が、自分の姿を確認して尻すぼみになった。いつの間にか、リリアはさくらと同じ服を着ていた。いつの間に、とも思うが、夢の中だと言われている以上、言及しても意味はないだろう。そういうものだと思うしかない。


「おそろいだー!」


 じゃれついてくるさくらを片手で抑えながら、周囲へと視線を走らせる。誰もがこちらを、微笑ましそうに見ていた。ずいぶんと現実味のある反応に、夢だと聞いているのにリリアは頬を薄く染めた。


「さくら。早く次に行きなさい」

「あれ? もしかして恥ずかしいの? にやにや!」

「それを口に出す馬鹿がいるとは思わなかったわ。いい度胸ね?」

「ごめんなさい!」


 さくらが即座に謝罪を口にして、リリアは呆れたようにため息をついた。

 さくらと共に校舎の建物に入る。中は長い廊下があり、いくつもの部屋が並んでいた。すぐ側には階段があり、さくらは迷うことなく階段へと向かう。

 階段を上った先も同じ廊下が延びていた。さくらは少し歩くと、一つの部屋の前で立ち止まった。


「ここが私の教室」


 さくがドアを開けて、中へと入る。リリアもすぐにそれに続き、


「おはようさくら!」


 教室中から挨拶が飛んできた。目を丸くしているリリアの前で、さくらは笑顔で挨拶を返していく。多くの生徒から親しげに挨拶されていた。


「さくら、その子だれ? すっごい綺麗な子だね!」


 女生徒の一人がさくらへと駆け寄ってくる。リリアを興味深そうに見つめていた。


「ふふふ。私の親友さんです! こんなことをしても怒らない!」


 さくらがリリアへと抱きついてこようとして、


「やめなさい」


 リリアがさくらの頭を手で押さえて、その上で力を入れておく。


「いたい!」

「あはは! 怒られてるじゃないの!」


 さくらがリリアの腕を叩き、女生徒は腹を抱えて笑い出す。リリアはその二人の様子を、目を細めて見つめていた。

 リリアから解放されたさくらは、教室の窓際、後ろの席へと向かう。偶然か、それともさくらの意図的か、それは学園でのリリアと同じ場所だった。


「リリアはここ! 私は隣!」


 リリアの隣にはさくらが座る。席に座った後、さくらは教室の様子を目を細めて眺めていた。

 生徒たちはそれぞれ談笑を続けている。だがもう誰も、さくらには話しかけてこなかった。さくらを無視している、というよりはまるでここには誰もいないかのようだ。


「巻き込んでごめんね」


 ふとさくらの声が耳に届いた。さくらを見てみるが、その視線は教室の中へと向けられたままだ。口だけが、小さく動く。


「一度リリアと一緒に、こっちに来たいなって思ってたんだ。それを聞いちゃった女神様が、夢の中でならいいですよって、私の記憶を元にこの夢が作られて。リリアが寝るのを待ってから、いつもの場所に呼び出す感じでリリアを連れてきたんだよ」

「へえ……」


 リリアの想像以上に女神というものは多くのことができるらしい。人の夢にまで干渉できるとは思わなかった。もしかすると厳密には違うものかもしれないが、リリアにとっては同じことだ。


「ごめん。でも一日だけ付き合って」


 さくらのか細い声に、リリアは薄く微笑んだ。さくらの頭を撫でて、言う。


「構わないわよ。でもできれば前もって言いなさい」

「あ、ごめん。それは無理」

「そうなの? 理由は?」

「だって、リリアがベッドに入った直後に決まって、一瞬で組み立てられた計画だから」


 予想以上に突然な出来事だったようだ。リリアは頬を引きつらせながら、それなら仕方ないわね、とそっと目を逸らす。どうやらさくらが望んだこととはいえ、さくらも神の気まぐれに振り回された形らしい。少しだけ同情するが、楽しそうだからいいだろう、ということにしておいた。

 少し待つと、男が教室に入ってきた。明らかに生徒たちとは年齢が違うので教師だろう。教師が入った瞬間から生徒たちは我先にと自分の席に戻っている。教師が教卓にノートのような物を置く頃には、囁き声が少し聞こえるだけになっていた。


「では出席を取るぞ」


 教師が生徒の名前を読み上げるたびに誰かが返事をしていく。元気な声だったり、大人しい声だったりと様々だ。やがて、


「冬月さくら」


 さくらの名前が呼ばれ、


「はい!」


 さくらの、嬉しそうな返事。見れば、その顔は喜色満面といったものだった。


「うん。お前は相変わらず元気だな。元気なのはいいから、ピーマンぐらい食べられるようになれ」

「ほっとけ!」


 教師の意地の悪い笑顔を浮かべた上での言葉に、さくらは唇を尖らせた。生徒たちが忍び笑いを漏らす。どうやらさくらのピーマン嫌いはここでは周知の事実らしい。

 その後も名前を呼び続け、そして、


「さて、今日は海外からの留学生が来ている。リリアーヌ・アルディス」


 これにはリリアは本気で驚いた。さくらの記憶が元になっているのだから、自分が呼ばれることなどないと思っていたためだ。だが考えてみれば、ここにいる誰もが、リリアを認識すればしっかりと反応していた。単純に記憶を再生しただけのものではない、ということだろう。


「リリア。呼ばれてるよ?」


 楽しそうなさくらの声に、リリアは我に返った。教室中からの視線を受けながら、リリアは、


「はい」


 にっこりと、『笑顔』で返事をした。


「う、うん。よろしい。うん。いいだろう」


 何故か教師が目を逸らした。教師だけでなく、生徒たち全員があからさまに目を逸らした。意味が分からない。


「リリア、なんでそこでその笑顔を浮かべたの……」


 さくらまで頬を引きつらせている。リリアが首を傾げると、さくらは小さくため息をついた。


「天然か。天然でやってるのか。かわいくない上に怖いって最悪だ」


 さくらはしばらく頭を抱えていたが、やがて、まあいいかと流してしまった。




 その後の授業は昼まで、時折休憩を挟みながらも授業を受けた。さくらからすでに教わった内容ではあったが、別の人から聞くというのもなかなか面白いものだ。さくらも何か思うところでもあるのだろう、じっと真剣な表情で授業を聞いていた。

 昼になり、皆が弁当箱を取り出していく。しかしさくらは席を立ち、リリアの手を引いて立ち上がった。


「私たちは帰るよ」

「そうなの? さくらに任せるけれど」


 さくらに先導されて教室の出口へと向かう。教室を出る直前、


「さくら! 帰るの?」


 生徒たちの方から声が上がった。振り返ると、見覚えのある少女と少年だ。朝にも声をかけてきた少女で、どこで見たかと記憶を探る。すぐに、さくらの記憶を見てしまった時のものだと気が付いた。さくらと一緒に下校していた少女だ。

 さくらは少女へと笑顔で言った。


「リリアを案内するから、早退する!」

「なにそれずるい!」


 少女が叫び、少年が引き継ぐ。


「人に偉そうに言っといてさぼるのかよ?」

「私は普段の素行が良いからね。どっかの誰かさんと違って」

「どういう意味だこら」


 口論、のようにも聞こえるが、三人とも笑顔だった。ただし、さくらは寂しげなものだったが。


「まあいいけど。気をつけて帰りなさいよ」

「留学生を振り回すなよ」


 そして、


「元気でね、さくら」


 その言葉に、さくらはわずかに言葉を詰まらせ、


「ん……。ありがとう。さよなら」


 さくらはどうにかそれを言い切ると、逃げるように教室を出て行き、走り出した。いつの間にか手を離れていたリリアは慌ててそれを追おうとして、


「リリアさん。さくらをよろしくお願いします」


 目を剥き、振り返る。二人は、二人だけでなく教室中の誰もが、リリアを見ていた。


「あの子は寂しがり屋なので、構ってあげてくださいね」

「ええ……。貴方たちの分まで、振り回されておくわ」


 リリアが頷くと、誰もが嬉しそうに頷きを返し、そして誰もがそれぞれの一日に戻っていく。リリアのいない一日へと。それに少しだけ寂しさを覚えながらも、リリアはさくらを追って走り出した。


壁|w・)夢の話。さくらの世界での一幕。ただし、全てが夢である。

約束された夢落ち展開!

後編は月曜にでも投下しますよー。


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