A6 二人の関係・ティナと、
後日談その6。ティナと誰かのお話です。
少し短めです。
休日、いつものようにリリアとさくらは南側へ買い物に来ていた。今日は趣向を変えて、南側の中では高級な店が並ぶ区画へと来ている。高級といっても、上級貴族から見れば所詮は南側の店の一つに過ぎないのだが。
料理に舌鼓を打ち、店を出たところで、唐突にさくらが凍り付いた。
「さくら、どうしたの?」
立ち止まってしまったさくらへと振り返り、リリアが問う。さくらの口元に先ほど食べていた料理のソースがついているのを見つけて、ハンカチを取り出してさっと拭う。そうされても、さくらは未だ呆然としたままだった。
さすがに怪訝に思い、リリアが首を傾げると、ようやくさくらが口を開いた。
「リリア、あれ……」
さくらが指差す方向を見る。そして、リリアも絶句した。
少し離れた場所を、ある二人組が歩いていた。一人はティナだ。南側とはいえティナがこの区画にいるとは思わなかったが、それに驚いているわけではない。ティナも少しぐらい贅沢をする時もあるだろう。問題は、隣を歩く男だ。
「お兄様……?」
なんだこの組み合わせは。リリアの頬が思わず引きつり、混乱しそうな思考をどうにか落ち着かせようと深呼吸をする。が、それで落ち着くはずもなく、何を考えるべきかも分からなくなる。
ティナと兄の二人は、飲食店へと入っていった。
リリアとさくらの二人は、どちらも何も言えずに黙り込んでいる。正直なところ、先ほど見た光景が信じられないというのが二人の本音だ。想像したこともない組み合わせだった。
「さくら。聞きたいのだけど」
「なに?」
「他人のそら似という可能性は?」
「現実逃避はよくないよ」
普段とは違う、感情のない言葉。何となくだが、さくらも混乱しているというのが分かってしまう。リリアはそれならばと頷いて、言う。
「さくら。もう少し何か食べたいと思わない?」
すぐにリリアの意図を察したのか、さくらが意地の悪い笑顔を浮かべた。
「奇遇だね。まだ私も食べたりないよ」
「あの店、どうかしら」
リリアが指差すのは、当然のごとく、ティナたちが入っていった店だ。さくらは満足そうに頷いた。
「良さそうな店だね!」
「それじゃあ、行きましょう」
「おー!」
楽しげに声を上げるさくらと共に、リリアは目の前の飲食店へと向かった。
テーブル席が十以上も並ぶ広い店だ。ティナの姿を探して店内を見回すと、部屋の隅に座る二人組をすぐに見つけることができた。ティナと兄の二人は、楽しげな表情で話をしていた。
その周囲の席を見て、リリアはどうしようかと悩んでしまう。会話を聞くためにもできるだけ近くの席に座りたいところだが、あまり近すぎると二人にばれてしまうだろう。
「本当はこういうの、だめなんだけど」
隣のさくらがぽつりと声を漏らした。そしてぶつぶつと何かをつぶやき、すぐにティナたちの隣のテーブルを指差した。
「あの席に座ろうよ」
「何かしたの?」
「うん。いろんな精霊にお願いしておいたよ。あの席に座っていれば、あの二人はリリアには気づかない」
具体的に何をしたのか問うてみれば、音が伝わらないように、光が屈折するように、といった難しい内容だった。何となく意味を理解することはできるが、やはりどうしても漠然としすぎている。あまり深く考えても意味がないと判断して、さくらを信じてティナたちの隣のテーブルへと向かった。
「いらっしゃいませ」
どうやら店員にはリリアたちの姿がしっかりと見えるらしい。やはり、意味が分からない。ティナたちの方を見てみれば、こちらには全く気がついていないようだった。
「そこで俺はこう言った、妹に手を出す奴は許さない、と!」
「すごい! 格好いい!」
一体何の話をしているのか。短いやり取りを聞いただけでも、ろくでもない内容だというのが分かってしまう。わずかに頬を引きつらせながらも、いすに座って店員へと言った。
「何でもいいわ。美味しいものをお願い。貴方のお勧めでいいから」
「畏まりました」
店員が恭しく礼をする。だがその表情は、どこか戸惑っているようだった。リリアのような注文はまずないのだろう。少しだけ悪いとは思うが、料理を選ぶよりも隣の席の会話が気になるというのが本音だ。
ちらりと隣の席を見てみれば、料理が運ばれてくるところだった。
「わ! すごく美味しそうな料理ですね!」
「そうだろう。私はここの料理がとても好きなんだ。ははは」
どうにも、言い方に違和感を覚える。リリアが首を傾げると、隣でさくらが突然噴き出した。
「どうしたのよ」
「くく……。いやいや、お兄さん、かわいいなって。良い料理屋、けれど高級すぎず、ティナが気後れしないものを探して必死に探し回っていたらしいよ。毎晩、仕事が終わってから、何度も」
「さくら。それは秘密にしてあげなさい」
さくらには悪意がない。悪意がないからこそ、恐ろしい。口止めしておかなければ、平気で喋ってしまいそうだ。この場合は別に構わないと思わなくもないが、実の兄の名誉ぐらいは毛先程度には考えてもいいだろう。
「ねえ、今誰に対しても失礼なことを考えなかった?」
「さあ、何のことかしら」
リリアがとぼけると、さくらは怪訝そうに眉をひそめながらも、追求はしてこなかった。これもまた、いつものことだ。
リリアとさくらは話を打ち切ると、隣の席の会話へと耳を傾けた。
予想している方もおられましたが、ティナのお相手はお兄様です。
ギルティ。




