A2 レイフォード1
後日談その2。全6話程度の予定。
レイは一人、夜の風に当たっていた。
現在、王城では夜会が開かれている。先日、突然現れた大精霊を歓迎するためのものだ。ただの夜会ということになっていはいるが。今日の夜会は貴族の顔合わせが目的なので、他国の王族であるレイは一人寂しく残されてしまった。
実はこの国の王子は、レイも一緒にどうだと誘ってくれている。だが自分が出席すれば他の貴族はあまり良い顔はしないだろう。王子に迷惑をかけたくもないので、残ることを選んだ。
現在、レイはテラスで紅茶を飲んでいる。この紅茶はメイドが淹れてくれたものだ。そのメイドは、今はテラスの入口で控えている。
ゆっくりと、時間をかけて紅茶を飲んでいく。特に誰かを待っているなど目的があるわけではない。ただ、急ぐ必要もないのでこうして味わっているだけだ。
そうしてたっぷりと時間をかけて飲み終えて、そろそろ部屋に戻ろうかと腰を上げたところで、
「はろーおはようこんばんは。初めまして、レイ」
ふわりと、目の前に黒い衣服の少女が現れた。長い黒髪を風に揺らすその少女は、どう見ても宙に浮いていた。
「あれ? 反応鈍いね」
少女が首を傾げて言う。それでもまだレイは口を開かない。理由は単純、あまりにも突然過ぎて頭が真っ白になっているだけだ。
「まあまあ、座ってよ。レイ」
少女が笑顔で言うと、レイは見えない力で再びいすに座らされた。無理矢理、というほどの力ではなく、風か何かに押されたような感覚だ。さらに驚くレイの向かい側に、少女は座った。
「さて、改めまして。初めまして、レイ。さくらです」
「えっと……。大精霊様、ですか?」
うん、とさくらと名乗った少女が頷く。王子より見た目はただの少女と聞いていたが、まさか自分と同年代程度に見える少女だとは思わなかった。宙に浮いている姿を見なければ、とてもではないが信じることなどできなかっただろう。
そこまで考えたところで、レイは自分が自己紹介をしていないことに気が付いた。大精霊は知っているようだが、かといってしないわけにもいかない。
「初めまして、大精霊さくら様。僕はレイフォード・クラビレス。クラビレス国の第三王子です」
大精霊であるさくらがわざわざ自分に会いに来た目的は分からない。だが、これは良い機会だとも思う。さくらと、少しでもお近づきになれれば。
「レイはリリアのことが好きなんだよね?」
現れた時よりも突然だった。現れた時よりも衝撃だった。何故、それを知っているのか。いやむしろそれは何か関係あるのか。あるに決まっている、この大精霊はリリアのことがお気に入りなのだから。
「返事は?」
さくらの、静かな声。妙な迫力を感じるそれに、レイはわずかに顔を青ざめさせながらも頷いた。
「はい……。僕は、リリアさんが好きです」
「ふうん……。そっか」
笑顔が消えて、無表情になる。感情の抜け落ちたその表情に、レイは薄ら寒いものを感じた。心臓が暴れ回るのをどうにかして落ち着かせながら、小さく喉を鳴らしてさくらの言葉を待つ。リリアはこの大精霊のお気に入りだったということを考えると、何を言われるのか。
続いてさくらから発せられた言葉は、レイの予想とは違うものだった。
「今日はあまり時間がないから、もう行くね」
どうやらすぐに戻るらしい。そのことに、大きく安堵のため息をついた。当初の高揚した気分など完全に霧散していた。
そして。
「近いうちに、お話、しようね」
そう言って、さくらは笑顔で手を振って、姿を消した。
ただの笑顔だった。リリアのような、威圧感のある笑顔ではなく、親しみを覚える笑顔だ。それなのに、レイにとってその笑顔は恐怖しか感じないものだった。
その後は特に何の変哲もない日々が過ぎた。後学期が始まり、レイは学園の寮の狭い部屋に戻っている。最近は時折授業にも出るようになっているが、それでもやはりほぼ毎日を図書室のいつもの部屋で過ごしていた。
ある日の晩、レイはこの後のことをいすに座ってぼんやりと考えていた。
レイの想い人であるリリアは今年で卒業だ。卒業してしまった後は、会う機会そのものが少なくなるだろう。婚約の話なども入ってくるかもしれない。それまでに、どうにかもう少し、リリアと話をしたいと思う。このまま終わってしまうと、後悔しか残らないことは目に見えているのだから。
そうして悩んでいると、
「どうしたの?」
そんな声が聞こえてきた。
「ん……。どうすれば、リリアさんともっとお話ができるかなって」
「ああ、難しい問題だね」
本当に、と頷こうとして、レイが凍り付いた。今、自分は誰と話していた?
ゆっくりと振り返る。そしてそこにいた者を、黒衣の少女を、大精霊を視界に入れた。
「こんばんは」
さくらの挨拶に、レイは、
「うわあああ!」
部屋を飛び出して逃げた。
それから、しばらくして。レイは自室の床に座らされていた。正座、と呼ばれているものらしい。足が痛くなるが、それで目の前の存在の気が晴れるなら安いものだ。
おそるおそると顔を上げる。さくらはとても冷めた目でレイを見つめていた。
「ねえ、レイ。どうして逃げたの?」
冷たい声の冷たい問いかけ。レイは答えることができない。
「レイ?」
「ごめんなさい」
レイはすぐに頭を下げた。従順になるのが得策だと判断した。決して恐怖に屈したわけではない。本当に。
大精霊は大きなため息をつくと、もういいよ、と手を振った。
「こんなことで時間を使いたくないしね。遅くなったらリリアに心配かけちゃうし」
リリアにはここに来ることを言っていないらしい。レイは不思議に思いながらも、そっと顔を上げた。
「あの、大精霊様。僕に何かご用なのでしょうか?」
「さくらでいいよ。大精霊なんて呼ばれるとくすぐったいから」
「え? はい。畏まりました」
今回は少しだけ恋愛要素がある……かもしれないしないかもしれない。
恋愛書くのは苦手です。がんばれレイ。
全6話、ということで、6日間毎朝6時に投下予定です。
友情ものとはまたちょっと違う方向性のものなので、受け入れられない方もいるかもしれません。
それでも、少しばかりお付き合いいただければと思います。




