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「アルディス。お前の娘は精霊が見えるなど、聞いていないぞ」
「申し訳ありません、陛下。私も存じませんでした」
二人でアーシャを見ると、アーシャも首を振った。どうやら家族の誰もが知らなかったらしい。
「さて……。レスター」
王が呼ぶと、部屋の隅にいた男が王の前へと出てきた。そのまますぐに跪き、王に頭を下げた。
「申し開きはあるか?」
「いえ、ございません。子の罪は親の罪でもあります。どのような処罰でもお受け致します」
「そうか。お前には精霊の監視だ。後ほど、魔導師から受けるように」
「畏まりました」
男は頭を下げ、立ち上がって静かに下がった。王はため息をつき、次にアルディスへと視線を向ける。アルディスは頷くと、王の前に立った。ぐるりと、貴族たちを睥睨する。多くの者がその視線から逃れるように目を逸らしていた。
「今日中に。一人ずつ話を聞きに行く。準備はいらない。ただ、待っていろ」
青ざめる者、苦笑する者など反応は様々だ。この後に関してはアルディスに任せればいいだろうと判断して、王は何も言わなかった。怒りはあるだろうが、暴走するほどアルディスも愚かではない。
「あとはあのリリアの魔法陣だな……」
王が呟くと、多くの貴族が表情を強張らせていた。無理もないだろう、リリアの魔法陣を使えば、裏で動いていた者が引きずり出されることになるのだから。
だがあの魔法陣は劇薬だ。使いどころを間違えないようにしなければならない。
先ほど以上の難題が浮上してきたことを感じ、王は頭を抱えたくなった。
・・・・・
リリアは闇の世界にいた。いつもの暗い世界ではない。黒しか、闇しかない世界だ。五感の全てが奪われ、時間の流れすらも分からない世界。いつの間にか、リリアはここにいた。
見えず、聞こえず、触れられない。どこにいるかも分からず、上下の区別すらもつかない。自分の存在すら疑ってしまうような場所だ。
怖い。
その言葉しか出てこない。恐怖と絶望しかない。叫びたくても叫べず、ただひたすらに恐怖に耐えるしかない。
どれほどの時間をそうしていただろうか。一分かもしれないし、一日かもしれない。もうずっとこのままなのかもしれない。できるだけ何も考えないようにして耐えていると、
「わ……」
突然、いつもの暗い世界に放り出された。倒れたまましばらく呆然として、ゆっくりと立ち上がる。周囲を見渡すが、誰もいない。
「さくら?」
この世界の唯一の住人を呼んでみるが、それすらも反応がない。静かな時間が流れ、どうしたものかと視線を落とし、
「あら……」
淡い光を放つすまほが置き去りにされていた。見せてもらったことはあるが、手に取ったことはない。興味本位ですまほを手に取ってみると。
記憶が、流れ込んできた。
「なに、これ……」
さくらの記憶が流れ込んでくる。彼女の生活が目の前に浮かぶ。それらのほぼ全てが、リリアの理解の範疇を超えていた。だが、分かるものもいくつかあった。
さくらを見下ろすさくら。その周囲の人々が泣いている。これは、さくらが死んだ場面なのだろう。その後の、神を名乗る者との会話も、朧気ながら理解した。
故に、知った。さくらの目的も。
「なによ、それ……」
乗っ取り。つまりはリリアの体を奪うこと。それがさくらの最終目的だったらしい。そのために、死の運命にあった自分を救い出した。
リリアはゆっくりとため息をついた。裏切られた。そう、感じた。間違いなく、裏切りだった。
だから。
「お待たせ……って、わあ!」
突然戻ってきたさくらを、問答無用で押し倒した。
「な、なに? どうしたの? ちゃんと丸く……ではないかもしれないけど、とりあえず解決してきたよ?」
不思議そうに首を傾げるさくらを、リリアは思い切り睨み付けた。戸惑うさくらに、リリアが言う。
「これ」
手に持ったすまほをさくらへと見せると、さくらの目が驚愕に見開かれた。
「貴方は、別の世界から来たのね」
リリアの言葉に、さくらは表情を強張らせ、しかし誤魔化すことなく頷いた。
「貴方の目的は、私の体を奪うことなの?」
リリアも、誤魔化すことも先延ばしにすることともせずに、はっきりとそう聞いた。さくらも、観念したかのように、顔を青ざめさせながらも頷いた。
「どうして……」
リリアが口を開く。さくらがまっすぐにリリアを見つめている。
「どうして、言わなかったの」
さくらの目が見開かれた。
「え?」
「言いにくいことだとは、分かるわ。けれど、抱え込まなくてもいいでしょう。少しぐらい私に話してくれてもいいじゃない……」
それほど自分は信用できないのか。確かに内容が内容だけに言いにくいことは理解できるが、それでも、少しだけでも話してほしかった。
「その……。怖かったから……」
さくらの小さな声が聞こえ、リリアが目を細めた。
「どういうことよ」
「えっとね……。リリアに嫌われたくなくて……。だから、言えなくて……」
しどろもどろに答えるさくら。その態度から、それがさくらの本音なのだと分かり、リリアは小さくため息をついた。
「馬鹿ね」
そう言って、さくらの頭を撫でる。
「私が貴方を嫌うわけがないでしょう」
リリアがそう言うと、さくらが目を瞠り、泣きそうに眉を下げながらも笑顔になった。そのまま結局、さくらは泣き始めた。
「自分で話そうと思ってたんだけどなあ……」
リリアが返したすまほを弄びながらさくらが言う。さくらの隣に座るリリアはそれを聞いて、呆れたように半眼で睨み付けた。
「今の今まで話せていないのによく言うわね」
「うぐう……」
先ほど、泣き止んださくらから改めて彼女の事情を聞いたところだ。彼女の人生を奪ったという異世界の神に憤りを覚えるが、それがなければこうしてさくらと巡り会えなかったことを考えると、どうにも複雑な心境になってしまう。
「約束の日に入れ替わり、なのね」
「うん……。私がいる限り、強制みたい」
「そう……」
さくらの意志も関係のないものらしい。リリアが考え込むように俯くと、さくらが不安そうにこちらの様子を窺ってきた。それにすぐに気が付き、リリアは苦笑して肩をすくめた。
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ではでは。




