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寮から少し歩き、アルディス家の馬車に乗り込む。今回はアリサと二人きりだ、と思っていたのだが、すでに先客が乗っていた。
「待っていたぞ、リリア」
「おかえりなさい、でいいのかな?」
兄とレイがそこにいた。リリアは足をかけたまま凍り付き、やがて笑みを零し、後ろに下がった。
「アリサ。歩いて帰るわよ」
「え? あ、いけませんリリア様! お気持ちは分かりますが!」
「分かる、とはどういうことかな?」
「え!? いえ、そのですね、あの……」
兄の問いにアリサが見ていてかわいそうなほどに慌てだした。リリアは苦笑しつつ、冗談よ、と馬車に乗る。兄の対面に座り、『笑顔』で言った。
「何をしに来たのですか? お兄様」
「ま、待てリリア! 決して悪気があったわけではなく……!」
「そ、そうだよ! むしろリリアが一人だと寂しいと思って……」
「レイ?」
視線をレイへと向ける。レイは頬を引きつらせ、
「クロスに誘われました!」
躊躇無く相棒を売った。
「おい!」
「事実だ! 間違いなく事実だ!」
リリアの目の前で騒ぐ二人。リリアはそれをしばらく聞いていたが、やがてため息をついて御者台に合図を出した。馬車がゆっくりと走り始める。それでもまだ二人は騒がしい。
――さくら。二人が落ち着くまで何か面白い話をお願い。
――つまり無視するの? うん。いいよ。それじゃあ……。
リリアはさくらの講義へと耳を傾ける。二人はそんなリリアの様子に気づかない。混沌とした空気の中、アリサは一人、胃の辺りを押さえながら泣きそうな顔になっていた。
ようやく落ち着きを取り戻した二人から話を聞いたところ、一日だけ時間を作れたレイがどうしてもとクロスに頼み込み、アルディス家に宿泊することになったらしい。それだけを聞けばレイが原因ではと思うが、リリアの馬車に同乗するのはクロスの案だそうだ。理由を聞けば、特にない、ということだった。
――ねえさくら。怒っていいわね?
――どうどう。きっと早くリリアに会いたかったんだよ。妹想いなお兄さんだね!
――あり得ないでしょう。
――えー……。うん、まあ、うん。そうだねー。
何故かさくらの言葉が棒読みのように感じるが、気にしないことにしてレイへと視線を向ける。レイは頬を引きつらせ、背筋を伸ばした。
「いつも暇そうにしているのに、今回は忙しいというのはどうして?」
リリアの問いに、レイは言葉に詰まった。答えにくそうに視線を彷徨わせていたが、リリアがじっと見つめていると諦めたようにため息をついた。
「えっと……。この間の、リリアがお城に呼び出された時のあれが原因、かな?」
意味が分からずに首を傾げると、兄が困ったような笑顔で言う。
「クラビレスの第三王子がこの国に来ていることは、本当に一部の者しか知らなかったのだ。あの時のことで、連中からレイの素性が広まってしまってな。今では毎日のように招待を受けている」
「招待なんて断ればいいじゃない」
「結構断ってるよ。それでも公爵家や一部の侯爵家の招待は断れなくて、それで予定を埋めていったら見事に休暇が潰れる形になりました」
なるほど、とリリアは頷いた。リリアは行きたくない招待は断っているが、やはり立場や付き合いを考えると断れないことも多くなるのだろう。リリアも学園を卒業すればそういったことが増えるのかもしれない。
「面倒ね」
「うん。腹の探り合いがほとんどだしね。リリアとお話をする時はそういったことは気にしなくていいから、気が楽だよ」
そう言って、レイが照れ臭そうに笑う。リリアはそう、とため息をついた。
「つまり、私を侮っているのね? よく理解したわ」
「え? いや違うよ! 違うから!」
レイの声を聞き流し、リリアは外の景色へと視線を向ける。レイはしばらく何かを叫んでいたようだったが、やがて項垂れて黙り込んでしまった。兄がその肩を優しく叩く。どうにも男同士の友情が芽生えているように見えるのは何故だろうか。
「冗談よ」
そう短く言うと、レイは安堵の吐息を漏らした。
リリアが屋敷に入ると、ずらりと並ぶ使用人たちが一斉に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、リリアーヌお嬢様!」
大音声の挨拶に、リリアは眉をしかめ、ふと兄へと振り返る。兄はとてもいい笑顔を浮かべ、リリアの様子を見守っていた。
「今回はお兄様ですか?」
「ん? 何のことだ?」
にやにやと、いたずらっぽく兄は笑っている。リリアは諦めたように小さくため息をついた。自分の家族はどうしてこうも意味の分からないことをするのだろうか。
リリアは使用人たちへと視線を戻す。誰もが微苦笑を浮かべ、リリアを見ていた。
「仕事に戻りなさい。お兄様の命令は今日一日全て無視していいから。私が許可します」
「ふ。残念だなリリア。この館では俺の方が……」
使用人たちがそれぞれの仕事に戻っていく。誰一人の例外もなく、全員がその場を立ち去った。
「え?」
間抜けな声を漏らす兄の後ろでは、レイが口を押させて震えている。おそらく兄は、リリアを出迎えろ、という指示を出したのだろう。リリアの指示はその後に続くものになったために使用人たちは従った。兄はそれに気づかず呆然としたままだ。
「お兄様。忙しく働いている方をくだらないことに使うのは感心しませんね」
兄へと冷たい視線を送る。兄はわずかに視線を逸らし、そしてすぐに項垂れてしまった。
「気をつける……」
その様子を見てリリアは満足そうに頷き、兄をそのままにしてアリサを連れてすぐに屋敷の外に向かった。外に出て、向かう先はテオに任せている花壇だ。もっとも、すっかり寒くなってしまっているので何かが咲いているという期待はしていない。
花壇にはテオの姿ともう一人、メイドの姿があった。メイドが何かを話し、テオはそれを頷きながら聞いて、小さな紙に何かを書き留めている。少しだけ気になったためにそっと近づき、テオの背後から手元をのぞき込んだ。春の花とその育て方などが書き連ねられていた。
「どれを植えるの?」
リリアが後ろから話しかけると、テオは跳び上がるほどに驚いた。慌てたように振り返り、そしてすぐに表情が輝いた。
「お姉様! お帰りなさい!」
テオが嬉しそうに抱きついてくる。リリアは面倒くさそうにしつつも、できるだけ優しくその頭を撫でた。
「ええ。ただいま、テオ。今は何も植えていないの?」
「あ……。植えようかと思ったのですけど、皆が、春に備える方がいいって……」
少しだけ申し訳なさそうにするテオに、リリアは苦笑した。テオに任せている花壇だ。リリアたちを気にする必要はない。
「アリサは何か春に植えて欲しい花とかはないの?」
すぐ後ろに控えるアリサに話を振ると、アリサは少しだけ悩んだ素振りを見せ、それでは、と口を開く。並べられていく花の名前を、テオは慌てたように書き留めていった。
――律儀だね。まだ花壇のお世話をしてくれてるなんて。
――本当にね。正直もうどうでもいいのだけど。
――だめだよ。せめてちゃんと褒めてあげて。
リリアは頷き、テオへと笑顔を向けた。
「いつも悪いわね。来年の休暇で戻ってきた時に期待しているわ」
「あ……。はい! 任せてください!」
そう言って、胸を叩くテオ。リリアは笑顔で頷き、アリサとメイドの二人は微笑ましく見守っていた。
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ではでは。




