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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年後学期

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151/259

さくら3

「さて。私としては十分に楽しませてもらった。お前もずっとここにいても退屈だろう? 送ってやろう」


 神が言う。さくらは自分の部屋とよく似た場所で、じっと神を睨み付けていた。


「死にたくない」


 短く、素直に言う。それを聞いた神は、困ったような表情で、けれど声はとても楽しそうに、


「それは困るな。お前の体はもう存在しない。このままここに留まっていても、結果的には変わらないぞ?」

「他人事みたいに! 神様なんでしょ? どうにかしてよ!」


 さくらの叫びを聞いた神は、腕を組み、じっとさくらを見つめてくる。視線を逸らしたくなるが、それを我慢してさくらも神を睨み付けた。しばらくお互いの視線が交錯する。やがて神が、ゆっくりと笑顔を浮かべた。


「お前なら、もう少し楽しめそうか」

「は?」

「こちらの話だ」


 さくらが怪訝そうに眉をひそめても、神は答えることはない。嫌な笑みを浮かべたまま、続きを口にする。


「この世界にお前の体がない以上、お前を生き返らせることはできない。だが、別の手段なら、ないこともない」

「別の手段、ですか?」

「ああ、そうだ。確かここにもあったな」


 神が部屋を見回してから、何かを探し始める。この部屋のあらゆるものはさくらの部屋と同じで、棚にしまっているものすらもさくらの物とやはり同じだった。神は勉強机の引き出しを漁り始める。一言欲しいものだが、聞き届けてくれるとは思えないので耐えることにした。やがて、神が引き出しから携帯ゲームとそのソフトを取り出した。


「ここにあったか。これはお前の所有物だな?」


 神が手に持っているものを見て、さくらは首を傾げながらも頷いた。少し古いゲームで、友人から勧められて買ったものだ。いわゆる恋愛ゲームで、特に変わった特徴はなく、なぜ勧められたのか今でも分からない。唯一印象に残っているものは、登場人物の一人である公爵令嬢がどのルートを選んでも必ず死んでしまうことぐらいだ。


「このゲームだがな、別の世界で本当に起きることだ」

「は?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。すぐに理解できたが、今度は神の正気を疑ってしまう。さくらを殺した動機の件もある。本当に少しおかしいのかもしれない。


「神に対して失礼だな」


 神はそう言いつつも、どこか楽しげに笑っていた。


「この世界の他にも、世界というものは幾つか存在し、それぞれに神がいる」


 唐突に始まる神による世界学。正直聞くのも面倒だ。さくらにとっては、生き返らせてもらえればそれでいい。だが神にとってはこの話は重要なことらしく、止めるつもりはないようだった。


「神にも付き合いがある。付き合いが深ければ深いほど、その世界は少しずつ共通点が出てくるのだ。……興味なさそうだな」

「あると思いますか?」

「思わないな。だが私が話したい……。ああ、分かった。そんな顔をするな。必要なことだけ話すとしよう」


 さくらが本気で嫌そうに顔をしかめると、神は仕方がないやつだと首を振って妥協した。何を話すべきかと少しだけ考える素振りを見せ、そしてすぐに口を開いた。


「私と親しい神が管理している世界。このゲームはその世界を参考にして作られた」

「いや、どうやってですか。異世界なんて見たことないですよ。無理でしょう」

「お前たちが自主的に作るのは不可能だろうが、作らせることはできる。世界の情報を耳打ちすればいい。そうすればお前たちは、神が下りたなんだといって、勝手に作り始めるからな。その世界の神もそうして情報を与え、作らせた。この世界が歩む未来の、もっとも可能性のある未来を作らせたそうだ。……これも興味なさそうだな」


 神が呆れたような目でさくらを見る。さくらは頷いて、


「異世界の話なんて私には関係ないでしょう。私は生き返らせてもらえればいいんです」

「だから必要な話だと言っただろう」


 頭が悪いのか、と神が鼻で笑う。さくらは同じように神を鼻で笑った。


「頭のおかしい神様の言葉なんて理解できるわけがないでしょう」

「消滅が希望か?」

「ごめんなさい」


 やれやれと神は首を振り、さくらへとゲームを放り投げた。それを受け取り、怪訝に思いながらもそのゲームに視線を落とす。


「そのゲームに、どうあっても死ぬ者がいるだろう」


 神の言葉に、さくらは頷いた。死んでしまうルートがあるキャラ、というのは何人かいるが、必ず死んでしまうのは一人だけだ。


「このキャラですね。リリア・アルディス。ライバル、というわりには物語の中盤で王子に婚約破棄されて、終盤で処刑されてしまうキャラです。ちょっとかわいそうですよね」

「かわいそうだと思うのか?」


 神の意外そうな声に、さくらは当然だと頷いた。


「だってこのキャラ、確かに性格は最悪ですけど、王子にも責任があると思うんですよ。一方的にたかが王子が婚約破棄とか何を考えているのかと。その前にお前が更正させる努力ぐらいしろよと。そう思います」

「ふむ。では丁度良いな」


 神が満足そうに頷き、さくらが首を傾げる。神がゆっくりと、背筋の寒くなるような笑顔を浮かべた。


「お前の世界に、お前が戻るための体はない。故に生き返らせることはできない。だが、別の世界に用意してやることはできる」


 神がゲームを指差す。今までの会話の流れから、何を言いたいのか何となくだが察してしまい、さくらは頬を引きつらせた。


「リリア・アルディスの体なら、用意してやろう」

「それって、結局は死ぬじゃないですか」

「死なないようにすればいいだろう?」


 意味が分からずに首を傾げると、神は面倒くさそうにしつつ説明を始める。


「こちらにも準備が必要だ。入れ替わる日は、リリア・アルディスが処刑される日。その日にお前の魂とリリア・アルディスの魂を入れ替える。今すぐに送ったとして、三年ほどの時間がある。生き残りたいのなら、それまでにリリア・アルディスを更正させるといい。お前の手で、死の運命をねじ曲げてみるといい」


 そこまで説明されて、ようやくさくらにも神が何を言いたいのか理解できた。つまりは、


「このキャラを更正させた上で体を乗っ取れ、ということ?」

「そうだな」

「無理だよ!」


 さくらが叫び、神は楽しげな笑顔で首を傾げた。


「ほう。何故?」

「更正させるなんてどうやればいいか分からないし、そもそも乗っ取りなんてしたくない。私の手でこの子を殺せってことでしょ?」

「なら諦めて消えるか? 乗っ取るか、消えるか。二つに一つだ」


 さくらが蒼白になる。死にたくは、ない。以前の世界に戻れないとしても、自分はまだ、生きていたい。例えそれが、誰かを殺すことになろうとも。

 さくらはゲームに目を落とし、喉を鳴らした。


「分かりました……。行きます」

「よろしい。もう少し楽しめそうだ」


 取り繕うこともなく平然とそう言う神に、さくらは恨めしげな視線を向けた。神はそれを受けても気にした様子もなく、それどころか笑みを濃くしたほどだ。神が指を鳴らすと、さくらの体が宙に浮いた。


「あちらの知識、できること。その他必要なことは知識として植え付けておいてやる。精々私を楽しませろ。冬月さくら」


 その言葉を最後に、さくらの視界が暗転した。




 さくらの目的は、リリアが処刑されないように更正させ、その上でリリアの体を乗っ取ることだ。乗っ取りは約束の日に自動的に行われる。リリアには申し訳ないとは思うが、さくらは自分の生を優先させると決めた。


 そう決めたはずだった。




 暗い世界で、リリアが歌を歌っていた。さくらがよく口ずさむ歌で、いつの間にか覚えていたらしい。試しに聞いてみてほしいと頼まれ聞いているのだが、さくらよりも上手なのではないだろうか。

 さくらはその歌声に耳を傾けながら、ここに来た時のことを思い出していた。自分の目的を、何のためにここにいて、リリアを導いたのかを。

 生きるためだ。

 ふと気が付けば、歌声が聞こえなくなっていた。不思議に思い目を開けると、リリアの顔がすぐ目の前にあった。驚き目を見開くさくらを、リリアは心配そうに見つめていた。


「さくら。どうしたの?」

「えっと……。なにが?」

「悩んでいるように見えたのだけど。気のせいならいいわ」


 そう言って、元の場所へと戻っていく。そしてまた歌い始めたリリアを見つめながら、さくらは小さくため息をついた。

 生きたい。自分の目で見て、感じて、自由になりたい。それがさくらの願いだ。そしてそのために必要なものはリリアの体だ。

 つまりは、リリアの死だ。


「……っ」


 そこまで考えて、さくらはその場に座り込んだ。足を抱え、声を押し殺す。

 考えるな、と言い聞かせても、思考はやはり変わらない。


「さくら。どうしたの?」


 顔を上げる。リリアの不安げな顔が目に入る。その直後、リリアの目は驚愕に見開かれた。


「ちょっと、どうして泣いているのよ。なに? 私何かした?」


 どうやら自分は泣いていたらしい。さくらはすぐに目をこすると、無理矢理笑顔を作った。


「何でも無いよ?」

「説得力がないわよ」


 仕方ない、とリリアはため息をつき、さくらの隣に座った。リリアの手がさくらの頭に載せられ、ゆっくりと撫で始める。さくらは一瞬だけ身を固くしたが、すぐに薄く笑ってされるがままになった。


「さくら。私に言えないことがあるのは知っているけれど、私で力になれることがあれば何でもするから。遠慮なく言いなさい」

「うん……。ありがと」


 リリアの顔色を窺うと、リリアはじっとさくらを見ていた。優しげな微笑みを浮かべ、首を傾げてくる。それを見て、さくらはすぐに目を逸らした。


「あのね、リリア。私、リリアに言わないといけないことがあるんだ」


 そう切り出すと、リリアは先を促すように頷いた。小さく深呼吸して、口を開き、


「…………。やっぱり、いい……」


 言えるわけがない。体が欲しい、など言えるはずもない。それは、さくらを信じてくれているリリアへの裏切りだ。

 いや、とさくらは首を振る。最初から裏切る前提なのだから、何を今更考えているのか、と。それでも、思ってしまう。リリアに嫌われたくはない、と。いずれ体を奪うつもりだというのに、ずいぶんと身勝手な願いだ。

 リリアはそんなさくらを心配そうに見つめていたが、やがて笑みを零し、言った。


「言いたくなったら、でいいわよ。無理して聞きだそうなんて思わないから」

「ん……」

「ほら。いい加減泣き止みなさい。はい、ちーん」

「そこまで子供じゃないよ!?」

「私にとっては手のかかる妹みたいなものよ。はい、ちーん」

「うう……。でもやっちゃう」


 リリアが差し出してきた服の袖で遠慮なく鼻をかむ。リリアは苦笑して、また頭を撫でてくれる。その温もりが、とても心地良い。

 さくらは暗い世界からずっとリリアを見ていたが、実際にはリリアとの付き合いは一年にも満たない。それでも、さくらにとってリリアは大切な友人となっている。親友といってもいい。だからこそ、これからのことを考えると憂鬱になる。


 約束の日なんて来なければいい。ずっと、このままがいい。そう思っても、それは叶うことのない願いだ。さくらがここにいる限り、約束の日は迫り、その日にさくらの意志にかかわらず、リリアの体を奪うことになる。その日を考えると、胸が締め付けられるように苦しくなる。


「リリアが本当のお姉ちゃんだったらいいのに」


 さくらもここの生まれで、リリアが実姉で。きっと楽しいだろうな、と思う。


「そうね。さくらが本当の妹だったら、とても苦労しそうね」


 リリアの言葉に、むっとさくらは唇を尖らせた。


「リリア、ひどい」

「ふふ。でも、きっと楽しいでしょうね」

「うん……」


 叶うはずのない願い。あり得ない仮定。それでも、それを思い浮かべると少しだけ心が楽になる。


「さてと。そろそろ寝るわね」


 リリアが立ち上がり、自然と手が離れる。それを名残惜しいと思いながらも、さくらは止めることはしなかった。


「うん。おやすみ、リリア。また明日」

「ええ。おやすみ、さくら。明日もよろしくね」


 リリアが手を振り、消えていく。さくらも手を振りながら、それを見送った。




 そうして世界は闇に閉ざされる。感覚の全てを消失した無の世界。思考しか残されない世界に、さくらは一人取り残される。そうすると、また約束の日のことを思い出し、心は沈んでいく。

 あの神は、おそらくこうなることが分かっていたのだろう。さくらがこうして悩むことを、神は分かっていたはずだ。だからこそ、神にとって何の利もないことに手を貸してくれたのだろう。神の性格の悪さを呪いたくなる。

 認めよう。所詮自分は、神の掌の上で踊っていただけだと。

 さくらはため息をつき、思考の暗い海へと沈んでいった。


予想通りの人もいると思います。

さくらの本来の目的は死亡フラグを回避した上での乗っ取りでした。

この後の展開も大方予想つきそうではありますが、のんびりまったり書いていこうと思います。

書きたいエピローグは二種類。さてどっちにしましょうか……。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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