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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年後学期

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 翌日の放課後。


「おお! いらっしゃい、リリアーヌ様! もう来ないかと思ってしまいましたよ」


 先日の件を謝罪しようといつもの菓子の店に顔を出すと、店の男が笑顔でそう言った。リリアが目を丸くしていると、女の方も顔を出してくる。二人ともにこやかに笑っていた。


 ――謝らなくてもいいかしら。

 ――リリア。必要か不必要かで考えないで。誠意が大事。

 ――分かってるわよ……。

「この間のことを謝りに来たのだけど……」


 二人へと向き直ってリリアが言うと、二人は眉をひそめ、いけません、と首を振った。やはり許してはもらえないかと肩を落とすリリアに、男が苦笑しつつ言ってくる。


「リリアーヌ様は公爵家のご令嬢なのでしょう。俺たちみたいな平民なんぞに謝らないでください」

「けれど、不快な思いをさせてしまったでしょう」

「まあ、それはそうですけどね。いやほんと、噂と違うな……」


 誰だあんな噂を流したやつは、と男が舌打ちしつつ言う。唖然としているリリアのことを思い出し、男が咳払いをした。


「謝罪はあのメイドさんからいただきましたよ」

「は?」

「俺たちに謝った後は、他の店にも謝りに行っていましたよ。全ての責は自分にあるから、今後とも変わらないお付き合いを、みたいなことをね。てっきりリリアーヌ様が行かせたのかと思いましたが、知らないのならあの子の意志だったんでしょうかね」


 まさかあのメイドがそんなことをしているとは思わなかった。リリアが何も言えずに固まっていると、それに、と女が引き継ぐ。


「昨日なんて上級貴族の方がたくさん来たんですよ。リリアーヌ様がよくお買いになられているものを、とあちこちで買っていたみたいです。おかげで昨日は過去一番の売り上げでした。悪い気持ちなんてなくなっちゃいますよ」


 部屋にいた上級貴族のほぼ全員がここに買い物に来たらしい。本当に来ていたことに驚きつつも、なぜ自分がよく買っているものを選んだのかが不思議で仕方がない。


 ――多分だけど、王様に渡すことになるものだからじゃないかな。普段食べないからどれが良いのか分からない、かといって食べ比べする時間もない、だからリリアがよく買っているものを選んでおこう。そんな推理をしてみる!


 なるほど、とリリアは頷いた。そうだとすれば、今頃王は同じものばかり渡されて辟易しているかもしれない。外れはないとは思うが、リリアと好みが違うだろうし、何より同じものばかりでは飽きる。


「あ、でも、もし少しでも悪いと思って何かしたいと言うなら……」


 男が口を開く。リリアが視線を向けると、男は眉尻を下げた笑みで言った。


「口調を普段通りに戻していいですかね?」


 一瞬、何を言われたのか理解できずに首を傾げ、そしてすぐに笑みを零した。


「ええ。いいわよ」

「悪いな、助かる。それで? 注文はいつも通りかい?」


 早速口調を崩した男に苦笑しつつ、リリアは頷いた。すぐに女が準備をして、いつもの商品を渡してくる。礼を言いながら支払いを済ませ、次の店へと歩き出そうとしたところで、ようやく周囲の様子に気が付いた。

 何人かの通行人が時折立ち止まり、こちらを見てくる。見ているのは間違いなく自分だろう。少しだけ不快に感じたリリアは、ゆっくりと『笑顔』を浮かべた。


「何か?」


 慌てて視線を逸らして走り去っていく人々。リリアがやれやれと首を振って振り返ると、店の二人が呆れたような表情をしていた。


「それがなくなれば、あんたのあの噂もなくなると思うぞ?」

「別にいいわよ。私は私のやりたいようにするから」

「はは。そうか。ところで一つ、お願いがあるんだがな……」


 男が身を乗り出して、お願いを口にする。それを聞いたリリアは少し考えて、許可を出した。その代わりにこれで以前のことは水に流して欲しいと頼むと、男は快く頷いた。




 その日以降、南側の一部の店の看板には『公爵家御用達』という文字が書かれるようになった。その店の近辺では、上級貴族の令嬢がよく見かけられるようになったらしい。

 リリアがそれを知ったのは、リアナたちの二つ目の新聞を見てのことだった。


 ――私の他にもいるのね。

 ――いやリリアだから。間違いなくリリアのことだから。濁してくれてるけど間違いなくリリアのことを書いてるから。

 ――あら。だったらおすすめの店の情報とか提供した方が良かったかしらね。

 ――さすがにリアナたちも困るだろうからやめてあげて。


 残念、とリリアは振り返る。機嫌良く、南側の商品を片手に自室へと戻っていった。




「上よーし。下よーし。真ん中よーし」


 暗い世界、桜の木の下でさくらは楽しげに踊っていた。気持ち悪い踊りだ。


「今失礼なこと考えなかった!?」


 さくらが勢いよく振り返る。リリアはため息をつくと、桜の木の根元に座った。


「で?」

「うん? 特に何もないよ。リリアから温もりを補充する!」


 そう言ってリリアに抱きついてくる。リリアはため息をつきながら、そっと引きはがした。


「上とか下とか、何のことよ」

「えっとね。上が貴族で、下が平民で、真ん中がその間の人たち」


 リリアが眉をひそめ、さくらは笑顔で続ける。


「一時はどうなることかと思ったけど、南側の人たちにも受け入れてもらえたようで良かったね。上の人も、リリアが変わろうとしていることに気づいているみたいだし。一先ずは安心だね」


 安心、と聞いてリリアの眉が動いた。それはつまり、もう終わり、ということだろうか。

 さくらの手を取り、目を見る。見られているさくらは不思議そうに首を傾げた。


「な、なに? そんなにまじまじと見つめられると、照れちゃうんだけど」

「さくら。もういなくなるの?」


 問われたさくらが目を丸くし、苦笑して首を振った。


「それはまだ先の話だよ。まだしばらくは、リリアと一緒にいるよ」

「そう。なら、いいのだけど」


 さくらもずっと共にいてくれるわけではない。それは分かってはいるが、今となってはさくらがいて当たり前の生活になっている。さくらがいなくなった時、自分は一人でやっていけるのだろうか。


「大丈夫だと思うけどね」


 さくらはそう言うが、さくらはリリアのことを過大評価しているだけだ。今となっては、本当にそう思う。そう考えているのが分かっているのか、さくらは肩をすくめて笑っていたが、それ以上は何も言わなかった。


「まあ、ともかく! まだまだリリアから離れるつもりはないからね! かくごしろー!」

「ええ。よろしくね、さくら」

 元気に騒ぐさくらを見て、リリアは柔らかく微笑んだ。


壁|w・)2学年後学期終了。

明日はさくらの過去です。最後のさくら過去話ですよー。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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