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「止めたくても止められない、というわけでもないのね?」
「うん。文通そのものは楽しいよ。リリアの意外な一面とかも教えてもらえるし」
「は? 私?」
「あ」
ティナがしまった、とでも言いそうな顔になり、慌てたように目を逸らした。リリアがじっと見つめると、面白いほどに視線が泳ぐ。しばらくその状態が続き、やがてティナが諦めたように教えてくれた。
王子からリリアの昔の話などを聞いたりしているらしい。最近の壁新聞の話も聞いたそうだ。別に隠すつもりもないことだが、それにしても断りも入れずに話すとは、と呆れてしまう。
――うん。怒ってもいいと思うよ。
――そうよね。怒ってもいいわよね。
故に、リリアは『笑顔』を浮かべた。
「殿下とは、少しお話する必要があるみたいね……?」
「……っ!」
ティナの顔が蒼白になる。慌てたように、待って、と声を発した。
「私が! 私が教えて欲しいって言ったから! 本当に!」
「ティナ? 庇う必要はないのよ?」
「庇ってないよ!」
お願いだから、と上目遣いにティナが見てくる。リリアは小さくため息をつくと、分かったわよ、と頷いた。
「聞かなかったことにしておくわ」
「うん……。ありがとう。ごめんね、勝手にリリアのことを聞いて」
「まあ、別にいいわよ」
赤の他人に調べられるのは不快だが、ティナならまあいいだろう、程度には思ってしまう。
「ところで、今日の晩ご飯は予定ある? 食堂に行かない?」
ティナが目を輝かせて聞いてくる。ティナの言う食堂とは、上級貴族が使うものとは別の食堂の方だろう。予定など何もないので頷くと、ティナが笑顔になった。
「今日はおすすめだから、楽しみにしててね!」
誘われることはあっても、こうして楽しみにしろと言われることはほとんどない。それなら期待できるのだろう。リリアは内心で楽しみになりながらも、表情には出さずに頷いた。
夜。リリアの目の前には大きな器があり、器の中には大量の液体に麺や具材が盛りつけられている。とてもいい香りがするが、見たこともない料理だ。
「なにこれ」
リリアが聞くと、隣に座るティナがラーメンだよ、教えてくれる。はい、とお箸を差し出された。
「ちなみにこれも昔の賢者様が伝えた料理らしい」
そう補足してくれたのはリリアの向かい側に座るアイラだ。その隣、ケイティンは何故か頬を引きつらせていた。
「どうしたのよ」
「いえ、これは、その……。食べ方が……」
周囲を見る。気にしないようにしていた音を改めて聞く。誰もが、このラーメンという料理を音を立てて吸っていた。音を立てないようにしよう、という者は一人もいない。これは、そういう料理なのだろうか。
「はしたないわね」
思わずそう呟くと、ティナが苦笑した。
「とにかく食べてみてよ」
ティナに促されて、周囲の真似をしてラーメンを吸ってみる。今まで食べたことのある料理とはまた違った味にリリアは目を丸くし、夢中で食べ始めた。
そうして気がつけば、器は空になっていた。
「あはは。気に入ってもらえて良かった」
ティナが嬉しそうに笑う。リリアは少しだけ頬が熱くなるのを感じながら、それなりに美味しかったわ、と誤魔化した。
ティナたちと別れ、自室に戻ったリリアは少しばかり考え事をしていた。思い出すのは先ほど食べた夕食のことだ。ティナたちの話では、あれも南側に行けばいつでも食べられる料理らしい。南側では菓子ばかり食べていた気がする。他にも知らない料理があるのだろうか。
そこまで考えて、リリアはそんなことを考えている自分に呆れてしまった。
――私はこんなに食い意地が張っていたかしら。
――たくさん食べてたくさん太ればいいと思うよ。美味しいものが食べたいです。
――どう考えても原因は貴方よね?
――否定はしない。
リリアはため息をつき、そっと自分の体に、主に腹回りに触れてみる。まだ大丈夫だ。
――うん。本当に太りそうになってたらさすがに止めるよ。
――まあ……。信じておくわ。
リリアは頷くと、よし、と頷いた。
――次の休日は何か食べに行きましょう。
――おお! 焼きそばが食べたいです!
――どんなものか知らないけれど、あればそれにしましょう。
次の休日の予定も決まったところで、リリアは満足そうに頷いてテーブルを指で叩く。すぐにアリサが紅茶を用意してくれた。
「リリア様。何か良いことでもありましたか?」
リリアの顔を見たアリサが不思議そうに首を傾げる。リリアは微笑みながら、
「あら。そう見える?」
「はい。リリア様が楽しそうで、私もとても嬉しく思います」
「そう言われると少し照れるのだけど」
リリアは苦笑しつつもカップに口をつけた。
――最近リリアの好みが平民のそれになってきてる気がする。
――考えないようにしていたことを言わないでもらえる?
――あはは。ごめん。
リリアはカップを置いて、小さくため息をついた。
そして休日。リリアは予定通りに昼前に寮を出て、南側に来ていた。すぐ後ろにはシンシアが続く。そのリリアの表情は、わずかに硬い。
――さくら。大丈夫よね?
――うん。昨日のメイドさんならともかく、ティナたちなら分かるよ。
昨日、ティナに一緒に南側に買い物に行かないかと誘われている。さすがに体面が悪いので、リリアはこれを断った。自分の体面だけならまだしも、家族まで迷惑がかかりそうだと思うと気にしないわけにもいかない。
ティナもおそらくはこの近辺にいるのだろう。リリアの今の服装はティナにもらったものだ。一目でリリアだと気づかれる可能性が高い。
――こんなことなら、先に服を何着か買っておくべきだったわね。
――後の祭りだね。あ、リリア。手を振ってるよ。
さくらに促されて側の商店を見ると、菓子を売っている老夫婦がリリアに手を振っていた。リリアも手を振り返し、歩いて行く。
――もうすっかり馴染んでるね。
――心境的には複雑なのだけど。
公爵家の自分が、平民たちに親しげに手を振られ、またそれに応えている。一年前では想像もできなかったことだ。一年前の自分なら、そんな貴族がいれば小馬鹿にして鼻で笑っていたことだろう。
――嫌?
――そうね……。悪くはないわね。
――そっか。あ! 焼きそば! リリアあそこ!
さくらの嬉しそうな声にリリアは頬を緩めると、さくらが示す店へと向かった。
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ではでは。




