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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年後学期

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 さて、とリリアが教師と男子生徒に目を向ける。二人ともに怯えた目をしていた。


 ――どうしましょうか。

 ――リリア。あまり怒ったらだめだよ。


 先ほどとは違い、今回ははっきりと言ってくる。リリアが内心で首を傾げると、さくらが言う。


 ――少しだけならいいけど。でも連絡の行き違いはどんな組織でも多少なりともあることだから。全面的に許せとは言わないけど、少しは寛容にね。


 そんなものか、とリリアは漠然とした納得のまま頷いた。それによくよく考えれば、自分の非を隠そうとせずにしっかりと認めて頭を下げている。これに関しては責められるべきではないだろう。

 リリアが教師と男子生徒に改めて目を向けると、二人が生唾を呑み込む音が聞こえた。


「心配しなくても、責めたりなんてしませんよ」


 リリアが言うと、教師と男子生徒は揃って安堵の吐息を吐き出した。


「貴方は先に戻りなさい」


 リリアが男子生徒に言うと、しっかりと頭を下げて寮の方へと去って行った。それを見送ってから教師へと向き直る。リリアの視線を受けて、教師が姿勢を正した。


「今回は私からは何も言いません。次から気をつけていただければ、ですが」


 教師は緊張した面持ちのまま、しっかりと頷いた。リリアも満足そうに頷くと、自室に戻るために歩き始める。


「リリアーヌ様」


 呼ばれて、リリアは足を止めた。振り返ると、教師が真剣な表情でリリアを見つめていた。


「何でしょう?」

「貴方は上級貴族でありながら、何故平民の側にいたのでしょうか? 正直に申し上げますと、貴方があの者たちと共にいたことに驚きました」


 リリアは少し考えるような素振りを見せ、そして『笑顔』で言った。


「私は私のやりたいように行動したまでです。何か問題でもありましたか?」

「いえ……。聞いてみたかっただけですよ」


 教師は苦笑すると、失礼致します、と頭を下げて踵を返した。リリアは怪訝そうに眉をひそめながらも、自室へと向かった。




 薄暗い精神の世界。そこに降り立った直後、リリアは手を正面に突き出した。


「リリ……ふが」


 飛びついてきたさくらを手で押しとどめ、さくらは勢いのまま仰向けに倒れた。倒れた時に鈍い音がしたが、気のせいだろう。リリアは鼻を鳴らすと、一人で桜の木を目指す。


「最近リリアが冷たい」

「……っ!」


 いつの間に起きていたのか。耳元で聞こえた声に息を呑み、勢いよく振り返る。さくらがすぐ側にいて、リリアのことを見つめていた。そして手を上げて、大声で言う。


「待遇の改善を要求します!」

「あら。もっと厳しくすればいいのね」

「いやだから改善を……」

「厳しくね」

「むう……」


 さくらが半眼で見つめてくる。リリアは苦笑してさくらの頭を撫でた。


「冗談よ。ごめんなさい、少しやりすぎたわ」

「むむ……。許してあげる!」


 単純だな、と笑みを零し、それで、とさくらへと続ける。


「呼び出した理由は何かしら」

「うん。ちょっとお話したかっただけだよ」


 その言葉に、リリアは首を傾げた。話ならここでなくても、いつでもできるはずだ。どちらであっても誰かに聞かれる心配はないのだから、わざわざここに来る必要はないだろう。


「じゃあ、あれだ! 寂しくなったから!」

「明らかに今考えたような言い方じゃないの。言いたくなければそう言えばいいわよ」


 呆れたようにそう言うと、さくらは苦笑いを浮かべた。


「でも話をしたかったのは本当だよ。直接聞きたいから」


 さくらが真剣な表情になったので、リリアも笑顔を消した。さくらが言う。


「リリアの答えは、変わらないよね?」

「答え?」

「うん。やりたいようにやるってやつ」


 何故また聞いてくるのか。リリアは眉をひそめながらも、当然だと頷いた。それを見て、そっか、とさくらは笑った。どこか悲しげな、けれどとても嬉しそうな笑顔だ。その表情に、何故かとても不安になった。


「さくら。だめならはっきりと言いなさい。私は貴方に従うから」

「ん? だめなことなんてないよ。リリアのやりたいようにやって大丈夫!」


 でも、とさくらが思い出したように付け加えた。


「やってほしいこと、やめた方がいいことは、これからも言うね」

「ええ……。お願いね。さくら」

「あいあいさー」


 さくらの楽しげな声にリリアは笑みを零した。

 その後は他愛のない話をして、リリアは眠りに落ちた。


   ・・・・・


「気づいてるのかな」


 消えゆく世界の中、さくらは呟く。無表情に、無感動に。


「やりたいようにやった結果が、平民の側に立っていることに」


 意図的なのか、無意識なのか。それはさくらにも分からない。それを確かめたくて呼んだのだが、リリアの表情からは判別つかなかった。けれど、それでいいと思う。今のリリアなら、任せても大丈夫だろう。


 さくらは目を閉じ、気晴らしの歌を歌い始めた。


   ・・・・・


 朝。リリアは自発的に目を覚ますと、体を起こして小さく欠伸をした。目をこすり、窓を見る。まだ太陽は上っていないのか、外は暗いままだ。隣ではアリサが整った寝息を立てている。普段ならリリアよりもずっと早くに起きているアリサが未だに寝ているのだから、外は暗くて当然だろう。


 ――あれ? リリア、もう起きたの?


 さくらの驚いたような声に、リリアはぼんやりとした思考のまま頷く。


 ――ええ。どうしてかしらね……。もう一度寝よう、とは思えないし……。ああ、さくら。言い忘れていたわ。おはよう。

 ――うん。おはよう。散歩にでも行く?


 さくらの提案に、リリアは少し考え、すぐに頷いた。


 ――そうね。そうしましょうか。


 そっとベッドを抜け出し、クローゼットに向かう。だがそこで動きを止めた。制服などの用意は全てアリサがしてくれている。どこに何があるのか、覚えていない。クローゼットに触れたままリリアが固まっていると、天井から軽い音が聞こえてきた。


「リリア様。お手伝い致します」


 頬を引きつらせながら振り返る。いつもの服装のシンシアがそこにいた。


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